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ドラゴの子  作者: わる
第一幕 - 第十環: 樹海
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第26話「暗黒への供物」

 樹海の空気はムワッと濃く、まるで手で掴めそうなほどだった。古の苔と、足元に墨の海のように広がる淀んだ黒い水の、ジメジメとした匂いが立ち込めている。一行は張り詰めた沈黙の中、道となっている巨大な枝の上を、ブーツのザッ…ザッ…という鈍い音だけを響かせて進んでいた。鬱蒼と茂る天蓋からは光が一切差さず、唯一の光源は木の幹に生えるキノコのぼんやりとした輝きだけ。その青と緑の幻想的な光が、辺りを不気味に照らし出していた。前方には、光も勇気も飲み込む漆黒の壁がそびえ立っていた。


 レグルスは背負ったテセウキの重みで、背中と肩の筋肉がギシギシと悲鳴を上げているのを感じていた。職人である友は完全に意識を失い、どこか間の抜けた顔で頭を横に垂らし、この世ではないどこかの世界に迷い込んでいる。その後ろでは、ミッコがその小柄な体には不釣り合いな決意を滲ませ、まだ深く眠るミッカを背負っていた。先頭を行くダイアンヤのシルエットは硬く、その長い白髪だけが、この重苦しい闇の中でフワリと揺れているように見えた。


「おい、お前が案内役なのは分かってるが…」レグルスは、疲労でかすれた声で口火を切った。「どうして正しい道が分かるんだ?」


 ダイアンヤは振り返らなかった。その赤い瞳は、ひたすら前方の闇を見据えている。「魔素の密度よ」と、彼女は短く答えた。


「どういうことだ?」ミッコが、背中の妹の重さを直しつつ尋ねた。


「古の世界の中心に近づくほど、魔素は濃くなる。あたしのアルカナへの適性は、それを流れのように感じさせてくれるの。流れに乗るだけよ」


 魔素の密度か…レグルスは心の中で呟いた。肩にズンとのしかかる重圧は、友の体重だけではない。もっと別の何か。背筋にまとわりつく、原始的で理不尽な恐怖。彼は下を見下ろし、巨大な枝の隙間から淀んだ水面を覗き込んだ。暗い水面は、キノコの不気味な光と沼地の植物のシルエットを映すだけで、他はすべて闇だった。


 彼はもう気づいていた。数メートル先から、闇は絶対的なものとなり、世界の細部を飲み込んでいく。まるで、影の霧に包まれているかのようだ。


 その考えは、あながち間違いではなかった。なぜなら今、レグルスだけでなく、一行全員が、目の前の闇の正体を理解し始めていたからだ。


◇ ◇ ◇


 数時間前の、粗末な小屋での会話が、不快なほど鮮明に蘇る。


「そろそろ、エレメンタルについて話す時間だと思うが…」


 レグルスの声が、野営地の静寂を破った。焚き火を見つめていたダイアンヤが、ビクッと後ずさる。その眼差しは虚ろになり、顔には恐怖と諦めが入り混じっていた。彼女は話したくなかった。知っていることを話せば、闇の中に灯台を灯すようなもの。まだ彼らが立ち向かう準備のできていない危険を、呼び寄せてしまうから。


「ダイアンヤ!」レグルスは重ねて促した。


 白髪の少女は、敗北感を肩に滲ませながらため息をついた。「あれは唯一の『水のエレメンタル』というわけじゃない。無数にいる中の一体よ』…」彼女の声は、か細く震えていた。


「他にもいるってことか?」


「ええ。何百、もしかしたら何千も。どこにでもいるわ」レグルスはゴクリと息を呑み、あの圧倒的な存在の力を思い出した。「エレメンタルは純粋な魔素からできた存在。魔素から生まれて、それぞれの(ことわり)に従って生きてるの」彼女は座り直し、二人の少年を見つめた。「ミッコ、耳を塞いで」


「俺は嫌だ!なんで俺だけ聞いちゃいけないんだよ!」少年は憤慨した声で文句を言った。


「あたしがこれから話すことは…あんたの命を危険に晒すからよ!」ダイアンヤは抗議した。


「それでも、俺は聞きたい!聞かなきゃダメだ!お互いを守り合うべきなんだろ?だったら、他の奴らが知らないことがあるなんておかしいじゃないか!」


「あんたのためなのよ!」


「でも、姉貴とレグルス兄貴が知ってるなら、どっちにしろ俺たちを危険に晒すことになるだろ?」


「それは…」


「俺もミッコに賛成だ」レグルスが割って入った。「あいつでも知る権利はある。俺たち全員にだ」


 ダイアンヤは二人を交互に見た。その赤い瞳に浮かぶ心配は、ほとんど懇願のようだった。だが、彼らの決意は揺るがない。彼女は、折れた。


「エレメンタルは自然の魔素から生まれて、その理を形作る。この第十環、樹海には、主に三種類のエレメンタルがいるわ。水のエレメンタル、循環のエレメンタル、そして暗黒のエレメンタルよ」


 二人は考え込むように彼女を見つめた。なるほどな、とレグルスは思った。そこら中が水だ。循環…ここでは、生と死がそこら中に転がっている。そして、暗黒…彼は外の夜に目をやった。どこもかしこも真っ暗だ。太陽の光なんて、下まではほとんど届かない。


「外の世界と違って、自然の魔素が珍しいあっちと違って、古の世界は純粋な魔素で満ちてる」ダイアンヤは続けた。「だから、エレメンタルがそこら中で生まれる。どこにでもいるのよ」


「奴らが強力なのは分かってる。俺たちはアイアンと一緒にいた火のエレメンタルを見たし、水のエレメンタルには助けられた」レグルスは彼女の言葉を遮った。「でも、それがなんで危険なんだ?森に火をつけなければ、エレメンタルを怒らせることはないんだろ?ただ、奴らを刺激しないようにすればいいだけじゃないのか?」


「その通りよ、レグルス」ダイアンヤは同意したが、その表情は冷たくなった。「エレメンタルは、常に物理的な形を持ってるわけじゃない。言ったでしょ、どこにでもいるって。奴らが姿を現すのには、三つの理由がある…」


「なんだよ、それ?」ミッコは、恐怖よりも好奇心を勝らせて尋ねた。


「魔素の密度。自然のものか、そうでないかは関係ない…あの火のエレメンタルは、アイアンが膨大な魔素を持っていたからついて行っただけ。彼から吸収する魔素が気に入ったのよ」彼女はレグルスをまっすぐ見つめ、その怯えた瞳が、より真剣な色を帯びた。「それか、好奇心。あんたの場合は、それだったはずよ、レグルス」


 彼は驚いたようだった。


「あんたは、間違いなく『エレメンタルに祝福されし者』ね」


「その称号、かっけえな!」ミッコは感心して言ったが、ダイアンヤとレグルスはその熱意を共有していなかった。彼らの視線は冷たい。


「あんたが森に火をつけなかった行為が、エレメンタルの注意を引いたんだと思う。だから、助けてくれた。『火の存在が、燃やすのを堪えている』。水の存在にとって、それは自分の理に反するから、少なくとも興味深かったはずよ」


 レグルスは顎に手を当て、考え込んだ。「なるほどな…あいつが現れたのは、俺がマグマの炎を消した後だった…」


「そして、三つ目の理由は」ダイアンヤは続けた。その声に、二人は背筋がゾクッとするのを感じた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 樹海の腐り果てた心臓部では、光は忘れ去られた記憶だった。暗闇は絶対的で、息を詰まらせ、すべてを飲み込む物理的な存在だった。小規模な遠征隊はその漆黒の中を行進していた。混沌の海に浮かぶ静かな秩序の島のように、僅かな光さえも灯すことなく。


 長い赤髪の巨漢が、部下から少し離れて先頭を歩いていた。この辺りの巨大な枝はカサカサに乾き、腐り果て、生命の気配はなかった。下の水は常よりも黒く、淀んだ奈落。生命はなく、ただ死があるのみ。ムワッと立ち込める腐敗した瘴気はあまりに濃く、目の前一尺さえも見通せないほどだった。


 カイウナの案内人は怯え、ヒソヒソと懇願した。「ありえません、この道は絶対に違う…!ならば、なぜホムラ様はまだこちらへ…!?」


 天騎士たちとユウダイの医療兵は抗議しなかったが、暗闇の中で自分たちにしか見えないその顔は、困惑と恐怖でギリリと引き締まっていた。


「…どうやら、ここがその場所のようだな…」ホムラは独り言のように呟いた。


 部下たちは、彼が何を言わんとしているのかを悟った。だが、時すでに遅し。


◇ ◇ ◇


「誰かが…あるいは何かが…その存在に気づいた時」


 安全なはずの小屋で聞いたダイアンヤの言葉が、今、レグルスの脳裏にこだまする。彼女の眼差しは冷たく、真剣で、そして恐ろしかった。


◇ ◇ ◇


 ホムラの指がパチンと鳴ったのが、唯一の音だった。そして、炎が生まれた。爆発ではない。それはまるで白熱した植物の根のように、スルスルと静かに流れ、枯れ木に触れることなくその間を螺旋状に踊る光の筋となって広がり、腐敗を照らし出した。


 闇の返答は、即座にして、容赦のないものだった。


 光そのものを吸収するかのような、暗い紫黒の光線がビュオオオッ!と空気を切り裂いた。巨大な、純粋で生の、死をもたらす魔素の奔流。ホムラはすでにそれを予期しており、衝撃の瞬く間にその身を炎へと変え、フッと掻き消えた。強力な光線は彼がいた空間をズドドドッと虚しく貫き、シュウウウと音を立てながら遠征隊へと突き進んだ。


 四人の天騎士が、一つの力となって呪文を唱えた。


「《不屈の螺旋》!」


 緑色の障壁が、彼らの力を合わせて生まれた螺旋状の殻のようにグググッと現れる。冒涜的なエネルギーが盾に激突し、**バキバキバキッ!**と激しく振動させた。障壁はたわみ、ひび割れたが、持ちこたえ、背後の者たちを守り抜いた。


 闇色の光が止む。騎士たちはハァ、ハァと息を切らし、膝からガクッと崩れ落ちた。カイウナの案内人も彼らと共に倒れ込んだが、それは疲労からではなく、純粋な恐怖からだった。その目は大きく見開かれ、胸は狂ったように上下していた。


「…なぜ…?」懇願が、彼の唇から漏れた。


 彼らの前に、その存在は姿を現した。荘厳で、純粋な魔素でできた存在。理そのもの。暗黒の化身。


 深い紫色の球体が、フワリと宙に浮かんでいた。その縁は黒い泡でブクブクと沸き立ち、その中心は絶対的な虚無、見通すことのできない闇だった。


 炎が、再び現れた。存在の前で、ホムラの炎が再び形を取る。彼は膝をつき、右手を差し出していた。その掌から、ポワァッと、濃密で力強い、淡い青色の光が輝いていた。


 暗黒のエレメンタルは、ホムラの手を「飲み込んだ」。部下たちは彼が小刻みに震え、耐え難いほどの苦痛がその身を駆け巡るのを見た。だが、それでもホムラは引かなかった。


 球体が彼の手を離した時、その手は焼け爛れ、炭化していた。血さえ流れなかった。血が、蒸発させられてしまったからだ。


 エレメンタルは後ずさると、音もなく、去った痕跡も残さず、スウッと闇の中へ消えていった。それ自身の理のように。無、そして虚無へ。


「将軍!」天騎士たちが叫び、ガシャガシャとブーツの金属音が腐った枝の上で不気味な静寂を破った。彼らはホムラへと駆け寄り、その顔には安堵と純粋なパニックが入り混じっていた。「どうか、二度となさらないでください!」


「我々ではエレメンタルには太刀打ちできません、閣下!」一人が、目撃した圧倒的な力にまだ声を震わせながら言った。「我々の障壁は、たった一撃で砕け散るところでした!」


「悪い、悪い」ホムラは答え、部下たちの完全な恐怖をよそに、**ガハハハハ!**としゃがれた深い笑い声を上げた。その音は、樹々の墓場と瘴気にはそぐわなかった。


「将軍!」騎士たちは、彼の軽薄さにショックを受け、声を揃えて抗議した。


 ホムラは、ユウダイが指名した医療兵に、破壊された手を掲げた。長く滑らかな緑がかった髪を持つ若い少女が、騎士たちの背後から現れた。その顔は穏やかで、ほとんど冷たいほどに、周りの混沌とは対照的だった。「サナエ。これを頼む。儂のマナを全てエレメンタルにくれてやったからな、奴が我らを殺さぬように。ハ!ハ!ハ!ハ!ハ!」


「全く笑い事ではありません、将軍!」一人の騎士が、苛立ちを隠さずに言った。


「もし奴がその申し出を受け入れなかったら、どうするおつもりだったのですか!?」もう一人が、甲高い声で文句を言った。


 サナエと呼ばれる少女は膝をつき、冷徹な手際よさでホムラの手を包帯で巻き始めた。その動きは正確で、眼差しは真剣そのもの。医療処置を施しながら、議論の余地を一切与えなかった。


「魔法で治さないのか?」一人の騎士が、好奇心から尋ねた。


「治しません」彼女は、視線を上げずにぶっきらぼうに答えた。「この火傷を回復させるには、高度な治癒魔法を使う必要があります。奴の馬鹿さ加減のせいでマナ切れになるわけにはいきませんから…」


 その声に含まれた傲慢さに、騎士たちはギョッとして後ずさった。蒼天王国軍総司令官に対するあからさまな無礼は、考えられないことだった。彼らは彼女を見たが、少女は手を巻き終えると、彼らをチラリとも見なかった。


 しかしホムラは、ただ静かに微笑んだ。「それを決めるのは彼女だ。騒ぐでない…」


 騎士たちは驚愕の表情で彼を見たが、すぐに命令を受け入れた。「はっ、閣下」


 サナエは自身の胸の上で拳を握り、静かに詠唱した。フワッと、淡く穏やかな光が彼女の手から溢れ出し、ホムラの焼かれた手の上に置かれた。エネルギーが、彼女が巻いたばかりの包帯を包み込む。


「再生魔法をかけておきます。これで、治療と共に数日で手は回復するはずです、将軍」


「感謝する」彼は、悪戯っぽい声色で答えた。


 だが、一人だけずっと静かにしていた者がいた。カイウナの案内人は、まだ困惑していた。エレメンタルの去来よりも、彼をゾッとさせたのは、ホムラ自身だった。部下に叱責されながら笑う男の無謀さではない。


 あれは、化物だ。


 彼は全てのマナをエレメンタルに渡した…医療兵は彼が空っぽだと知っている…だから、より強力な魔法で彼を癒さなかった。彼の体がマナを吸収し、回復を妨げるからだ。だが、最も驚くべきは…彼は平気なことだ!マナが一切ない。最低でも、疲労でバタッと倒れるはずだ!どうして、何事もなかったかのように立っていられる!?


「カエレン」ホムラが彼の名を呼んだ。


「は、はい、ホムラ様!」彼は、突然の呼びかけにビクッとして答えた。


「見たか?」ホムラは続けた。「ここには、プスチュラは一匹もおらん…」


 案内人は口に手を当て、思考がピカリと閃いた。ホムラ様はプスチュラの巣がここにあると思ってここへ…だが、一匹もいない…


「奴らは自然の魔素密度がない場所を探して繁殖すると言っていたな?」ホムラは、真剣な眼差しで尋ねた。


「は、はい…お待ちください!もしここにいないのなら、奴らは巣を変えた…!それで暗黒のエレメンタルがここに…!そして、あなたの炎に腹を立てたのも、意図的ではなかったから…」


「ああ、いや。儂は本気で奴に挑みたかったのだ!ハ!ハ!ハ!」ホムラは、再び笑った。


「貴方様はイカれてるんですか!?」天騎士は、敬意を忘れて叫んだ。


「どうしてエレメンタルを怒らせようとなさるのですか、しかもご自分の存在を誇示するように!?我々を殺すおつもりでしたか!?」騎士は敬意を失い、絶望が怒りと混じり合っていた。


「儂はただ、エレメンタルの力を試したかっただけだ…儂とて、好奇心はある…」ホムラは、子供のように弁解した。


 しかし、まだ考え込んでいたカエレンは、点を繋げていた。プスチュラは魔素密度の低い場所で交尾を…奴らが卵から出す粘液は腐食性で、周りのすべてを腐らせる。死と瘴気と共に、暗黒のエレメンタルが現れる…


 彼はハッとして上を見上げた。腐った天蓋の間から差し込もうとする光の筋が、暗黒の瘴気に遮られている。木々の死と共に光が戻り、水が浄化され…周りの木々が再び芽吹く。循環…


「循環のエレメンタル。感じるか?」ホムラの声が、彼の思考を中断させた。


「いえ…ここにはいません」


「プスチュラが、巣を変えたからだ」


「お待ちください!」一人の騎士が口を挟んだ。「もしあのネバネバの化け物が魔素密度のない場所を探すのなら、なぜ循環のエレメンタルの近くにいるのですか?」


「奴らは循環のエレメンタルを探しているわけではない」カエレンは説明を始めた。「プスチュラは交尾の儀式で何千もの子供を産むが、奴らが放つ粘液は腐食性で、周りのすべてを腐らせる。この場所のようにな。生と死が同時に生まれ、循環のエレメンタルが現れる。そして、そうなると…」


「奴らは巣を変える…」ホムラは言った。「カエレン。第十環に入った時、道が感じられると言わなかったか?」


「はい…いつもより、はっきりと…密度が…まさか…」彼の目はパニックに見開かれた。


 全員が案内人の言葉に困惑した。だが、ホムラはその深刻さを知っていた。出発する数日前の記憶が、重くのしかかるように蘇った。


◇ ◇ ◇


 大長老の仮設シェルターの空気は、まだ煙と悲しみの匂いがした。ホムラは、その世界の重みにはあまりにも小さく見える、年老いた賢者の前に立っていた。


「奴らは行くぞ、ホムラ君。いずれにせよな」大長老は、か細いが、古の岩のように固い声で言った。


「儂が止めれば、話は別です」ホムラは、低く、決意に満ちた声で言い返した。


「それが奴らの理なのだ、ホムラ。ダイアンヤは導くために生まれ、レグルスは戦うために。そして、サンダーが妹にその魂を譲ったのは、彼女が古の世界への導き手となるためだと儂は信じておる」


「それは、殿が信じておるだけの伝説。奴らは、ただの子供です…」


「そなたのようにな。ただの子供…」


「儂は戦士として育てられた。儂の理は戦争。奴らのとは違う」


「それでも、奴らは行く」男性的な声が、シェルターの入り口から聞こえた。


「キリオ殿」ホムラは独り言のように呟いた。入り口の男を見て。


「ホムラ様、好むと好まざるとにかかわらず、奴らは行きます。レグルスとダイアンヤがそれを決意し、我々が気づかぬうちに出発するのは、時間の問題です」


「それが奴らの運命なのだ、ホムラ君」大長老は締めくくった。


「ならば、せめて奴らを引き留めてくれ。儂が奴らのために道を切り開けるように」ホムラは、子供たちに課せられた運命を受け入れ、言った。


 キリオは頭を下げた。「承知いたしました」


◇ ◇ ◇


 樹海へと戻り、ホムラは虚空を見つめていた。何が正しいのだ?戻るべきか?巣を見つけ、奴らを殲滅すべきか?だが…これ以上、時間を無駄にはできん…我々の敵は、すでにはるか先を行っているはずだ…


 ホムラは包帯の巻かれた拳をギリッと握りしめ、ついに血が白い布を滲ませた。


「将軍?」


「続けよう」ホムラは、真剣な眼差しでカエレンを見つめた。「我らを、第九環へ連れて行け」


 今儂にできることは。その決断が、彼の魂に重くのしかかる。奴らを信じるしかあるまい。


 アルマ、奴らを導いてやってくれ。

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