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ドラゴの子  作者: わる
第一幕 - 第十環: 樹海
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第27話「黒い樹液」

 唯一聞こえるのは、焚き火のパチパチという音だけ。炎の光は疲れ切った顔の上で踊り、不気味な影を小屋の壁に投げかけていた。まるで、落ち着きのない亡霊が身をよじっているかのようだ。外では、太古の巨木が広がる樹海がゴオオオ…と呼吸し、生き生きとした闇が彼らの見つけた脆い聖域に侵入しようとしているように見えた。


 レグルスの息が喉に詰まる。湿った苔とよどんだ沼地の、濃密な匂い。それは、ただ小屋の中に満ちているだけではない。彼の肺にまで染み込み、自分たちがどこにいるかを絶えず思い出させていた。ダイアンヤが明かした真実の重みが、湿気よりもはるかに息苦しく、彼らにのしかかっていた。


「ただ…存在を知っただけで?」レグルスの声は、木のはぜる音にかき消されそうなほどかすれた。その言葉の真実は、口にするにはあまりにも非現実的だった。


 若い狩人、ミッコは、ダイアンヤの顔を怯えたように見つめていた。その表情の戸惑いは、彼ら全員が感じる恐怖を映し出していたが、彼女の赤い瞳は真剣で、集中していた。訓練中のリーダー、カイウナの次期当主は、動揺する余裕などなかった。


「エレメンタルはマナから生まれ、その概念で生きている存在よ」と、彼女は低い、確かな声で語り、場の緊張を切り裂いた。「彼らの性質を乱し、その論理を理解し、干渉できる何か…特に、その存在を知覚した時に、彼らはそれを脅威と見なすことがあるの」


 レグルスの背筋にゾクッと悪寒が走った。澄んだ水の玉、あの想像を絶する力を持つ存在が、彼の脳裏に蘇る。悪意はなかった。だが、今となっては…


「じゃあ…あの水のエレメンタルは…」レグルスは呟き、恐ろしいほどに全てが繋がり始めた。


「ええ」ダイアンヤは頷き、長い白髪が揺れた。「もしあんたがマグマの炎を消さなかったら…火の持つ破壊的な性質を否定するような制御を見せなかったら、彼はあんたを殺していただろうね。彼の好奇心が、あんたの脅威を上回っただけよ。間一髪だったわ」


 レグルスはゴクリと唾を飲み込んだ。救われ、そして同時に危うく死にかけた。その二面性は、あまりにも眩暈がするようだった。隣では、ミッコが硬直したままだ。気を紛らわせようと、彼は再び火の上でシィィ…と音を立てるトカゲの肉を見たが、もう食欲は湧かなかった。


「ってことは…」レグルスは長い溜息をつき、その吐息が冷たい空気に白く染まった。「これ以上、奴らを刺激しないように気をつけなきゃならないってことか?」


「ええ」ダイアンヤの表情は険しかった。「そして、あんたたちが彼らの存在を知った今…彼らはより一層、あたしたちに注目するわ。奴らは、あたしたちが知っていることを知っている」


 それが、決定打だった。ミッコが押し殺していた恐怖が、ついに決壊した。


「なんで、俺たちにそんなこと教えたんだよ、姉貴!?」彼は叫び、緑の瞳はパニックと悔しさの涙でいっぱいになった。声は震え、最後はヒュッ…と嗚咽に変わった。「知らない方が良かった!知らなきゃ良かったんだ!」


「あんたたちが聞きたいって言ったんでしょ!」ダイアンヤもまた、平静を装う仮面が剥がれ、苛立ちをぶつけた。「あたしは話すつもりなんてなかったんだから!」


「いつか、知るべき時が来たんだ…」


 弱々しい声が、間に割って入った。議論を冷たい刃で断ち切るような声だった。それは女性の声。ミッカの声だ。だが、その口調には、指揮官のそれのような威厳と、内に秘めた知恵があった。


「アルマ姉さん!」ミッコは、怒りを心配に変えて、妹のベッドに駆け寄った。


 回復中のミッカの体を動かし、アルマはベッドの端に座った。


「無理しちゃダメだよ!」ミッコは懇願し、どうしていいか分からず、手を宙にさまよわせた。


「大丈夫よ、ミッコくん。私の妹の体は、そんなに脆くないから…」アルマは答えた。その声は弱々しいものの、その存在感は狭い空間を満たし、他の声を全てかき消した。


 レグルスは彼女を凝視した。尊敬と、警戒が入り混じった視線だ。「アルマさん、あなたはエレメンタルのことを知っていたのですか?」


「ええ…」彼女は認めた。視線が虚空をさまよう。「だが、私がミッカの体を使ったのは、そのためだけではない…」


 全員が顔を見合わせた。緊張はまたしても形を変え、強烈で、予期せぬ好奇心へと変わっていった。


「あなたたちにお願いがある…そして…」


 アルマは顔を上げた。その目は、まだ眠く、疲れ、弱い体に合わせて力なく垂れていたが…天騎士サンダーの持つ、ミッカの青い瞳は…


 ギラリと光る。


「…ミッカには、何も言わないでほしい」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 旅は、重苦しい沈黙の中で再開された。休息は安らぎではなく、避けられないものを引き延ばしただけだった。あの緑の黄昏の中へ踏み出す一歩一歩が、未知のさらに奥深くへと向かう一歩。エレメンタルに関する新たな知識は、今や彼らの心に脈打つ、開いた傷口となっていた。


 樹海はもはやただの沼地ではない。それは意識ある存在であり、彼らはその注意を引いてしまったのだ。


 レグルスは背中のテセウキの重みを感じていたが、彼を押し潰すのは、自身の魂の重みだった。かつて傲慢ささえ見せていたその赤い瞳は、今やあらゆる影、怪物の骨ばった指のように突き出たあらゆる枝にビクリと動く。空気はあまりに分厚く湿っており、まるで水を呼吸しているかのようだ。沈黙が何より最悪だった。それは空虚な沈黙ではなく、捕食者のように、彼らが今や知覚のすぐ向こうに潜んでいると知る、名状しがたい何かの存在に満ちていた。


 先頭を行くダイアンヤの自信は、霧のようにチリチリと崩れていく。十歩ごとに立ち止まり、目を閉じ、彼女を導くはずのマナの流れを感じ取ろうとした。だが、その知覚は今や両刃の剣だった。彼女は道を感じるが、同時に…他のものも感じる。広大で、古く、そして彼らの通過によって、ゴゴ…とざわめく存在を。かつてあれほど自然だったリーダーシップは、不確実性の重荷となっていた。


 皆の後ろから、ミッコが続く。彼の胸の内の恐怖は、背中のミッカの荒い呼吸ごとに、冷たく小さなものからヒュウ…と大きくなっていった。彼女の体は、以前は慣れ親しみ、安心できたはずの重みだったが、今や燃える炭火のようで、どんな魔法や薬も効かない熱に侵され、チリチリと音を立てていた。彼は、彼女を襲う震えと、ひび割れた唇から漏れるうわごとを感じ取ることができた。


「ダメ…炎が…また…」


「ミッカ姉ちゃん…」彼はかすれた声で囁き、彼女の体をギュッ…と抱きしめた。それは無駄な保護のジェスチャーだった。狩人である彼自身が、この病んだ森で最も小さく、無力な生き物だと感じていた。


 突然、ミッカの体が彼の背中でビクン!と弓なりに反った。痙攣。四肢がこわばり、ゴボ…と喉の奥から漏れる叫び声が響いた。


「姉貴!」ミッコの叫びは、純粋なパニックだった。彼は苔むした地面に、必死の思いで彼女をそっと横たえた。彼女の体はドクドクと脈打ち、目はクルクルと回り、その肌は触れるとチリチリと燃えるようだった。


「何が起きてるんだ!?」ダイアンヤが叫び、恐怖で顔を引きつらせながら駆け戻ってきた。「魔法が効くはずなのに!」


「効いてねえ!何一つ効いてない!」レグルスが唸り、その顔の怒りは、絶対的な絶望の薄い膜でしかなかった。


 その時、痙攣がピタ…と止まった。始まりと同じくらい突然に。ミッカの体は弛緩し、ぐったりと横たわる。彼女の目が開いた。それはもはや、熱にうかされ、虚ろだった少女の目ではない。冷たく、古く、氷の破片のように鋭かった。


 アルマだった。


「その伝説は…」彼女の声は、病んだ体と疲労のため弱々しかったが、パニックを雷鳴のように切り裂いた。「古代の民が…大地を蝕む病について語っていた。根源から生命を腐らせる、腐敗について…」


「伝説だと!?」レグルスの怒りが爆発した。もう抑えきれない。「俺たちは苦しみの真っ只中にいるんだぞ、それがお前の解決策か!?姉ちゃんを見ろ!死にかけてるんだ!」


 アルマの視線が、ミッカの目を通して彼に突き刺さる。その視線は、彼の怒りを剥ぎ取り、むき出しの真実だけを残した。


「マグマのドラゴの子も、伝説だった」彼女は、金床の一撃のように言葉を落とした。「それでも、ここにいるわ、レグルス」


 その後の沈黙は、耳の中で血が脈打つ音が聞こえるほど深かった。レグルスは殴られたかのように後ずさった。怒りは顔から消え、唖然としたショックに変わる。それには、反論の余地がなかった。


「その伝説によると…」アルマの声に力が宿る。「海が病んだ時、唯一の治療法は、その心臓にある。マザーツリーの樹液に…」


「ミッコ」ダイアンヤが、震えながらも確信に満ちた声で命じた。「そのナイフ。今すぐ」


 ミッコは、まだ膝をついたまま、狩猟用のナイフを引き抜き、最も近い巨大な木の幹に近づいた。その樹皮は、眠れる巨人のしわの寄った肌のようだった。刃を立てるのは冒涜に思えた。だが、腕の中でミッカがもがいていた光景が脳裏に焼き付いている。彼は持てる限りの力で刃を突き立てた。


 傷口から流れ出したのは、生命ではなかった。


 それは、本来あるべき乳白色の半透明な樹液ではなく、ブクブク…と泡立つ、黒く分厚いタールだった。墓場の匂い、腐敗と太古の悪意の匂いが、木の開いた傷口から瘴気として立ち上り、彼らはむせびながら後ずさった。


「な…何なんだ、これ…?」ミッコの問いは、病的な沈黙の中、震える吐息となった。


 ダイアンヤが少年に近づき、足は木の巨大な幹から流れ出す黒いドロドロの塊から数センチのところで止まった。その樹液は、まるで静かで重い、病的な涙のようにポタ…ポタ…と滴り落ちる。墓場と失敗の匂いが、酸っぱく、息苦しく立ち上った。


「汚染されている…」彼女は呟き、その結論の重みに声が震えた。


「どういうことだよ、汚染って!?」レグルスが遠くから叫んだ。その声には、パニック寸前の苛立ちが込められていた。


 ダイアンヤはミッコから離れ、レグルスを無視して歩き始めた。両手で頭を抱え、目を固く閉じ、ブツブツと教わった知識の断片、祖父の言葉を呟き、必死に全てを繋ぎ合わせようとしていた。ミッコが彼女の名を呼ぼうとするが、彼女は自身の精神の迷宮の中で迷子になっていた。最初の大事な局面で失敗する、みんなを死に追いやるリーダーになるという圧倒的な恐怖が、彼女の体を支配していた。


 彼女は立ち止まり、その目は恐怖に大きく見開かれた。どうすればいいか、分からない。


(あたしはカイウナの継承者のはず…なぜ?どうすればいいの?いざという時に、体が固まって動けないなんて!何をすればいいの!?)


 その自己嫌悪の渦を、レグルスの叫び声が引き裂いた。


「ウジウジ悩んでる暇なんてねえだろ!」彼は絶叫し、その声の怒りは噴火する火山だった。「伝説を追ってる場合かよ!あれを見ろ!あれがミッカを治すっていうのか!?こんなの、全員死ぬだけだ!この俺様がここで死ぬわけにはいかない!」


「俺様?」ミッコは、友の話し方の奇妙な変化に、一瞬だけ恐怖から解き放たれて戸惑った。


 その言葉は、レグルスを平手打ちした。彼はハッ…と立ち止まり、まるで嘘を見抜かれたかのように目を丸くした。自分でも、何を言ったのか分からなかった。(どこから、そんな言葉が…)


「俺様…」ダイアンヤは、その言葉を反芻する。レグルスの言葉の衝撃が、彼女のパニックから解放した。新しい、鋭い思考が形作られ始める。(待てよ。どうして道が見つからなかった?ここに来た時は、マナは澄んだ川のようだったのに。なぜ、今は…)


 彼女の目がカッ…と見開かれる。最後のピースがカチリと嵌まった。


(なぜ、これほど怖かった?エレメンタルのせい?それとも、あの化け物?ミッカちゃんの熱が下がらない。ミッコくんがこんなに泣き虫じゃなかった。そして、レグルスが…話し方が違う。)


「マナ密度だ」ダイアンヤは、その声に確信を取り戻し、確固たる口調で言った。


「何が?」レグルスは、まだ自分の失言の衝撃に動揺していた。


「古の世界の呪いだわ!」ダイアンヤは断言し、理解の光に顔を輝かせながら、皆を見た。「ようやく分かったわ!」


「でも、呪いって俺たちを狂わせるんじゃなかったのか?」レグルスは懐疑的に言った。


「それに、呪いが効くのは大陸の中心だけだって、昔話で聞いたぞ?」ミッコが話を思い出しながら付け加えた。


「ええ、でも正確には違うの。呪いっていうのは、マナ密度があまりにも分厚すぎるせいで、あたしたちは…マナに“酔っぱらって”いるのよ。それによってあたしたちの感覚や、一番深いところにある本性、恐怖、欲望が全て増幅されちゃうの。だからレグルスが『俺様』なんて言ったんだわ!彼の傲慢さと、死への恐怖がとんでもないことになってるのよ!」


「なんだと!?」レグルスは、顔を赤くして反論した。


「じゃあ、これからどうすればいいんだ?」レグルスの背中から、弱々しいテセウキの声が響いた。彼の目は疲れていたが、その視線はダイアンヤに注がれ、彼女に判断を委ねていた。


 ダイアンヤは口を手で覆い、決断の重みが再びのしかかる。「まずは、ミッカちゃんを何とかしないと…」


「どうやって?樹液は腐ってるんだぞ」レグルスが、苛立ちながらも、今は自らの無力さに苛まれているような目で言った。


 ダイアンヤの頭はフル回転していた。「レグルス、どうやってあのオアシスを見つけたの?」彼女は突然、そう尋ねた。


「空まで昇って、違う場所を探した。樹海のてっぺんにある穴で見つけた。ただそれだけだ」


「じゃあ、何か他の木よりも大きな木を見た?」


「ああ、遠くに何本か見た。空に届きそうだった」


 ダイアンヤの顔が希望に輝く。「もう一度昇って!一番近いマザーツリーの場所を教えて!」


「その木が何になるんだよ?」ミッコが尋ねた。


「マザーツリーは、他の木よりも古くて、高くて、強いの」


「植物はみんな生き物だろ…」レグルスが、皮肉を込めて反論した。


「違う、馬鹿!」ダイアンヤは声を荒らげた。「動物のように、本当に生きてるのよ」


 男の子たちは驚いて目を丸くした。ダイアンヤは続けた。記憶を必死に辿りながら。「確か…ある生物が繁殖する時、卵から出る膿のようなものが若木を腐らせ、病気にさせるって話だった…でも、この病気はマザーツリーには感染しない。彼らの体は、もっと強いのよ」


「その生物って何なんだ?」レグルスが、苛立ちよりも好奇心で尋ねた。


「そこはよく覚えてないの。気持ち悪い絵だったから…」ダイアンヤは、心底うんざりしたように顔をしかめた。


 レグルスは彼女を見つめ、うんざりした溜息をついた。「お前が気持ち悪がりじゃなかったら、今頃役に立ったのにな…」


 レグルスはテセウキを慎重に巨大な枝の一つに凭れさせた。彼は皆から離れ、厳しい集中力で顔を引き締める。マグマは足元でチリチリと泡立ち、怒りではなく、内に秘めた目的をもって噴き出した。湿った地面から、漆黒の火山岩の塔が静かな叫びを上げてせり上がる。それは、彼を上方の闇へと持ち上げる、純粋な力の柱だった。


 昇っていく感覚は眩暈がするほどだった。彼は普通の木の幹ほどもある枝を避け、足元の岩は彼の命令に従う。何分、いや何時間も昇り続けたかのように感じられたが、頂上は果てしなく遠かった。樹海は、垂直の奈落だった。あらゆる方向から生命が彼から逃げていく。永遠の黄昏に住む動物たちが、彼の存在という動揺からパニックと恐怖に震えながら、ガサガサと逃げ去る。漆黒の闇は窒息させられるほどに分厚く、ほとんど何も見えない。彼は本能と、塔に触れる木の感触だけを頼りに進んだ。


 だが、やがて、遠い約束のように、小さな光の筋が濃い葉を突き抜けてくる。そして突然、新鮮で澄んだ空気が一気に流れ込み、彼はついに樹冠を突き破った。


 穏やかな朝の太陽が彼の顔を照らす。レグルスは再び、見渡す限りの緑の葉の海の上にいた。すぐに彼は、その景色の異変を見つけた。水のエレメンタルのオアシスが隠れている、クラクラするほど巨大な葉の間の隙間だ。そして、その先には、古の世界を閉じ込める螺旋状の巨大な山脈が、不変の羅針盤のように地平線にそびえ立っていた。


(あそこがカイウナに戻る道なら…)彼の頭の中に、論理が地図の線を描く。(その反対側が…黄金の都への道…)彼の目はその想像上の線を辿り、次の環、次の挑戦を探した。その時、血がゾッと冷たくなるのを感じた。目が大きく見開かれ、論理は恐怖に取って代わられた。


 昨日、彼が遠くに見た、第九環を形作る山々は、白く、雪と氷に覆われていた。だが今…それらは、無慈悲な太陽の下で骨のように干からびた、茶色く乾いた峰々だった。


 下では、ダイアンヤがレグルスの作った細いマグマの塔を見上げていた。それは森の深緑の天井に黒い一本の線となって伸びている。


「もしこれを崩したら…彼が地面に着くまで、どれくらいかかるかしら?」彼女は、恐怖の隙間から漏れ出る、暗く、無鉄砲なユーモアを口にした。


「今はそういう冗談はやめてくれ、姉貴!」ミッコが叫んだ。彼の声は、彼女が本当にそんなことをするかもしれないと信じているかのように、純粋なパニックに満ちていた。


 塔の頂点で、岩が溶け始めた。マグマの舌がブクブクと泡立ち、火の蛇のように塔の端まで這い、ある一方向を指し示してから再び固まった。そのメッセージは明確だった。


「あっちか…」ダイアンヤは、苔の上に正しい道筋をマークした。


 数分後、塔は崩れ始めた。レグルスがついに降りてきた。漆黒の岩は、地面に触れる前に灰と蒸気となって砕け散った。


「そっちでいいのか?」ダイアンヤは、答えが分かっていながら尋ねた。


「ああ。だが、その前に、ダイアンヤ」レグルスの声は、苛立ちを失い、真剣だった。彼の口調には、何か恐ろしいものへの冷たい緊急性があった。「昨日、俺が昇った時は、第九環の山々は雪山だった。だが、今は乾いた砂漠のようになっている」


 ダイアンヤの顔から血の気が引いた。彼女の視線には、悔しさと増大する恐怖が混じっていた。「あたしたちは…多くの時間を無駄にしてしまったようね」


「なんでだ?」ミッコが尋ねた。顔には混乱の色が浮かんでいた。


「そこに着いたら、詳しく説明するわ」彼女の声は厳しく、それ以上は語らないという決意を示していた。「まず、ミッカちゃんを何とかしないと。マザーツリーのところへ行きましょう」

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