第三十九話:王との面談とお転婆王女【後編】
「いまは客人を迎えている。後にせよ」
「そのお客様にお目にかかりたく参上したのです」
ヴァレリウス王が俺とギデオン殿を見た。珍しく本当に困っている様子だった。
「どうも娘のリヴィアが来ているようだ」
「リヴィア殿下がですか。これはまたどのような訳で?」
当惑顔のギデオン殿が答えると、陛下が俺を見て笑った。
「娘はお主に興味があるのだ」
「私にですか?」
「そうだ。大方どこかで今日、お主がここに来ることを知って来たのだろう。困った娘だ……」
そんな陛下の様子に頓着することなく、扉を叩く音が大きくなる。
「陛下、陛下、……お父様! 入れてくださいませ。こちらにライル殿がいらっしゃるのは分かっております! どうしても開けないというなら、私は……」
なおも言い募ろうとする扉の向こうの娘に向かって陛下は、
「分かった! その代わりライル殿に会うだけだぞ。無用な質問はしないと約束せよ」
「はい!分かりました!」
すぐに元気な返事が返ってきた。ヴァレリウス王はため息を一つつくと、
「入れてやれ」と言った。
「すまぬな。我が娘ながらなかなか手強くてな。扉を壊されては敵わぬので、お主たちには悪いがもう少し付き合ってくれ」
そう言い終わると同時に扉が開いた。勢いよく飛び込んできたのは一人の少女だった。柔らかな栗色の髪を揺らし、大きな瞳を好奇心に輝かせている。セレスたちと同じ年頃のように見えたが、彼女からは剣士や魔女の張り詰めた空気ではなく、もっと天真爛漫な、目に映る全てのものに興味を持ち、手を出さずにはいられない性格が伝わってきた。
彼女は、部屋に入ると、ちらっと俺を見て、それからギデオン殿に気づいた。
「まあ、ギデオン様!」
リヴィアは驚いたように声を上げ、慌ててギデオン殿に礼をした。
「これはご無礼を。ギデオン様もいらっしゃったのですね」
「リヴィア殿下。ご機嫌麗しゅう」ギデオン殿が丁寧に一礼する。
「ギデオン様、先日の騎士団での剣術指導、拝見させていただきました。素晴らしかったですわ!」
「恐れ入ります」
リヴィアはにこやかにギデオン殿に挨拶を終えると、まず父であるヴァレリウス王に駆け寄った。王族らしく定まった挨拶をすると、ぱっと口調を変えて屈託なく話し始める。
「お父様、お加減はいかがですか!」
「見ての通りだ。このライル殿のおかげで、ずいぶん良くなった」
「まあ、本当ですのね! 顔色がとても良いですわ!」
彼女、リヴィア王女は、そう言って喜ぶと、次の瞬間、その大きな瞳で、まっすぐに俺を射抜いた。
「あなたが、ライル・アッシュフィールドですわね!?」
「あ、はい」
俺が戸惑いながら頷くと、彼女は俺の目の前まで詰め寄ってきた。
「お噂はかねがね伺っておりました!わたくしの父の命を救い、国の危機を救った、謎の英雄!一体どのような方かと思っておりましたの!」
その距離の近さと、悪意のない純粋な好奇心に、俺はただ後ずさるしかなかった。
「こら、リヴィア。失礼であろう」
王が呆れたような声が飛ぶ。
「ですが、お父様!」
リヴィア王女は、少しも臆することなく振り返った。
「この方が、あの兄上が、わざわざご自分からお茶会に招待なさった、ライル殿ですのよ? わたくしでさえ、もう二年もお会いしていないのに。興味を持つなという方が無理ですわ!」
彼女は、再び俺に向き直ると、興奮した様子で矢継ぎ早に尋ねてきた。
「本当に、どうして一人で処刑人たちを倒せたのですか? なぜ父上に触れただけでお元気に? どうしてお兄様はあなたに会いたがっているのですか? ねえ、あなたのその力は、一体――」
「リヴィア」
王の、今度は少しだけ威厳のこもった声が、彼女の言葉を遮った。
「……はい」
リヴィア王女は、不満そうに唇を尖らせたが、しぶしぶといった様子で一歩下がった。だが、その瞳は依然として俺を見つめていた。まるで、俺という存在が解けない謎であるかのように。
「リヴィア」王が静かに言った。「お前は、なぜそれほどまでにライル殿に興味を持つ?」
「だって!」リヴィアは即座に答えた。「父上の病を治すなど、普通の人にできることではありませんわ。それに、兄上が誰かをお茶会に招くなど、聞いたことがありません。一体どのような方なのか、この目で確かめたかったのです」
「確かめて、どうする?」
リヴィアは少し言葉に詰まった。そして、俺を見て、今度は少し恥ずかしそうに言った。
「私、兄上にずっと会えていないんです。どんな様子なのか、元気にしているのか、何も教えてもらえなくて。でも、兄上がライル殿をお茶会に招くということは、きっと何か特別な理由があるのでしょう?」
その言葉には、純粋な願いが込められていた。義兄に会えない寂しさと、それでも義兄のことを知りたいという切実な思いが、その声に滲んでいた。
「リヴィア」王が静かに、だが厳しく言った。「その話は、今はするな。お前は約束したはずだ。無用な質問はしないと」
「……はい」
リヴィアは、明らかに不満そうだったが、それ以上は言わなかった。その表情には、諦めと、そして少しの寂しさが浮かんでいた。俺はその様子を見ながら、何か言葉をかけるべきか迷った。だが、王の視線がそれを制していた。
王は俺に向き直ると、申し訳なさそうに言った。
「すまんな、ライル。娘が、無礼を働いた。……ライルたちは、もう下がってよい。アレクシウスの件、くれぐれも頼んだぞ」
「はっ」
ギデオン殿が、深く頭を下げる。俺も、それに倣った。
「ええー! もう帰ってしまうのですか!?」
リヴィア王女が不満そうな声を上げた。俺とギデオン殿は退出しようと席を立ったが、リヴィアは諦めきれないように、もう一度俺に向かって言った。
「ライル殿、お待ちください! せめて一つだけ、質問ではなく、お願いをしてもよろしいでしょうか?」
「リヴィア」王が警告するような声を出す。
「いえ、お父様、質問ではありません」リヴィアは慌てて言った。そして、俺を見て、真剣な表情で言った。
「ライル殿。私、兄上のことが……ずっと心配なんです。もう何年も会えていなくて、手紙も届かなくて。でも、ライル殿は兄上とお会いになるのでしょう? だから、もし……もしお会いになった時、兄上が元気にしているか、それだけでも、いつか教えていただけませんか?」
その言葉には、嘘がなかった。彼女は本当に、義兄のことを心配しているのだ。俺は少し考えてから、頷いた。
「分かりました」
リヴィアは、ほっとしたように微笑んだ。
「ありがとうございます。それから……」彼女は少し照れたように言った。
「また、お話しできたら嬉しいです。今度は、もっとゆっくりと」
「リヴィア、それ以上は――」
「はい、はい、分かっておりますわ、お父様!」リヴィアは手を振って、父の言葉を遮った。
「それでは」というギデオン殿の言葉とともに俺たちは立ち上がった。
その時、一緒に立ち上がったヴァレリウス王が少し顔を寄せると、俺にだけ聞こえるように小さな声で俺に言った。
「ライル。行ってまいれ。あやつは少し変わっておるが、悪い人間ではない。だが、あまり心を許しすぎるなよ」
俺は黙って頷くと教えてもらった通り立礼をして、ギデオン殿と部屋を出た。後ろの方で、
「じゃあ、わたくしも一緒に!」
と言うリヴィアに向かい、
「リヴィア! お前は少しここに残れ!」
「え〜、お父様……」
という声が聞こえてきた。
廊下を歩きながら、ギデオン殿が小さく笑った。
「リヴィア殿下は、相変わらず元気ですな」
「ご存じなのですか?」
「ええ。わしは以前、騎士団の師範をやっていましたからな。幼い頃から、よく見ておりました。あの好奇心の強さは、小さい頃から変わりませんよ」
「そうなんですか」
「ただ……」ギデオン殿は少し表情を曇らせた。
「あの子は、アレクシウス殿下のことを、本当に慕っておられる。会えないことを、ずっと寂しく思っているのでしょう」
俺は、先ほどのリヴィアの表情を思い出した。あの寂しさは、本物だった。
(第三十九話 了)
お読みいただき、ありがとうございました。
「面白い」「続きが読みたい」と少しでも思っていただけましたら、ブックマークや、ページ下の【★★★★★】から評価をいただけますと、大変励みになります。
次回は明日の11時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




