第11話「最初の傷跡」
破壊された宮殿の広間に、空気がビリビリと張り詰めていた。
ダイアンヤが、疲れ果てた従兄と『鋼のドラゴの子』の間に、盾となるように立った。その両腕には、白く輝くルーンが蛇のようにうねり、穏やかだが威圧的な光を放っている。
「ダイアンヤ……」レグルスは、安堵と疲労の混じった声で彼女の名を呼んだ。
「待たせたわね……」彼女は言った。いつものからかうような声色は消え、刃物のような鋭い真剣さが宿っている。その赤い瞳は、アイアンを真っ直ぐに捉えていた。「レグルス、勝てると思う?」
「確実とは言えん……」彼は認めた。その声には、溶かしたどんな岩よりも重い、正直な響きがあった。
「『ない』よりはマシでしょ!」彼女は言い放ち、自信に満ちた獰猛な笑みを浮かべた。
(俺の槍を消し去っただと……?)アイアンは思考する。最初の驚きは、冷徹な分析へと変わっていた。(それだけじゃない、あの小僧の冷え固まった溶岩まで塵に……無効化の魔法か?それにあのルーン、おそらくは身体能力を強化する類のもの……厄介な相手だ。)
考えるよりも早く、彼は攻撃を仕掛けた。以前よりも遥かに激しく、密度の高い漆黒の金属の杭の雪崩が、床や壁から四方八方に突き出し、ダイアンヤへと殺到する。杭はヒュウヒュウと風を切り裂いたが、彼女の体に触れる寸前でサラサラと崩れ始め、無害な塵へと変わっていった。
最強の攻撃が無効化されたことに驚き、アイアンは一瞬の隙を見せた。致命的な隙を。
ザッ!
ダイアンヤの姿が消えていた。
(消えた!?)純粋なパニックの悪寒が、アイアンの背筋を駆け上る。背後に空気の圧力を感じ、本能的に反撃した。腕が鋭い刃と化し、迫りくる何かを切り裂かんと空を切る。
キィン!
だが、その刃は**パリン!**と虚しく砕け散った。ダイアンヤは超自然的な俊敏さでその一撃をかわし、アイアンの顎に綺麗な右のクロスカウンターを叩き込んだ。
(竜の魔法を無効化するだと!)その思考は、拳の衝撃と共に彼を襲った。(サンダーの奴より威力は遥かに劣るが、それでも痛い!)彼はアルマに対して使った漆黒の鉄の鎧を展開しようとしたが、ダイアンヤの二撃目がその顔面を捉え、形成されかけた防御を粉々に砕き、彼を遠くの壁まで**ドゴォォン!**と吹き飛ばした。
金属の刃が、今度は鋼鉄のピラニアの群れのように再び襲いかかる。ダイアンヤは最初、意に介さない様子だったが、刃が迫るとフワリと跳躍した。跳躍の頂点で、腕のルーンが消え、即座に両脚に現れ、彼女の体をさらに高く押し上げた。
「……やはりそうか」瓦礫の中から呻きながら立ち上がり、アイアンが言った。「貴様が打ち消せるのは、竜の魔法だけ、と見える」
ダイアンヤは数メートル離れた場所に、猫のように静かに着地した。「それが分かって、どうするつもり?」彼女は嘲るように笑う。「そのくだらない力がなきゃ、あんたなんて、なーんにもできないじゃない」
「ほう?」彼の目に、再び捕食者の光が宿った。
ダイアンヤが前進する。だが、レグルスの叫びが彼女を止めた。「気をつけろ!」
彼女は足元から風を放ち、最後の瞬間に後方へと身を引いた。**ヒュッ!**と空を切る音。彼女がいた場所を、一閃が通り過ぎる。アイアンの手には今、長く、実用的な、残酷なまでに輝きのない鋼の剣が握られていた。
「普段は使わんのだがな……」彼は、手慣れた様子で剣を回した。「貴様には特別だ、子猫ちゃん」
「気色悪い!」ダイアンヤは、芝居がかった嫌悪感で自分自身を抱きしめ、嘲笑した。
「俺の女にしてやろう!」アイアンは叫び、彼女に向かって突進した。
今、戦いの様相は変わった。竜の魔法を使わず、純粋な剣術での戦い。熟練の剣士を相手に、いくらルーンで身体能力を強化していようと、素手では危険だった。彼女は避け、弾き、いなすが、その腕や脚に**ザシュッ!**と小さな切り傷が少しずつ増えていく。
追い詰められた彼女は、強力な突風で彼を後方へ吹き飛ばした。しかし、アイアンは背中から鉄の杭を地面に突き刺し、錨のようにその場に踏みとどまる。好機と見たダイアンヤは、胸の前で手を固く握った。掌が輝き始め、白いルーンが体中に広がっていく。
苛立ったアイアンが再び槍の雪崩を放つ。だが、その攻撃は巨大な溶岩の手に阻まれた。倒れそうになりながらも、レグルスが彼女のために時間を稼いでいた。
ダイアンヤの前に、何重にも複雑な魔法陣が展開される。彼女の背後には、黄色く脈打つエネルギーの球体が形成されていく。その瞳は強烈な青色に輝いていた。彼女はアイアンに向かって、手を突き出した。
「《聖域の連星》!」
球体から、何十もの純粋なアルカナエネルギーの光線が放たれた。
「《不屈の螺旋》!」アイアンは両掌を打ち合わせた。緑色のオーラが彼を包み、螺旋状の盾が彼の前に現れる。光線のほとんどは防がれたが、凄まじい集中砲火に盾はミシミシと音を立ててひび割れた。アイアンは最後の数発を避けるため、やむなく上方へと跳躍する。
だが、そこに隙はなかった。ダイアンヤはすでに彼の眼前に迫り、右の拳にルーンの光を宿していた。彼女は渾身の一撃を放つ。アイアンは前腕で防御したが、衝撃の威力は殺しきれず、彼は真下のレグルスの方へと叩き落とされた。レグルスは待っていましたとばかりに、さらに多くの溶岩の手で彼を飲み込んだ。
「やった!」ダイアンヤは叫び、空中から舞い降りた。
しかし、アイアンが飲み込まれた場所から、無数の金属の棘が爆発するように突き出した。
その一本が、レグルスを貫き、彼の体を真っ二つに引き裂いた。
ダイアンヤの世界が、止まった。音が消える。彼女の目は恐怖に大きく見開かれ、従兄の上半身が片方へ、下半身がもう片方へとドシャッと崩れ落ちるのを、ただ見ていた。彼女は凍りついた。
棘が、無防備な彼女へと再び殺到する。最後の一撃。
だが、それは届かなかった。
レグルスの溶岩の手が、まだ生きていたかのように、その投擲を掴み止める。地面の溶岩の池の中から、レグル斯が再びその姿を現した。湯気を立て、ぜえぜえと息を切らしながら。
「……うまくいくとは思わなかったが……」彼は喘いだ。攻撃を予測し、貫かれる寸前に自らの体をマグマに変えていたのだ。「馬鹿野郎!集中しろ!」彼は従妹に向かって、疲労を超えた怒りで叫んだ。「俺たちどっちかが死んでも……ここで奴を倒すんだ!」
その叫びが、彼女を現実に引き戻した。ダイアンヤは**バチン!**と両手で自分の頬を叩いた。「……そうね!」
棘の残骸の中から、アイアンが立ち上がった。彼もまた、息を切らしている。疲労の色は隠せない。
(この二人……!サンダーが消耗していたのは幸いだった……だがこの小僧共……奴らは俺の天敵だ。もう少し戦闘経験があれば……俺はとっくに死んでいた!)
彼は二人を睨んだ。(ボルケーノは疲弊しているが、あの女が稼ぐ時間で回復しつつある。そしてあの女は……力と無効化能力はあっても、武器を持った相手との戦闘には慣れていない。あの魔法以外は……もう俺を近づかせはしないだろう……だが……)
彼の視線が、広間の片隅に向けられた。レグルスが「両断」された時の、彼女の絶対的な絶望を思い出す。……揺さぶり。
彼の視線が、今まで意識から弾かれていた何かに焦点を結んだ。そして、理解した。
(姿が見えないだけでなく、存在そのものを忘れていた……この女……本当に、とんでもない奴だ、クソが!)
アイアンは笑い始めた。その狂気じみた笑い声に、ダイアンヤとレグルスは最悪の事態を予期して身構えた。
「何を笑っている、クソ野郎!」ダイアンヤが叫んだ。
アイアンの視線が彼女に突き刺さる。狂気は冷たい怒りへと変わっていた。「……これを使う羽目になるとはな。俺の体も、楽じゃないんでな」彼は、彼女にというより自分自身に言い聞かせるように呟いた。
「何よ、ギブアップ?」ダイアンヤは嘲笑した。
だがアイアンは、嘲りも、冗談もなく、ただ純粋な怒りだけで彼女を見つめた。「小娘が、調子に乗るなよ!」
彼の背後に、黒いルーンが浮かび上がる。レグルスが溶岩の手を呼び出そうと身をかがめたが、ダイアンヤが彼を制止するために叫んだ。
「奴は全てを吹き飛ばす気よ!」
アイアンから赤いエネルギーが溢れ出す。何もない空間から炎が生まれ、彼を中心に渦を巻き始めた。彼の頭上に、燃え盛る炎の球体が舞う。その中心は強烈なオレンジ色に輝き、縁では生きたように炎が踊っていた。
「……炎の……エレメンタル……」ダイアンヤは、目の前の男がこれほど荘厳な存在と契約しているとは信じられず、呆然と呟いた。アイアンの両の手に、彼の上に浮かぶ炎のエレメンタルから、小さな赤い火の玉が次々と生まれ、集まっていく。
「ダイアンヤ……どうすりゃいいんだ……?」レグルスは、声から希望の光を失い、問いかけた。
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地面がゴゴゴゴと揺れていた。
宮殿からの爆発音はもはや遠い音ではなく、ミッコの胸の内で響き渡る怒りの雷鳴となり、彼の歯を振動させた。崖の麓にいる見えない敵から吐き出された火球が、冒涜的な彗星のように空を切り裂き、村の石と木の屋根に降り注ぎ、破壊と煙の雨を爆発させた。熱く、焦げ臭い空気が彼の喉を焼いた。
「テセウキ兄貴、どこへ行くんだ!?」ミッコは叫んだが、その声は戦争の轟音にかき消されそうだった。
村を蛇行する小川は、普段子供たちが遊ぶ清らかな流れではなく、今は倒れた者たちの血で緋色に染まっていた。その光景にミッコの胃はひっくり返り、氷のような絶望感が彼を襲った。
(どうして…?どうしてこんなことに…?ミッカ姉、ダイアンヤ姉貴、レグルス兄貴…みんな、上で戦ってるのか?たったあれだけで?)
テセウキは答えなかった。彼の瞳は、普段の穏やかな好奇心ではなく、熱に浮かされたような切迫感で燃えていた。彼はミッコの腕を掴み、神殿の衛兵の倒れた体を避け、自分の工房へと彼を押し込んだ。**バタン!**とドアが閉まり、世界の混沌が一瞬だけ遠のいたように感じられた。
発明の聖域であったはずの内部は、今や絶望の渦だった。テセウキは腕で机の上を払い、設計図や工具がガシャガシャと金属音を立てて床に散らばる。彼の震える手が何かを探していた。「持て!」彼は黒曜石の鋭い穂先がついた槍をミッコに投げ渡した。「自己防衛のためだけに使え!最後の最後の手段じゃなきゃ、使うなよ!」
「兄貴…戦うのか?」
「必要な場合だけだ」テセウキは、うなるような緊迫した声で答えた。彼は奇妙で重そうな物を腰に下げた。それは、木の柄がついた、長くて冷たい黒い金属の筒だった。そしてその手には、ミッコの心臓を止めさせるような刃が握られていた。オレンジ色の刃、根本に黒い石が埋め込まれた、ミッカの剣。創造者の手には似つかわしくない、戦争の道具。それは、テセウキが背負うべきではなかった重い使命を帯びているように見えた。
二人は再び地獄へと飛び出した。「避難経路を作るんだ!」テセウキは肩越しに叫んだ。
「この混乱の中で、どうやって!?」
「もう考えてある!『大騎士』たちに、しばらく前から頼まれてたんだ!」
幸運にも、彼らの前方で、数人の『大騎士』、赤い頭巾の衛兵たちが、怯える村人たちを導いていた。中には負傷者もいる。彼らは宮殿の丘の右側を下り、山の麓の安全な場所へと向かっていた。だが、安全など幻想だった。漆黒の鎧の騎士たちが影のような死の軍団として現れ、そこで再び戦闘が勃発し、鋼鉄がぶつかり合う音が痛々しく響き渡った。
その混沌のさなか、隠れながら、ミッコの脳裏にある記憶がよぎった。果物を差し出してくれた、あの笑顔。彼を「ガキんちょ」と呼んだ、あの温かい笑い声。
(おじさんたちは…?)
市場の夫婦。血の繋がりはないが、心の家族。考えるよりも先に、テセウキの制止の叫びも聞かずに、彼は踵を返した。逃げる人々の流れに逆らい、危険の中心へと、彼は走った。
彼が知っていた村は悪夢に変わっていた。燃える家々、死の匂いが立ち込める空気。隣人の亡骸が道に転がり、その虚ろな目が嵐の空を見つめているのを横目に、彼はただひたすら前だけを見て走った。見てはいけない。見たら、止まってしまう。止まったら、手遅れになる。
彼は市場に飛び込み、絶望して叫んだ。「おじさん!おばさん!」
ポカッ!
頭に鋭い痛みが走る。市場のおばさんが、恐怖に目を見開いて、彼を箒で殴っていた。
「ああ!ミッコじゃないか!すまんのう、息子よ!」彼女は彼だと気づき、力が抜けたようにその場にへたり込んだ。
「おばさん、逃げなきゃ!山の麓に避難場所が!」
「無理じゃ…」彼女はすすり泣いた。「おじさんが…倒れて…」
彼女が店の奥を指差す。太ったおじさんが壁にもたれて倒れ、顔面蒼白で気を失っていた。「わしを庇って、あの火の玉の衝撃で…壁に叩きつけられて…ここまで引きずるのがやっとで…もう、わしには力が…」
「俺が運ぶよ!」ミッコは、自分でも知らないほどの確信を込めて言った。
「お前さんはあんなに小さいのに、あの人はあんなに大きくて太っちょじゃよ!」
「俺を信じて、おばさん!俺は、すっげえ強いんだ!」
彼が小さな体をかがめ、そのありえないほどの重みを持ち上げようとした、その時。店のドアがギィと軋んだ。漆黒の鎧の騎士が、剣を振りかざして立っていた。時が止まったかのようだった。ミッコはテセウキに渡された槍を掴み、その穂先を敵に向ける。彼の表情から恐怖は消え、冷たい守りの怒りが宿っていた。ここで、死ぬまで戦う。
騎士が前進する。ミッコは衝撃に備えた。だが、敵の刃が振り下ろされるより早く、湿った、不快な音が空気を切り裂いた。
グサリ!
オレンジ色の刃が、騎士の背中から胸を貫いていた。刃が引き抜かれ、返す刀で首筋に一閃。首を刎ねるには至らなかったが、その一撃で騎士の命を絶った。金属の体がドサッと重い音を立てて床に倒れる。その背後に、テセウキが立っていた。ぜえぜえと息を切らし、震え、その顔には敵の暗く熱い血が飛び散っている。彼の目は、勝利ではなく、絶対的な恐怖に見開かれていた。
(俺は…人を殺した…)その思考が、彼をよろめかせた。
**ガシャン!**と、戦闘の轟音が店の中にまで侵入してきた。「静かに!」テセウキはかすれた声で囁き、全員をカウンターの後ろに押し込んだ。重い金属の足音が店の前を通り過ぎていく。静寂。安全だと思った、その時。ドアが再び開かれた。
女騎士。兜の奥から聞こえる女性の声は、冷酷だった。彼女は剣を構え、躊躇なく攻撃を仕掛けてきた。
ガキン!
テセウキがミッカの剣で受け止める。衝撃が腕を走り、骨が軋む。彼は押し戻され、足が床を擦った。戦士ではない。正面からの戦いでは、彼に勝ち目はない。
女騎士が再び攻撃する。その刃は死の軌跡を描いた。ミッコは絶望のあまり、木の椅子を掴んで彼女に投げつけた。椅子は彼女の鎧に当たって粉々に砕け散ったが、その衝撃で彼女は一瞬だけ体勢を崩した。彼女はチッと舌打ちすると、ミッコを蹴り飛ばし、彼は衝撃でテーブルに叩きつけられ、テーブルは真っ二つに割れた。
(あの剣が厄介だ。まず奴から仕留める!)女騎士は思考し、テセウキに集中した。
だが、テセウキには計画があった。絶望的な、作り手の、戦士ではない男の計画が。彼女が彼に向かって突進してきた、その瞬間。彼は剣を捨て、腰の金属の物体を引き抜いた。
金属の筒。引き金。女騎士は兜の下で目を見開いた。彼女はその武器を知っていた。
ズドオオオン!
狭い店内で、その音は耳をつんざくようだった。弾丸は彼女の兜に命中し、兜は空高く吹き飛んで、硬い顔立ちの若い女の顔を晒した。だが、彼女は止まらなかった。憎悪と使命感が、彼女を前へと突き動かした。
テセウキはそれを予測していた。彼はすでにミッカの剣を拾い直していた。彼女が間合いに入った、その瞬間に。彼はその身を貫いた。
彼は刃を引き抜く。彼女は膝から崩れ落ち、床に血を吐いた。
テセウキはミッコとおばさんを見た。そして、震える手で、その武器を再び装填した。
「あの人がくれた設計図から…作ったんだ…」彼は喘ぎながら言った。アドレナリンが引き、ショックが彼を襲い始めていた。「ミッカが言ってた…『カービン』って言うらしい。まだ試作品だが…使えるはずだ」
彼はその重く、恐ろしい武器をミッコに投げ渡した。「最後の手段で使え」
そして、テセウキとミッコ、傷ついた職人と、あまりにも早く成長することを強いられた少年は、力を合わせ、おじさんを担ぎ上げ、地獄と化した自分たちの村へと、再び足を踏み出した。




