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ドラゴの子  作者: わる
第一幕 - 第十環: 彼方の地
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第17話「ミっカ」

 **ジーン…**という低く一定の音が、まず暗闇に染み込んできた。次に匂い。清潔で無菌質な、嵐をかすかに思わせるオゾンの金属的な香りがした。ミッカの瞼が重々しく開き、磨かれた金属の天井が映った。壁に埋め込まれた治癒水晶の柔らかな光が反射している。その部屋は見慣れないはずなのに、奇妙なほど懐かしく、アイアンとの戦いの後に目覚めた場所の残響を感じさせた 。


 体は痛んだが、それはどこか遠く、鈍い痛みだった。それよりもはっきり感じたのは、左手の感覚。何かに握られている。鎧の鋼のように硬く冷たいのに、なぜか、現実へと繋ぎ止めてくれる熾火のように、絶え間ない温もりを放っていた。


 彼女はゆっくりと、慎重に首を巡らせた。


 ケインがいた。


 短い銀髪が額にかかり、穏やかで深い寝息を立てている。彼はベッドの縁に腕を組んで突っ伏して眠っていた。金属の手甲に覆われた彼の手は、眠りの中でも彼女の手を固く、守るように握りしめている。


 ミッカの胸に、説明のつかない愛情がじんわりと広がった。恐怖でも驚きでもない。それは…親密さだった。彼女は自由な右手を伸ばし、彼の銀髪を優しく撫でた。柔らかい髪が指の間を滑り抜ける。


 その感触が彼を目覚めさせた。ケインの目がゆっくりと開き、眠りでぼんやりとした瞳が彼女の顔を捉えた。一瞬、世界の時間が止まる。彼の眠たげな視界に映ったのは、ミッカではなかった。アルマだった。あの優しい微笑み、嵐の中でさえも穏やかさを約束する青い瞳、永遠に失われたと思っていた甘い表情。何ヶ月も感じたことのなかった安らぎが、彼の魂を満たした。


 だが、彼はパチリと瞬きをし、その夢は厳しい現実に打ち砕かれた。


 顔は同じでも、オーラが違う。ミッカの瞳にある優しさは、新しく見つけた友人のものであり、アルマの持つ深く古い愛ではなかった。その表情の甘さは、知恵ではなく、無垢さから来るものだった。彼女であり、同時に、彼女ではなかった。安らぎは、ズキンという鋭い痛みに変わった。


「君は…」彼の声は、失望に打ち震え、途切れた。


「どうかしたの?」ミッカの声は柔らかく、純粋に心配しており、それが彼の苦しみをさらに深めた。


 ケインは火傷でもしたかのようにサッと後ずさり、彼女の手を離した。顎がカクカクと震える。彼はガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。数秒前の弱々しさは消え去り、突き刺すような冷たさの仮面がその顔を覆っていた。


「ミッカさん、どこか痛みはありますか?」その口調は、よそよそしく、遠いものだった。


 その急な変化にミッカは言葉を失った。彼は壁の警報水晶を押し、氷の番人のようにベッドの脇にスッと立った。


「あの…?」ミッカは困惑して答えた。さっきまで無垢な子供のようだったのに、今はどこか威圧的な真剣さで彼女を見つめている。


「もし気分が悪いなら、すぐに言っ—」


「ミッカちゃん!」


「ミッカ姉!」


「ミッカ!」


 ドアが**バァン!**と破壊されんばかりの勢いで開き、友人たちの声が部屋になだれ込んできた。


「てめぇ、こいつに何してたんだ、このド変態がァ!?」


「なんでいっつもアンタなのよ、スノウ!?」


 ユウダイとレグルスの声も聞こえる…


 ユウダイとレグルスはケインに飛びかかり、医務室は混沌とした戦場と化した。三人が(医者を含めて)殺し合いを繰り広げる中、ダイアンヤは泣きながらミッカに抱きつき、ミッコは意味の分からない言葉をわーわーと叫んでいた。


「ミッカ、気分は悪くないか?」テセウキが、唯一冷静に尋ねた。


「ちょっと、めまいがする…」と彼女は答えた。


「めまいだと?怪我でも—」ケインが心配そうに口を挟もうとしたが、レグルスが彼の下顎をガッと押し上げ、その口を塞いだ。


「…これって…普通なの?」ミッカは、その乱闘を困惑しながら見つめた。


「まあ…うん…」テセウキは苦笑いを浮かべて頷いた。


 レグルスとケインが床を転げ回りながら殴り合っていると、ついにユウダイがブチッとキレた。


「はいはい…感動の再会はそこまで。全員、部屋から出て—」


「ミッカ!?」ラムザの声が、ドアから悲鳴のように響いた。


「あああああああああああああああ!」ユウダイは苦悶の声を上げ、自分の髪をぐしゃぐしゃにかきむしった。


「大丈夫かい?どこか痛む?お兄ちゃんが何かしてあげようか?」


「大騎士様、どうか…」ユウダイは、敬意を払おうと努めた。


 ラムザは嵐のように皆を通り過ぎ、妹の手を握りしめた。「お兄ちゃんはここにいるぞ!」その声は必死で、今にも泣き出しそうだった。


 しかし、ユウダイの手がガシッとラムザの肩に重く置かれた。「ラムザ様…今から、僕は医者として話します…」


 ラムザはピタッと固まった。彼は即座にミッカの手を離し、真剣で、虚ろな表情で立ち上がった。その変化に、レグルスとケインでさえ殴り合いを止め、困惑して彼を見つめた。


「承知した、レイン…」


 ラムザは踵を返し、真剣な足取りで部屋を出て行った。


「私、大丈夫だよ、お兄ちゃん!」ミッカが、優しい笑顔で言った。


 ドアのところで立ち止まったラムザが、振り返った。彼は口元を手で覆い、嗚咽をこらえていた。「君は、なんて強いんだ、ミッカ…」


(そう!これこそが天騎士団のリーダーだ!)


「はい、はい…君たちもだ…」ユウダイはミッカの友人たちを外へ押し出した。ダイアンヤはまだ泣いており、ミッコはまだ何かを喋ろうとし、レグルスは知っている限りの罵詈雑言をケインに浴びせかけ、テセウキだけが普通だった…


 四人が出て行くと、ユウダイは振り返った。彼はミッカの元へ行き、彼女の隣に腰を下ろした。「それで、どう—」


「お加減は?」ケインが、まるで幽霊のようにユウダイの隣にスッと現れて尋ねた。


「てめぇはなんでまだここにいやがるんだァァァ!?」


「ミッカの様子が—」


 バキィ!


 ユウダイの拳が、ケインの鼻に見事にクリーンヒットした。彼はケインを部屋から蹴り出し、**バタン!**と大きな音を立ててドアを閉め、鍵をかけた。窓の外では、ケインが鼻血を流しながら立ち上がり、まだミッカを見つめていた。


「ブリザードを呼ばなきゃダメか!?」ユウダイは、必死に叫んだ。


 ブリザードの名を聞いて、ケインの背筋がピンと伸びた。彼は鎧の中からハンカチを取り出して鼻血を拭うと、その表情は真剣で冷たく、騎士のポーズに戻っていた。「失礼する…」


「とっくの昔に出てけってんだよ!!」


 ケインがついに去ると、ミッカはクスクスと笑った。ユウダイは彼女に向き直り、疲れたため息をついて再び座った。「ミッカ、何か変わったことは?」


「ううん」彼女は首を振って答えた。


 ユウダイはカルテに何かを書き込んでいた。「アルマのことで、何か思い出した?」


「うん、思い…」ミッカは言葉を止め、その表情がハッとした。


「どうした?」


 ミッカは、答えがそこに書かれているかのように、自分の手のひらをじっと見つめた。「あの時…私、全部覚えてた…どうして今は、もう思い出せないの?」


「もう少し詳しく説明してくれるかい?」


「お姉ちゃんが見せてくれるって言った時…彼女の記憶を見たのを覚えてる…でも今は、私が見たことしか思い出せない…」


 ユウダイの目が鋭くなった。「何を見たんだ?」


「うん!お姉ちゃんの過去の記憶を見たの!でも、私が見てないはずのことも、色々知ってた!なのに今は…思い出せない…」


「レグルスが言ってたが、君はアルマと入れ替わったんだろう?」


「うん…」


「そして彼女が気を失って、君が目覚めたら、元に戻っていた、と?」


「うん!それに、全部覚えてた!」


 ユウダイはカルテの紙を持ち上げ、ミッカに暗い画像を見せた。彼女の体が半透明に描かれ、その胸の中心で一つの大きな光が輝き、その周りに何十もの小さな光がまとわりついている。


「思うに、アルマが君の『時間切れ』を防ぐために、それらの記憶を君から取り除いたんだろう…」


「時間切れ?」ミッカは困惑して尋ねた。


「ああ。アルマは君の体の中では長くは保たない。君が彼女と交流できるのは、君たちの繋がりによって、彼女の魂の欠片が君の魂に結びついているからだ。だが、それでも、アルマがもう存在を維持できなくなるのは、時間の問題でしか—」


 ユウダイはハッとして言葉を止めた。彼はミッカの顔を見た。その恐怖の表情、大きく見開かれた瞳、頬を伝い始めた涙。


「ま、さか…彼女は…君に話していなかったのか…?」ユウダはイが犯したとてつもない失態を悟り、呟いた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ズシリと、マン・オ・ウォーの会議室の空気が重くなった。ユウダイが部屋に足を踏み入れると、そこにはミッカの仲間たち、そしてラムザとカインが、張り詰めた沈黙の中で待っていた。


 ユウダイは、普段の彼らしくない真剣な面持ちで歩みを進める。水晶の窓に寄りかかっていたカインが、最初にその静寂を破った。


「彼女は大丈夫なのですか?」


「身体的には、彼女はずっと大丈夫だったよ…」ユウダイは静かに答え、ラムザの真正面で立ち止まった。ラムザが彼と向き合うように立ち上がる。「大騎士様、もうお話しする時が来ました…」


「彼女を休ませるべきではないのですか?」カインは心配そうに眉をひそめ、食い下がった。


「…彼女が、それを望んでいます。」ユウダイが最後に告げた言葉は、決定的な重みを持って空中に漂った。


 ラムザの顔から驚きと混乱がスッと消え、代わりに冷徹で分析的な真剣さの仮面が浮かび上がった。彼はゆっくりと頷く。


「…承知した。」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 数分後、ユウダイに導かれ、ミッカが同じ会議室に足を踏み入れると、ズシンと何十もの視線が彼女に突き刺さった。そこには見知った顔もあれば、戦いの混沌の中でしか見たことのない顔もあった。


 二人の兄弟、ミッコとラムザ。そして友人であるダイアンヤ、レグルス、テセウキは、心配と支援が入り混じった表情で、大きな革張りのソファに集まっている。


 部屋の残りの空間は、他の者たちが占めていた。ホムラ将軍は一番遠い隅の壁に寄りかかり、腕を組んで、静かな権威を放つ彫像のように立っている。カイトは金属製の大きなテーブルの椅子に背筋を伸ばして座り、その両手は膝の上に置かれ、軍の規律を体現しているかのようだ。その隣では、シリウスが椅子にふんぞり返り、退屈そうにしていたが、その目がミッカの一挙手一投足を追う様子が、内なる緊張を物語っていた。フユミは氷の彫刻のように完璧な姿勢で座り、その手は膝の上で組まれている。そしてカインは窓の近くに立ち、外の艦隊を眺めているふりをしていたが、その全身は、これから始まる会話にギリリと張り詰めていた。


 ミッカは、テーブルの上座に座るラムザを見つめた。その眼差しには、恐怖と好奇心、そして鋼のような決意が宿っていた。


 ラムザはふぅっと深く息を吸い込み、そして語り始めた…


「妊娠中、僕たちの母は双子を身ごもっていた…アルマと、ミッカだ。」


 その啓示は、静まり返った部屋に石が落ちたかのように響いた。ミッコ、ダイアンヤ、レグルス、そしてテセウキの顎が、ガクンと一斉に外れた。


「だが妊娠の途中、アルマがミッカを吸収してしまった。ある意味では、正常な現象とも言える…だが、母の妊娠はすでに進んでいて…何らかの理由で、胎児たちには…すでに魂が宿っていたんだ。」


「ミッカは吸収されても死ななかった。彼女の魂は、アルマの中に囚われることになった…」(すでに事情を知る天騎士たち──ホムラ、カイト、ユウダイ、フユミ、そしてカインは、ただ陰鬱な沈黙を保っている。)「この事実が分かった時、僕たちはすべてを隠した…ごく近しい者たち、召使いたちにさえ知らせずに…アルマが成長し、父から竜の魔法を受け継いだ時、彼女が持つ圧倒的な力に僕たちは気づいた。それはただの才能ではなかった…二つの魂が、彼女を強くしていたんだ。それを機に、アルマはソレル家に義務付けられていたアルカナ魔法の研究に、授業が始まる前から没頭した。彼女は…まったく、本当に手のかかる妹でね…」


 ラムザの顔に、懐かしくも悲しい笑みが浮かんだ。「アルマはいつもいたずらばかりして、とんでもない時に魔法を使うんだ!力が有り余っていたから、屋敷を爆破したり水浸しにしたり…まったく、ひどいもんだったよ!」


 ホムラ将軍でさえ、あの金髪の小さな少女を思い出し、フッと微かな笑みをこらえきれなかった。


 ラムザはため息をついた。「…彼女はいつも、自分が強いことを知っていた…そして、いつもこう言っていた…」記憶が、ズキンと彼の胸を突いた。いたずらの後で顔を汚した、長い金髪の幼いアルマの笑顔が蘇る。「あたしが強いのは、妹が一緒にいてくれるから!」


 その記憶を聞いたミッカの目がカッと見開かれた。彼女は悪寒と共に、魂に刻まれた認識の痛みを感じた。


 ラムザは床に視線を落とし、唇の笑みを消し、重々しい真剣さで続けた。「…彼女が天騎士になるための訓練を始めた時…すでにアルカナの術の達人であったにもかかわらず…彼女は何か違うものを求めていた。その時、彼女は師となるアタナシウスに出会った。」


 その名を聞いて、テセウキの顎がガクガクと目に見えて震えた。


 ラムザは村の若者たち、そしてミッカへと視線を移した。「彼はヴィタルム共和国最大の錬金術師であり、蒼天の最も偉大な同盟者だ。アルマが彼を訪ねたのは、彼が新しい技術を教えてくれるだけでなく…彼女がずっと望んでいた二つの知識を持っていたからだ…」


「…それは…何だったのですか?」ミッカは、か細い声で尋ねた。


「魂を操る魔法、そして…体を作るための錬金術の知識だ。」


 部屋の誰もがゴクリと息をのんだ。シリウスは椅子の上で姿勢を正した。ダイアンヤは手で口を覆った。


「サンダーが、そのようなことを我々に話したことはありませんでした!」フユミが、その氷のような落ち着きを崩して驚きの声を上げた。


「彼女は、望んでいたんだ…」ユウダイが、静かに呟いた。


「ああ」ラムザは頷いた。「彼女はミッカのために体を創り、その魂をそこへ移したかった。だが、人工の体をゼロから創り出すことは…アルマの力でも、材料も足りなかった…」(ミッカの友人たちの顔には、ハッとした衝撃が浮かんでいた。彼らは初めて、この少女が背負う深く悲しい秘密を知り、まるで初めて彼女を見るかのように見つめた。)「魂を操る魔法は、ミッカの魂を彼女の中から取り出すためだけのものではない。自身の魂を、何かと交換するためにも使える…」


 その瞬間、ミッカは思い出した。浜辺で目覚める前の、最初で最後の記憶。優しい声。


「ずっと…愛してる…」


「最後の手段として…」ラムザの声が詰まった。「僕たちはアルマに、致命傷を負った時にミッカの魂を使って自分自身を癒すようにと伝えていた…だが、あの日…ドラゴンに襲われ、彼女が海に落ちた時…」ラムザはミッカを見つめた。その顔には、優しく、疲れきった、そして信じられないほど悲しい笑みが浮かんでいた。「彼女は、その魔法を自分自身に使った…君に…彼女がずっと贈りたかった体を、与えるために…」


 ミッカがこらえていた涙が、ついに頬を伝って流れ落ちた。彼女はラムザを見つめ、唇は震え、何を言うべきか、何を考えるべきか分からなかった。彼女の世界が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていった。


 ユウダイが立ち上がり、前に進み出た。「多くの人が、これを待っていたことは分かっている…」彼は仲間たちと大騎士を見つめながら言った。「ミッカの診断結果を報告する…」


 全員が彼を見つめた。その顔は真剣で、用心深く、すでに知っている答え、しかし聞かなければならない答えを恐れていた。


「君たちも、もう答えは分かっていると思う。でも…」ユウダイは、その視線をまっすぐカインに向けた。「…言わなければならないこともある。」


 カインは友の視線に射抜かれ、ゴクリと喉を鳴らした。


「ミッカの血液検査の結果だ。アルマのものとは全く違う。血液型が異なる。言うまでもなく、年齢もだ。アルマは二十三歳だった。そしてミッカは、十五、六歳の少女の自然な体を持っている。魂に関する疑問はさておき、我々はミッカの体は…彼女自身の本当の体だと結論付けた!」彼はミッカに向き直った。「アルマは君のために体を創る魔法を使ったが、彼女の力では不十分だった。だから君の魂は断片化し、彼女の本来の年齢にはならなかったんだ。」ミッカは、涙に濡れた顔で、ただ無反応に彼を見つめていた。


 そしてユウダイは再びカインに向き直り、その目をグッと細めた。「まだ疑う者がいるのなら、もっとはっきり言おう。ミッカは『アルマの体に入ったミッカ』じゃない!ミッカは、ミッカ自身だ!アルマは、彼女は…彼女は…アルマは…」言葉が出てこなかった。彼は深く息を吸い込み、こみ上げる涙をこらえた。「…アルマは…死んだ。」


 後に続いた沈黙は、絶対的で、押し潰されそうだった。ホムラは窓の外へ視線をそらした。カイトは正面を固く見据えていたが、その瞳には悲しみが浮かんでいた。シリウスは信じられないというようにギリッと歯を食いしばった。フユミの顔は氷の仮面のようだったが、それは今にもピシリとひび割れそうだった。ミッコは怯え、テセウキは深い悲しみの表情を浮かべ、レグルスは震え、そしてダイアンヤは手で口を覆い、その体は嗚咽で揺れていた。ラムザは頭を抱え、床の彼方を見つめている。そしてカイン…カインの世界は、彼の目の前でガラガラと百万の破片に砕け散っていた。


「…失礼する」彼は、虚ろな声でそう言うと、硬い足取りで部屋を出て行った。


「…くそっ、あいつ!」ユウダイは、悔しさに歯を食いしばって悪態をついた。


 カイトが立ち上がった。「儂が話をしてこよう。」


「お願いします、カイト様…」ラムザは、感情のない声で答えた。


「だからサンダーはあんなに強かったのか…」シリウスは震えながら、自分に言い聞かせるように呟いた。「俺様はあいつに何度も負けた…もう二度と…リベンジはできないのかよ…?」


 しかし、動いたのはホムラだった。彼は、今最も言葉を必要としている人物の元へ歩み寄った。彼は打ちひしがれているミッカの肩に、その重い手を置いた。


「それは、純粋にアルマの決断だ…お前が、自分を責めることはない。」


 彼女は涙に濡れた顔を、将軍に向けた。


「彼女の代わりに生きるのではない。彼女のために生きるのだ!」


 ミッカの目がカッと見開かれた。


「強くあれ、子供よ。」彼は背筋を伸ばした。「彼らを、二人だけにしてやろう」と、他の天騎士たちを見つめて言った。一人、また一人と、彼らは部屋を出て行った。ラムザだけが、身じろぎもせずに座り続けていた。ホムラは彼を見つめ、悲しみが彼自身をも襲った。彼は、あの二人を子供の頃から知っていたのだ。


 ミッカはラムザを、壊れてしまった兄を見つめ、涙がさらに強く溢れ出した。しかし、涙でぼやける視界の向こうに、彼女は見た。


 部屋の隅に、半透明の姿が彼女を見つめていた。アルマ。


 彼女はそこにいた。穏やかな顔で彼らを見つめていたが、その幻影の頬を、一筋の涙が伝っていた。優しく、悲しい笑みが彼女の唇に浮かび、その声は部屋ではなく、ミッカの心に直接響いた。


「ごめんな、ミッカ…」


「お姉…ちゃん…」


 言葉は途切れ途切れの吐息のように漏れ、ついに彼女の最後の平静の壁がガラガラと崩れ去ると、ミッカは悲痛な嗚咽を漏らして泣き崩れた。

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