第三十九話:王との面談とお転婆王女【前編】
それから、さらに二日が過ぎた。
ようやく王への謁見が許された俺はギデオン殿に連れられ、ヴァレリウス王の私室へと通された。謁見の間のような公式な場ではないことから、内々の話し合いであることが分かった。側仕えや護衛の兵が、俺たちと三人になることに最後まで抵抗していたが、「この国の恩人二人と会うのに、護衛をつける必要があるか!」と一喝してこれを退出させた。
ヴァレリウス王は、顔色もずいぶん良くなり、立ち居振る舞いもしっかりしていた。ただ、事件の処理や後始末などが沢山あるようで、いくぶん疲れ気味に見えた。
扉が閉められると、部屋には王と俺、そしてギデオン殿の三人だけが残された。 部屋は玉座の間のようのような儀式的な装飾はされておらず、温かみのある空間だった。 壁には重厚な深紅のタペストリーと、磨き上げられたオーク材の壁板で覆われている。床には分厚い絨毯が敷き詰められ、俺たちの足音を柔らかく吸い込んでいた。 部屋の奥には、陛下が政務を執るのだろう、書類が山積みになった巨大なマホガニーの机があったが、俺たちが通されたのは、その手前、火が入れられた暖炉の前に置かれた、上質な革張りのアームチェアが数脚並んだ応接セットだった。
「立ったままでよい。そこへ」
陛下は、俺たちが跪こうとうとするのを手で制すると椅子に向かい、自ら暖炉を背にした椅子に座った。その仕草には、闘技場で見せた威厳よりも、一人の人間としての疲労が滲んでいる。俺は椅子に座りながら暖炉を見た。(もう火を入れているのか)と思った視線に気がついたのだろう、ヴァレウス王は小さく苦笑すると、「まだ本調子ではなくてな」と言うとそのまま口を閉じた。
暫くすると側仕えがノックをして入ってくると、お茶の用意をして出ていった。それを見送ってからヴァレリウス王が口を開いた。
「……さて。ライル、王太子からの招待状の件だな」
「はい。わたしはこうしたことに慣れていませんので、後見人のギデオン殿に相談したところ、陛下にご相談した方が良いとのことで」
「ふん、まあそうか。……ギデオン、だいたいの経緯はもう話したのか?」
「はい。大凡のところは……」
ギデオンが少し言い淀みつつ答える。
「では、アレクシウスが余の本当の子ではなく、本来であれば従兄弟である、その辺りの事情は分かっているのだな」
俺は黙って頷く。
ヴァレリウス王は少しお茶の入ったカップを取ると、一口飲み、そのまま手に持ったカップを見つめていた。その様子から、この数日これから話すことを考え続けていたことが伝わってきた。やがてカップを置くと、何事か決意したように口を開いた。
「ライル殿、あやつの招待を受けて欲しい。その上で、お前の目から見たあの者の感想を聞かせて欲しい」
「お、わたしの感想ですか?」
思わず「俺」と言いそうになったのに気がついたのだろう、ヴァレリウス王が微かに笑った。
「そうだ」
「しかし、なぜでしょうか?」
「……会えば分かる」
「……」
「ギデオンは会ったことはなかったな?」
「はい、残念ながら機会を得ること叶わず」
「無理もない。あれはほとんど外に出ないからな」
「なぜ、でしょうか?」
俺の質問にヴァレリウス王はなにか答えかけたが口を閉じ、俺を見た。
「それを含めて会ってきて欲しいのだ」
「分かりました」
そう答えた俺に、ヴァレリウス王とギデオン殿がちょっと驚いたような顔で俺を見た。
「よいのか?」
今日の対面はアレクシウス王太子からのお茶会の招待に応じて良いものかを確認するものだったので、その目的はこれまでの会話で果たしたと言っていい。もちろん、ヴァレリウス王の態度に不思議なものを感じてはいたが、要するに、俺に皇太子と会って欲しいことは分かった。俺にとってはそれで十分だった。
俺は「もちろんです」と答えた。
「それよりも、陛下、お疲れのように見えます。よろしければ少しお体に触らせていただいてもよろしいですか?」
俺の申し出が予想外だったのか、ヴァレリウス王は少し驚いた表情を浮かべたが、笑って頷いた。俺は椅子から立ち、陛下の後ろに回ると両手で軽く頭を挟んだ。やがて目を自然に瞑った陛下の呼吸が深くなる。
「……不思議だ。魔法とも違うが、なぜか心と体の澱が消えてゆくような心持ちがする。ライル、これは一体何なのだ?」
「私にもよく分かりません。ただ山の師匠から教わったことをやっているだけで」
「前にも言った、『壊れたものは、流れが滞っているか、弱っているだけ』というものか。余にはよく分からんが。ギデオン、お主はどうだ?」
「正直に申し上げて、私にも分かりません。何度かライル殿に聞いてみたり、施してもらったりはしているのですが、なんとも不思議なものというのが分かるだけで。一度、セレスを相手に真似事をしたみたことがあるのですが『お父様は強すぎます!』と怒られる始末で……」
苦笑交じりに顔を伏せる。
「力は必要ありません。無用な力は相手の声を聞くのに邪魔になります。かといって腑抜けてもいけません。自分を水のようにして、自分のしたいことではなく、相手が望んでいることを聞くのです
「それは戦いでも同じだと言っていましたな?」
「そうです。どちらも相手が何を求めているかを聞くことが大事です。そこに違いはありません。現れ方が違うだけで」
「……改めて、お主の師匠に会ってみたくなるな」
「そういえば」とギデオンが口を開く。
「ライル殿の師匠の探索はどんな様子でしょうか?」
「……あの場では『総力を上げて』と言ってはみたものの、まだいろいろと片付けなければならぬことが多くてな……。今のところは全く手がかりがない」
「そうですか……」
そう残念そうに呟いたのは、俺ではなくギデオン殿だった。俺はそもそも特に期待はしていなかった。師匠が『山から下りろ』と言った以上、それで十分だった。もし、会う必要があれば、いずれ会うだけのことだった。
「いま少し時間をくれ」
ヴァレリウス王はそう言った。もちろん俺に否はない。『探す必要もありません』と言っても良かったのだが、それは失礼に当たるとギデオン殿やセレスに言われていたので口には出さなかった。
やがて俺は「今日はこんなところでしょうか」と告げると、両手を陛下の頭から離し、元の席に戻った。椅子に座る前に振り返って正面から陛下の顔を見直すと、部屋に入った時から比べると顔色が良くなり、少し濁っていた目が澄んで力強い輝きを取り戻していた。
「うむ、楽になった。礼を言うぞ」
「お元気になられてなによりです」
そう答えて席に着いた。その時、ドアを叩く音が聞こえた。陛下が怪訝な顔で誰何する。
「誰だ!?」
「はっ、リヴィア王女がいらっしゃっています!」
扉の外にいる護衛が返事をする。
「リヴィアだと?……呼んではいないのだが、なんの用だ?」
その時、外から元気な女の子の声が聞こえた。
「陛下!リヴィアがお話があって参りました」
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次回は本日の23時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。お読みいただき、ありがとうございました。
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