第10話「隠された竜の怒り」
彼女の声が、重苦しい広間の空気を、鍛え上げられた刃のように切り裂いた。
ミッカの声ではなかった。冷たく、感情がなく、戦場に立つ指揮官だけが持つ、疑う余地のない権威を帯びていた。銀色の鎧の男の唇から、凍りついた驚きと共に笑みが消える。場のプレッシャーが、押し潰されそうなほどの重圧となった。
「何者だ、貴様。ここで何をしている?」
空気が、カチン、と音を立てて凍てついた。レグルスは隣の少女を見た。見慣れたはずのその体に、今は威圧的な見知らぬ魂が宿っている。彼は肌に粟を生じさせ、喉の奥で息を詰まらせた。彼女から放たれる気配は、不器用で心優しい友人のものではない。紛れもなく、捕食者のものだった。
「アルマ…嬢!俺だ!」司令官は、その傲慢な態度を崩し、声にかすかな焦りを滲ませながら言った。
彼女の返答は、抑えられた雷鳴。一言一言が、槌の一撃だった。好奇心に満ちていた青い瞳は、今や氷の破片と化している。
「貴様ごときが、気安く天騎士団の名を騙るな、偽物め!」
男の目がスッと細められ、楽しげな表情が冷酷な怒りへと変わる。状況の現実が、彼を鉄槌で殴りつけた。目の前にいるのは、記憶を失った怯えた少女ではない。対等の存在。――敵だ。
「…そういうことか」男は呟き、その体から溶けた金属のように重く、濃密な圧が放たれた。
レグルスはその殺気を、それが形を成す一瞬前に感じ取った。「ミッカ!」彼は叫び、迫りくる危険から彼女を突き飛ばそうと、本能的に動いた。同時に、ダイアンヤの父が玉座へと跳躍し、その身を盾にして大長老を守る。
だが、攻撃は彼らの反射よりも速かった。
ゴゴゴゴゴ…
ガシャアァァン!
床の石そのものから深い呻きが聞こえたかと思うと、無数の黒い金属の杭が四方八方から突き出し、邪悪な森のように広間を埋め尽くした。玉座は木っ端微塵になり、石柱は砕け散り、磨かれた床は紙のように引き裂かれた。そこは、瞬きの間に死の花が咲き乱れる庭と化した。
「なっ…!?」
杭が届かなかった唯一の場所、広間の出口に、全員が無傷で立っていた。大長老、その息子、他の長老たち、そして衛兵。まるで、幽霊にでもテレポートさせられたかのように。そして、彼らと司令官の間に、一人の少女がしゃがみこんでいた。その小さな体は黄色い電気の火花をバチバチと散らし、まるで抑えられた嵐そのものだった。
レグルスは、信じられないという目で彼女を凝視した。
(速い…!奴の攻撃よりも…いや、常軌を逸している…ミッカの体が小さいからか?違う…)アルマの思考は、超自然的な速度で状況を分析する。(私がこの歳だった頃よりも、さらに速い…)
司令官の顔から、嘲りの色は完全に消え失せていた。彼は目の前の戦士の真の姿を認識し、殺意のこもった真剣さで彼女を睨みつけた。「アルマ・ソレル。『サンダー』。『雷鳴』のドラゴの子」
「知らんな。貴様が誰であろうと、興味はない」彼女は冷たく言い放ち、ゆっくりと立ち上がった。「…『鋼』のドラゴの子」
男は、その目に一切の笑みを含まず、残酷で飢えたように口元を歪めた。「ならば、死ぬ前にこの俺の名をよく覚えておくがいい!俺はガイウスだ!」
彼は再び杭の波を放った。それは何の動作もなく、ただ彼の意志だけで床から突き出した。だが、またしても、黄色い閃光が全員を危険から遠ざけた。
「俺だって戦えるんだ、アルマ!」レグルスは、ただ見ているしかできない自分の無力さに、苛立ちを叫んだ。
再び彼らと脅威の間に立ったアルマが、肩越しに彼を振り返る。その目には温度がなく、ただ冷たい計算だけがあった。「分かっている、レグルス。だからこそ、他の者たちをここから連れて行け。この敵は、私が相手をする」
その声。その話し方。その態度。その瞬間、レグルスは理解した。あれはもう、ミッカではない。アルマなのだと。
『アイアン』、鋼のドラゴの子は、ギリッと歯を鳴らした。彼女がもう守りに徹する必要がなくなったのを見て、本当の戦いがこれから始まるのだと悟った。レグルスとダイアンヤの父は躊躇しなかった。大長老たちを導き、急いで階段を駆け下り、二体の怪物のために広間を明け渡した。
今、戦いは一対一。
サンダーが駆ける。黄色い光の残像。アイアンが両腕を振り上げると、広間の杭はその形を失い、金属の破片の嵐となってあらゆる角度から彼女を襲った。だが、サンダーは電気の亡霊だった。金属の渦の中をすり抜け、彼の目の前にシュッと音を立てて現れる。彼の顔に、驚きと恐怖の表情が浮かんだ。
彼女は、ただ一撃、拳を叩き込んだ。
ドゴオォォン!
純粋な雷鳴の轟音が村中に響き渡り、宮殿の土台を揺るがし、大気そのものを巨大な鐘のように震わせた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
村の入り口。宮殿から響いた雷鳴が、ミッコとテセウキの耳に届いた。
「今の音は何だ!?」ミッコは叫び、心臓をバクバクさせながら宮殿の方角を見た。
テセウキが答えるより早く、彼らの背後から聞こえた第二の音が、本当の混沌の始まりを告げた。
ドカアァァン!
村の門から、黒い鎧の騎士たちが隊列を組んで進軍してくる。すでに準備を整えていた『大騎士』たち、村の衛兵が防御を開始した。魔法の障壁が立ち上り、水の噴流が侵略者たちを丘の下へと押し流そうとする。だが、崖の麓から巨大な火球がいくつも舞い上がり、防御を爆砕して道を切り開いた。騎士たちは今や、金属の激情となって村の通りへと雪崩れ込んでいた。
「ミッコ、こっちだ!」テセウキは叫び、友の手を掴んで戦闘の中心から彼を引き離した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宮殿。サンダーの一撃は、アイアンを流星のように後方へと吹き飛ばした。彼は広間の残骸を突き抜け、背後の壁を砕き、山の岩肌に激突してようやく瓦礫の山の中に崩れ落ちた。
痛みに呻きながら、彼は立ち上がる。その銀色の鎧には、今や無数の亀裂が走っていた。(防御なしで、もう一発あれを食らったら…まずいな…)
「閣下!」入り口にいた彼の騎士二人が駆け寄ってきた。一人の剣の刃は、真新しい血で濡れていた。
砂埃の中から、コツ、と足音が聞こえる。サンダーのシルエットが現れた。その眼差しには、純粋で冷え切った憎悪が宿っていた。彼女の足元、階段には、先ほどミッコと話していた『大騎士』や使用人たちの亡骸が転がっている。彼らの血が、不気味な小川となって石段を流れ落ちていた。
「化け物め!」血濡れの剣を持つ騎士が叫び、彼女に武器を向けた。
アイアンは部下を守ろうと動いたが、無駄だった。瞬きよりも速く、目が眩むほどの閃光と共に、サンダーは騎士の目の前に浮遊していた。ドッ、と雷鳴が轟き、悲鳴は途中で途切れ、男は血と金属の雨となって木っ端微塵に弾け飛んだ。もう一人の騎士も、反応する間もなく屠られた。
アイアンが攻撃を仕掛けたが、サンダーはすでにそこにはいなかった。背中に衝撃を感じ、世界が回転する。
クラッシュ!
彼は再び広間の中へと叩きつけられ、自らの金属の杭を砕きながら、反対側の壁に激しく衝突した。
*(電気そのものは効かん…だが、雷鳴の物理的な衝撃が強烈すぎる…)*彼はそう思考しながら、全身を黒い鉄の層で覆った。彼の防御的な竜の魔法だ。
バチッ、と電気が爆ぜる音。サンダーが再び彼の眼前に立つ。彼女の顔には騎士たちの血飛沫が散っているが、その瞳は虚ろで、一切の感情が抜け落ちていた。
「ここで殺してやる、アイアン」彼女は、最後の任務を遂行する兵士の単調な声で言った。
「ほう、やれるものならな」彼は嘲笑った。そして、彼を覆う金属から鋭い杭がビュッと射出され、サンダーの胸を貫いた。彼の唇に自信に満ちた笑みが浮かぶ。だが、それはすぐに絶望へと変わった。
杭は彼女を貫通したが、血は一滴も流れなかった。彼女の体は、純粋な黄色の電気そのものだった。彼がその身を鉄に変えられるように、彼女は雷へとその身を変えられるのだ。
「もう終わりだ!」サンダーは叫んだ。
雷鳴が、轟いた。そして、轟いた。そして、轟いた。彼女は彼を、破壊の舞踏で広間中に叩きつけた。純粋な雷の鉄槌で彼を宙に打ち上げたかと思えば、すでにその背後に現れて床に叩きつける。彼が地面に激突する前に、もう壁へと吹き飛ばされていた。
*(きりがないのか!?)*アイアンは、苦悶の中で思考した。
最後の一撃。彼は玉座の残骸の上に崩れ落ちた。よろめきながら、電撃を帯びた鉄に覆われたまま立ち上がる。反対側では、サンダーがぜえぜえと息を切らし、汗がその顔を伝っていた。
(…倒れない?)彼女は思った。彼女の竜の魔法は彼の鉄の体には効果が薄い。だから物理的な雷撃に集中した。(だが…一撃が…以前より軽い!)まるで、小枝で岩を砕こうとしているかのようだった。
「その程度か、サンダー?」アイアンは、しゃがれた声で挑発した。
彼女は拳を握りしめた。「私の竜の魔法が効かぬのなら…別の魔法を使えばいいだけの話…」
空気が重くなった。彼女から放たれた強風が、アイアンを後方へと押しやる。床に黄色い光の点がいくつも現れ、電気の糸が彼の鉄の体に絡みつき、その動きを封じた。彼は怒りに吼え、もがく。だが、彼が正面を見た時、そこには彼女の掲げられた掌と、空中に形成されていくルーン文字があった。ワイバーンを消滅させた、あの魔法。
「サンダー・スペクトラル・フレ――」
ドン。
外からではない。内側からの衝撃。
心臓が、止まった。思考が、遠のく。彼女の体が、突然、鉛になったかのように信じられないほど重くなった。
魔法は霧散した。アイアンを縛っていた光の枷は消え失せる。そしてアルマは、その意識が暗黒の海へと沈んでいく中、ゆっくりと倒れ始めた。
(…そうか…)それが、彼女の最後の思考だった。静寂の広がりの中の、囁き。(…もう、これは私の体じゃない…私の魂は…この器では保たない…ミッカ…すまない…私は…失敗した…)
世界が、囁きの中に消えていった。アルマの最後の思考はミッカへの謝罪。そして、暗黒が彼女を完全に飲み込んだ。彼女の体は、今やただの抜け殻となり、前へと傾き、崩れ落ちていく。
アイアンはその好機を見逃さなかった。捕食者の笑みを浮かべ、彼は無防備な少女に攻撃を仕掛けた。漆黒の金属の杭がヒュッと空を切り、意識を失ったサンダーの体を貫かんと迫る。
だが、その一撃が届くことはなかった。
地の底から響くような**ゴゴゴゴ…**という唸りと共に、宮殿の床そのものが震えた。赤、オレンジ、黄色の奔流が間欠泉のように噴き出し、凄まじい熱を放つ溶岩の波となって彼女とアイアンの攻撃の間に割り込んだ。金属の杭は溶岩に飲み込まれ、**ジュウウウウ!**という鋭い音を立てて瞬時に蒸発した。
アイアンは驚愕の表情でその力の源へと視線を向けたが、すでに手遅れだった。溶岩の奔流は巨大な手の形を成し、彼を飲み込む。**ズシン!**という重く鈍い音が、破壊された床に響き渡った。
ダイアンヤの父、ケンジが駆け寄り、意識を失ったミッカの体が石畳に叩きつけられる寸前でその身を支えた。
「大丈夫か、レグルス!」ケンジは、その力の中心にいる少年に向かって叫んだ。
そこにいたのは、ぜえぜえと息を切らし、疲れ果てたレグルスだった。彼は両手を床につき、その体は努力でブルブルと震えている。彼が触れる場所から、地面に亀裂が走り、オレンジ色の光が放射状に広がっていた。彼が、この地質学的な怒りの震源地だった。
「危ない、叔父貴!」レグルスが叫んだ。
ケンジはミッカを腕に抱いたまま後ろへ跳躍する。その直後、彼がいた場所に金属の槍が地面から突き出した。別の槍がレグルスへと向かう。
少年は横っ飛びにそれを避けたが、槍の穂先が彼の足を深く切り裂いた。しかし、その痛みは彼の怒りの燃料となった。彼は再び床に手を触れ、新たな亀裂が開く。形をなさなかった奔流が、今度は明確な形を取った。赤とオレンジの巨大な手が形成され、アイアンがいたであろう場所へと飛んでいく。
だが、その一撃が当たる前に、アイアンは素早く横へ跳び、それをかわした。すぐさま別の手が彼の側方から現れる。彼は前腕から金属を形成させ、半楕円形の盾で身を守った。しかし、アイアンの顔に恐怖がよぎる。溶岩の手は、盾に触れることさえなく、その放射熱だけで金属をジリジリと溶かしていく。絶望的な状況で、彼は自らの盾を爆発させ、その衝撃波で溶岩の手を破壊した。レグルスは、まだ身をかがめたまま、怒りに吼えた。アイアンがいた場所から、さらに多くの手が地面から突き出してくる。
「少しは頭を使え、小僧!」アイアンは、自らの力で床を砕き、大きな岩の塊を空中へと放り投げた。レグルスが作り出した手は岩を掴み、それは溶けて、そしてすぐに冷えて固まっていく。
空中で、アイアンは足から鉄の杭を形成し、宮殿の壁に突き刺して足場にした。彼はそこから、息も絶え絶えのレグルスを見下ろした。
「貴様を見ていた時の、あの妙な胸騒ぎはこれだったか…」アイアンは、独り言のように呟いた。
「叔父貴、ミッカを連れて行け…こいつは俺がやる…」
「レグルス…」ケンジはミッカを腕に抱き、少年の後ろで、いつでも逃げられるように身構えていた。
アイアンは、高みから笑い出した。「そうか、伝説は真実だったというわけか…」
「…何の話だ?」レグルスは、肺に空気が足りないまま尋ねた。
「失われたドラゴの子…ずっとこの島にいたというわけか?ギャハハハ!」アイアンは狂ったように笑った。「あるいは、こう呼ぶべきか?『マグマ』のドラゴの子、『ボルケーノ』とでも?」
「ボルケーノ?」レグルスは、その奇妙な響きの言葉を繰り返した。
「そうだ!そうとも!ああ、失礼、ここの者たちは原始的だからな、当然か!」彼は少年を嘲笑った。「海の向こうの土地ではな、ドラゴの子はその称号で呼ばれるのだ!」彼は自信満々に言い放った。「例えば、俺はアイアン、そこの腕の中の小娘はサンダー、そして貴様はボルケーノ…カッコいいだろう?」
「正直…どうでもいい」レグルスはそう言うと、不敵な笑みを浮かべた。「でも、そうだな…カッコいい!」
アイアンは背後に何かを感じた。壁から、二つの溶岩の手が出現する。彼は足場にしていた杭から跳びのいた。「甘いぞ、小僧!」杭がレグルスへと向かうが、溶岩の手が彼を守る。アイアンが気づいた時、広間の床全体がレグルスが作り出した溶岩に覆われていた。「おいおい、床が溶岩になったのか?」
「今だ!!!!」レグルスが叫ぶ。ケンジはミッカを腕に抱いて階段へと走ったが、金属の杭が出口を塞いだ。「そう速くはいかん!」アイアンが叫ぶ。レグルスの溶岩の手が彼へと昇っていく。彼は大きな金属の塊を次々と作り出してそれを破壊し、同時に、それらが溶ける前に足場として利用し、空中に留まり続けた。
それは消耗戦となった。だが、鎖は常に最も弱い輪から切れるものだ。
レグルスは、まだ未熟だった。彼の怒りは燃料だったが、それは彼自身をあまりにも早く燃やし尽くした。そして、疲労が彼を襲った。
彼は、吐き気を催すほど大きく息を吐いた。彼が操っていた手は、どんどんと小さくなっていく。一本の杭が彼に向かって投げられた。レグルスはなんとか避けたが、今度は腕に、先ほどよりも深い切り傷を負った。
彼は立っていようとしたが、体は弱りきっていた。彼の溶岩は冷え固まり、アイアンが再び歩ける固い地面を作り出してしまった。
「レグルス!」ケンジが叫んだ。
「俺は、大丈夫だ…ただ…もう少しマグマを『チャージ』しないと…」彼の息は途切れ途切れで、一呼吸ごとに、意識を失わないように必死だった。
「チャージ、だと?」アイアンは嘲笑い、再び杭がレグルスへと向かう。彼は避けなかった。身をかがめ、防御のためにさらなるマグマを創り出そうとした。だが、床に触れた時、彼は毎晩、疲れ果てた時に感じるあの感覚を覚えた。竜の力を呼んでも、もう応える力がない時の、あの空虚感。
手は、現れなかった。
彼は正面を見た。迫り来る金属の穂先。走るか、跳ぶか、彼は考えたが、体は動かなかった。終わりだ。
だが、杭は砕け散った。
いや、彼の目の前でサラサラと塵に変わった。彼が作った固まった溶岩も、まるで最初から存在しなかったかのように消え去り、破壊された広間を元に戻した。
「あら、あら…」アイアンは嘲笑わなかった。笑わなかった。だがその眼差しは、サンダーを見た時と同じものだった。格の違う脅威を認識した目。「貴様…アルカナ使い、か?」
一人の少女が、レグルスの前へと歩み出ていた。彼女の腕が持ち上げられる。白く輝くルーン文字が、その腕全体を覆うように現れた。彼女の長い白髪が、その穏やかで確かな足取りに合わせて揺れている。
「ええ!」ダイアンヤは、自信に満ちた挑戦的な笑みを浮かべて言い放った。「それも、とびっきりのね!」




