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ドラゴの子  作者: わる
第一幕 - 第十環: 彼方の地
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第19話「定められし道」

 空気は金属と汗、そして魔法の残滓であるオゾンの匂いが混じり合い、息苦しいほどだった。そこはマン・オ・ウォーの艦内にユウダイが用意した、質素な兵士用の宿舎だった。金属製の二段ベッドが壁に備え付けられ、丸い窓からは海上の灰色の空が切り取られている。医務室に近く、ここ数日続く訓練の後では、彼らにとって都合の良い場所だった。


「ちくしょう…くたくただぜ…」


 テセウキはうめき、その体はドサッと音を立てて薄いマットレスに沈んだ。カイトの容赦ない視線の下で剣を振り続けた一日が、彼の全身の筋肉に鈍い痛みの交響曲を奏でていた。


「あたしはもう限界…」


 隣でダイアンヤも同じ気持ちを口にし、ベッドに倒れ込む。一日中アルカナ魔法を練習したせいで、マナだけでなく、彼女自身の魂までが削り取られ、耳の奥で絶え間ないざわめきが続いていた。


 二人は疲れ果て、身動き一つしなかった。だが、しばらくしてダイアンヤの赤い瞳が開き、部屋の隅にいる静かな人影を捉えた。壁にもたれかかり、ベッドの上で足を組み、分厚い革表紙の本に没頭している少年がいた。


「何してるのよ、ミッコ?」彼女は、疲労でかすれた声で尋ねた。


「勉強だ。」


 その返事は、彼が本から目を上げることもなく発せられた。パラリと、ページが静かにめくられる。「ミッカ姉とレグルス兄貴は?」少年は、その声も視線も書物に向けたまま尋ねた。


「ミッカはユウダイさんのとこだ」枕に顔をうずめ、テセウキがくぐもった声で答えた。「それに、レグルスは…あのバカ、まだ訓練してる…」


「すげえな…」ミッコは純粋な尊敬の念を込めて呟き、再び読書の静寂へと戻った。


 ダイアンヤはギシリと音を立てながら体を起こし、少年のベッドへと歩み寄った。その気配に、ミッコはついに夢中から引き戻された。「どうしたんだ、姉貴?」彼は顔を上げた。


 しかし、彼女の注意は彼の手の中の本に向けられていた。その唇が、静かにタイトルをなぞる。「竜の百科事典…」彼女は呟いた。


「うん、ホムラ様がくれたんだ」ミッコは胸を張り、その目は再び本へと戻った。「他の村から集めた、こういう本がたくさんあるって言ってた」


 ダイアンヤはミッコのベッドの頭元に目をやった。そこには本の山ができていた。『敵地におけるサバイバル術』、『大型獣の追跡法』、『ワイバーンと竜の比較解剖学』。優しく、そして誇らしげな笑みが彼女の唇に浮かんだ。彼女は手を伸ばし、ミッコの髪をワシャワシャとかき混ぜた。それは愛情のこもった仕草でありながら、彼の頭を軽く下に押さえつけるような、彼女らしいスキンシップだった。


「この、竜オタク!へへっ!」


「姉貴!」ミッコは髪を直そうと抗議したが、彼女の笑みは広がるばかりだった。彼は、自分なりのやり方で役に立とう、強くなろうとしていた。剣でも、アルカナ魔法でもない。彼がずっとそうであったように。狩人として、学者として、そして、あの壮大で恐ろしい生き物たちの探求者として。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 マン・オ・ウォーの会議室の空気は、壁の鋼鉄のように冷たかった。ホムラとカイトは長い金属製のテーブルの一方に座り、カイウナの代表者たちと向き合っていた。水晶製の窓からは、村の廃墟が風景に刻まれた痛々しい傷跡のように見え、この戦争の代償を静かに物語っていた。


「して、どうするつもりだ?」ホムラの重々しい声が、静寂を破った。彼の前には、カイウナの長老の一人、キリオが座っていた。その称号とは裏腹に、彼はまだ壮年の男だったが、その目には責任の重圧からくる疲労が色濃く浮かんでいた。


「我々が受けた襲撃、そして我々の同盟関係を鑑みても」彼は重々しく口を開いた。「多くの者を失いました。民の多くは苦しみ、恐怖に怯えています…このまま遠征を続けることに、賛同する者は少ないでしょう…私自身も反対です」


「キリオ!」隣に座っていた、威厳のある女性が**ドンッ!**とテーブルを叩いて抗議した。ダイアンヤの母、ラファだった。


「ラファ様、私は民のために話しております」キリオは、その視線を揺るがさずに答えた。


「しかし、我々は助けなければなりません!この戦争を終わらせることは、我々の責任でもあるのです!」


 キリオは顔の前で指を組み、テーブルの上に肘をついた。彼は疲れ果てたように息をつくと、その視線をホムラに向けた。「八人の案内人…それが、我々に残されたすべてです…」


「八人だと?」カイトが、驚きを隠せない声で尋ねた。


 ラファは息を呑んだ。その目には、紛れもない恐怖が宿っていた。ホムラは彼女を一瞥し、すべてを察した。


「儂は彼らを送るつもりはない…」ホムラは言った。その声は穏やかだったが、ラファに向けられた彼の唯一の緑の瞳には、嵐が宿っていた。


 キリオは眉をひそめた。「なぜですかな?案内人が多ければ多いほど、成功の確率は上がるのではありませんか?」


「その理屈は正しい、キリオ殿…」ホムラは認めた。「だが、儂は子供を死地に送るつもりはない…そして、たとえ儂がそうしたとしても、彼女の友人たちが後を追うだろう。そうなれば…儂の部隊に問題が生じる…」ホムラの視線が、部屋の隅のソファへと移った。そこでは、金髪で、鎧に金色の装飾が施された騎士が、静かにすべてを見守っていた。「…そうだろう、ラムザ?」


 腕を組んだまま、天騎士団のリーダーの鋭い視線が将軍をグサリと射抜いた。「たとえ将軍の命令であっても、僕が許しません、ホムラ様」


 疲れた笑みが、ホムラの唇に浮かんだ。カイトは現実的な口調でキリオに向き直った。「では、七つの部隊か?」


「はい、七つです」キリオは目を閉じて頷いた。「ダイアンヤが行かぬのであれば、七つに…」


 ラファは、ほとんど聞こえない安堵のため息をついた。


「しかし、それでも…」キリオは再び目を開いた。「その配分はどうなりますかな?先の戦いで、多くの『大騎士』を失った。案内人も減った…」彼はラムザを見た。「遠征隊には、貴殿の最高の戦士たちをさらに送り込むことでしょう。我々にも提案がある。もし貴殿らがそれほど多くの者を『古の世界』へ送るのであれば、我らが再び襲撃されぬという保証はどこにある?」


「その問いはもっともだ、キリオ殿」ホムラが口を開いた。「七つの部隊で、儂は構成員の数を減らすつもりだ。当初の計画のように大隊を送るのではなく、我々が持つ最強の騎士たちが率いる、少数精鋭の遠征隊を送る…」


 ラムザの目がカッと見開かれた。カイトは即座に計算する。「最強の指揮官?我々一人一人が一部隊を率いるとして…他の三人のドラゴの子を加えれば…第七の部隊は…?」


「とんでもない!」ラムザは**ガタン!**と音を立てて椅子から立ち上がった。


「なぜだ、ラムザ?」ホムラは、挑戦的な視線で彼を横目で見た。


「シリウスは、そのような部隊を率いるには未熟すぎる!そもそも、彼を連れてくるつもりさえなかった!アルマが…」その名が彼の唇で消え、まるで亡霊のように部屋の空気に漂った。


「儂の孫に何か文句でもあるのか、ラムザ殿?」カイトの声は、鋼のように冷たかった。


「そういうわけではありません、カイト様!シリウスは若すぎる、無鉄砲で未熟だ。彼はまだ十八になったばかりです!」


「そしてお主は十六で大隊を率いていたな、ラムザ」ホムラはからかった。


「状況が違います!シリウスは騎士として育てられていない!僕は、生まれる前から父の跡を継ぐために育てられたのです!」


「その指揮官の代わりに、お主らの最も経験豊富な者と、我らの最高の案内人を彼につけてはどうじゃろうか?」そのしゃがれた声は、部屋の隅の肘掛け椅子から聞こえてきた。


「お父様、あまりお話しにならないで…」ラファが、大長老の元へと駆け寄った。


「ラファよ、この老いぼれの父でも、これくらいの口出しはできるわい…」


「確かに、儂の孫に関しては、一考の価値がある選択肢やもしれんな…」カイトは、考え込むように言った。


「シリウスだけではありません。他の者たち、特にレインは反対するでしょう…」ラムザは、まだ立ったまま言った。


「どれだけ文句を言おうと…この方法でやる…」ホムラはついに命じた。その声には、議論の余地はなかった。「敵国が今、この村を攻撃してくるとは思えん。我々が『古の世界』へ向かうと知れば、奴らは間違いなく全力で『黄金の都』を目指すだろう」彼はテーブルの向こうのキリオを見た。「儂は最高の者たちを連れて行く。容易くは倒れぬと分かっている者たちをな。そして、残りの全艦隊を、この村の防衛と支援のために残す」


「承知いたしました」キリオは答えた。


「ライトニング」ホムラの声は、ラムザの称号を呼ぶことで、その命令が絶対的なものであることを示した。「ドラゴンの騎士とシリウスを除き、お主が持つ最高の天騎士を選抜しろ。そして、その中から最も優れた者を、残る艦隊の指揮官としてこの村に残せ」


「それは難しい相談です、ファイア様…」ラムザは、低い、諦念のこもった声で答えた。「もし純粋な強さで選べというのであれば、ドラゴンの騎士たちも他の天騎士たちと比べてそれほど傑出しているわけではありません。シリウスは言うまでもありませんが…」


「ドラゴンの子は『古の世界』でより役に立つ。そしてシリウスは、霊的存在エンティティの祝福を受けている。未熟であっても、そのポテンシャルこそが、彼を送るのが最善の選択だと儂に信じさせる」


 ラムザは拳を握りしめた。その胸には苛立ちが燃えていたが、決定は下された。彼は兵士として、その困難な命令を受け入れ、わずかに頭を下げた。


「はい、ファイア様」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 マン・オ・ウォーの医務室は、治癒水晶が奏でるキィィンという低い旋律と、薬草と消毒液が混じり合った清潔な香りに満ちていた。ミッカは診察台の端に腰掛け、ユウダイを見つめていた。彼は書き物をするでもなく、水晶が映し出す光の設計図――彼女の回復データが緑色のルーン文字となって流れるのを、分析するように見つめていた。


「それで…」ユウダイは、浮遊するデータから目を離さずに切り出した。「アルマとは話しているかい?」


 ミッカは眉をひそめ、記憶の霧の中から言葉を探した。「話す、というほどでは…。でも、時々、見かけます。お兄ちゃんと修行している時とかに、幻のように…」


 設計図をなぞっていたユウダイの手が、ピタリと止まった。彼はスッと投影を消し、部屋の静寂が深まる。その分析的な瞳が、今や驚くべき強さで彼女を射抜いていた。「彼女が見えるのか?」


「はい!前に言いませんでしたか?」彼女は、純粋な不思議さで首を傾げた。


「言うわけないだろう!ミッカ、それは…話が全く変わってくる!」彼は早足で近づいた。以前のような興奮ではなく、ありえない現象を前にした学者のような慎重さで。「今、彼女は見えるのかい?」


 その唐突な集中力に、ミッカはビクッとして身を引いた。彼女の視線が部屋の隅へと走る。そこには、半透明のアルマの姿が浮かんでいた。治癒水晶の光が、彼女の周りで僅かに歪む。ミッカだけが知覚できる、微細な揺らぎ。アルマは、その幻影の手で額を押さえ、「やれやれ」というかのようにゆっくりと首を横に振っていた。


「…はい…ユウちゃん」


 その言葉は、ミッカが考えるより先に口からこぼれた。ユウダイの肺から、まるで殴られたかのように空気が漏れる。「えっ?…きみ、今なんて?」


「ユウちゃんです!」ミッカは、無垢に繰り返した。「お姉ちゃんが、そう呼んでって」


 今度、ユウダイはさらに顔を寄せたが、そこにはもう好奇心はなく、純粋で絶対的なパニックだけがあった。彼はミッカの両肩を掴み、その声は必死の囁きとなった。「ミッカ、聞いて!そのことは誰にも、絶対に話しちゃだめだ!いいな!?特にブリザードには!」


 ミッカは怯え、恐怖に満ちたユウダイの顔と、部屋の隅で幻影の体をクツクツと震わせ、声もなく笑い転げているアルマとを、交互に見つめた。


「分かったかい!?ミッカ!」


「…はい…」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 会議が終わり、決定が下されると、一行はゴオオッという油圧音と共に降りてくるマン・オ・ウォーのランプから降り立った。雨は止み、満月が雲間から顔を出し、村の傷跡に銀色の光を注いでいた。


「よろしいのですか?我々の宿舎は十分にございますが」ラムザは、主人としての礼節を込めて言った。


「その申し出、感謝する。だが、儂は民の傍らで眠る方が好ましいのじゃ」大長老は、疲れているが、固い声で答えた。


「承知いたしました」


「儂が御供仕る」カイトは、キリオと大長老を支えるように、その傍らに立った。


 カイウナの一行が去っていく中、遠くの浜辺からキン、キンと金属音が響いてくる。月明かりの下、二つの人影が休むことなく、激しい舞いを続けていた。カインとレグルスだ。


「あの時間までか…」ホムラは呟き、その唯一の緑の目が、その光景にジッと注がれた。


「僕が話をしてきます」ラムザはそう言うと、戦いの音の方へと歩き出した。


 ラファはその光景を見つめ、その唇に小さな笑みが浮かんだ。「レグルスは本当に努力家ですわね。私が知っている誰かさんにそっくり…」彼女は、ホムラを見て言った。


「儂に、もはやその役目を負う資格はない…」彼は感情のない声で答えた。彼は村と彼女に背を向け、自らの船が待つ暗闇へと戻ろうとした。「おやすみなさい、ラファ殿」


「それが、私の姉が望んだ選択だと、本気で思っているのですか?」ラファの問いが、彼をその場に縫い止めた。


 彼は、振り返らなかった。「断じて、違う…」その返事は、風に乗って運ばれた囁きだった。「だが、彼が儂にして欲しかったことであろうな」


「ホムラ…」


 浜辺では、レグルスの体がとうとう限界を迎えた。彼は濡れた冷たい砂の上にドサッと崩れ落ち、胸はハァ、ハァと激しく上下し、筋肉は痙攣していた。カインは月光を背に、彼の前に立った。


「もう限界ですか?」その口調には、僅かな嘲りが含まれていた。


「てめぇ…どうして…息一つ…切れてねえんだ…?」


「正直に言いますと、あなたの攻撃は予測可能ですから。さほどの労力は必要ありません」


「ああ、そうかい!?」


「おや、おや」ラムザの穏やかな声が、夜の浜辺に響いた。「ずいぶんと仲良くなったものだね!」その笑顔は、誇らしげな兄のようだった。


「不適切なご発言はお控えください、大騎士様」カインの声は、氷のように冷たかった。


「誰がこんな変態野郎と仲良くなるか!」レグルスは、無理やり体を起こしながら悪態をついた。


 ラムザはレグルスの隣にしゃがみこんだ。「君は本当に上達したね、レグルスくん!固形のマグマを足場にしながら、液状の部分で攻撃する…実に素晴らしい機動戦術だ!」


 そのラムザからの賛辞に、レグルスの胸は誇らしさでいっぱいになった。一方、カインは…


「彼の弱点に気づいていたのであれば、なぜご自身で訓練なさらなかったのですか、大騎士様!?」彼の声には、苛立ちが滲んでいた。


「なぜなら、その繊細な制御を教えるには、僕よりも君の方が適任だからだよ、スノウ」ラムザの返事は、穏やかで、有無を言わせなかった。彼は立ち上がった。「あまり夜更かししないように…でないと、レインが二人を耳から吊るしに来るよ!」彼は笑いながら、闇へと去っていった。


「彼の言う通りです。ここまでにしましょう…」


「ユウダイ兄貴が怖いってのか?」レグルスはからかったが、カインはただ、明日の訓練は地獄になるぞと約束するかのような、苛立った視線を投げ返しただけだった。


 数分後、二人の若者が船の長く静かな金属の通路を歩いていた。並んだシャワー室で体を洗い、隣同士の席で黙って食事を終え…


「「俺の/私の後をついてくるのはやめろ!/やめていただけますか!」」


 二人の叫びは、完璧に重なった。


 彼らは再び、今度は互いに距離を置いて、無言で歩き続けた。


「なんで、あんたは天騎士になったんだ?」レグルスの問いが、沈黙を破った。


 カインは驚いたようだった。一瞬、その冷たい仮面が揺らいだ。「それが、私に与えられた役目ですから…」


「雪の竜の魔法を継いだからか?」


「我が家の期待に応えるためです」


「どういう意味だ?」レグルスの声には、純粋な好奇心があった。


 カインは溜息をついた。ほとんど聞こえない音だった。「我がハイラル家は、現在の天騎士団の創設者…代々、エテリア公国に仕え、蒼天の民を統一してきました。ハイラルの紋章の下に生まれた者は皆…その運命を剣によって定められるのです…」


「つまり…結局、あんたは騎士になることを強制されたってことか?」


「私がドラゴの子であるから騎士になったのではありません。騎士であるからドラゴの子になったのでもない…私が天騎士団の竜騎士になったのは…それが、私に残された唯一の道だったからです…」


 その告白の冷酷さに、レグルスは驚いて彼を見つめた。


「両親も、兄弟も…誰もこの道を望みませんでした…我々は、ハイラル家の本家筋ですらない…。それでも…本家のために…私が家族の期待に応える唯一の選択は…天騎士になることでした。兄が…四歳の私に『雪』の竜の魔法を継がせるために、自らの命を絶った時に、定められた道です」


 通路が、さらに冷え込んだように感じられた。レグルスは、その言葉の重みに息を呑んだ。


「俺は…親父が誰か知らねえ…」レグルスの声は低かった。「それに…マグマの魔法は、二年前に母さんが死んだ時に継いだ…俺も、『ボルケーノ』になることを選んだわけじゃない。ただ…与えられた道を、歩いてるだけだ…」


「…お悔やみ申し上げます」


 レグルスは再び歩き出した。「忘れろ」彼はぶっきらぼうに言った。


 だがカインは、初めて本心からの、悲しい笑みを浮かべた。「我々は、本当に似ていますね…」


 レグルスは「本気で言ってるのか?」という顔で立ち止まった。沈黙が、重くのしかかる。


「なあ…」レグルスが口を開いた。「あんた、アルマさんとどういう関係だったんだ?」


 カインは立ち止まった。そして、いつもの尊大な、しかしどこか残酷な笑みを浮かべた。「我々は、本当に、とてもよく似ている…」


「はぁ?」


「この様子では…彼女があなたを、あなたが彼女を見るのと同じように見るまでには、長い時間がかかるでしょうね」


 レグルスの顔がカァァッと赤くなった。「ど、どういう意味だ、俺が!?」


「アルマの妹君に寄せるあなたの想いに気づかぬのは、盲目だけでしょう」


「あんただって同じだろ!この変態野郎!」


 もはや、その侮辱は彼には響かなかった。「彼女は精神的にはまだ子供です、レグルス。アルマが亡くなった日に、彼女は生まれた。そのような感情を理解するには、時間が必要でしょう…」


「だから、今のうちにってわけか?」レグルスの声には、からかいの色があった。


「彼女は、アルマではありません」カインの声は、氷のように冷たく、鋭くなった。「もし、私があなたにそのような印象を与えたのであれば、謝罪します…三度…アルマは、三度私を拒絶しました…」彼はレグルスに向き直った。その虚ろな瞳の奥に、深い悲しみが揺らめいていた。「四度目に…彼女は、この任務から戻ったら、と…私は、初めて彼女を見た日から、彼女を愛していました。しかし、その想いが報われることはなかった…そして…私は彼女を失った…」


「あんた…ミッカのこと、嫌いなのか?」


「まさか!」その返答は、即座で、侮辱されたかのように激しかった。「アルマは彼女のために自らを犠牲にしたのです!アルマの最後の希望を守ることこそ、私の義務以上のものだ!」


 ついに、カインは、騎士の仮面の下にある、ありのままの感情をさらけ出した。


「悪かった…だが、その役目は俺のもんだ、スノウ!」レグルスは、疲れた顔に決意をみなぎらせて、そう宣言した。


 カインは彼を見た。この、気に食わない、だが真剣で、決意に満ちた少年を。そして、彼は心からの安堵に微笑んだ。「我々は、本当に似ていますね…偽りの後継者で…姉妹に片思いをしている…」


「…まあ…そう言われれば、そうだな」レグルスは、渋々ながらも同意した。


 二人は、再び並んで歩き始めた。その足音は、静かな軍艦の通路に、共に響いていた。

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