第三十七話:幕間二『魔女の退屈と盤上の駒』【前編】
王立魔法学校の講義室は、退屈に満ちていた。
ルナリア・アークライトは、教授の長々しい古代魔術史の講義を、頬杖をつきながら聞き流している。
(……この術式、構成が非効率すぎるでしょ。わたくしなら、三分の二の魔力と半分の術式で1.5倍の効果を出せるのに)
クーデター事件の後、彼女の日常は「国王を救った一家」として騒がしくなったが、本質的には何も変わっていなかった。成績は抜群だが、その素行態度の悪さから一部の教授陣から「除籍もやむなし」という声もあったのだが、その才能を惜しむ意見に加えて、クーデターにおける活躍により、王家から「特別の温情をもっての処置を期待する」という嘆願(?)もあり、不問となっていた。
そのため彼女に対して教授たちの態度は、腫れ物に触るように扱うか、その鼻っ柱を叩き折るべく、必要以上に厳しい態度で臨むかの大きく二つに分かれていた。
「――では、ルナリア・アークライト君。この古代結界の解術式について、ガルリア・ゲッヘルハルトの見解と君の意見を聞かせてもらおうか」
窓の外に浮かぶ雲を眺めていたルナに教授からの、意地悪な質問が飛んだ。この授業の教授は厳しい態度派だった。 ルナは、あくびを一つすると、面倒くさそうに立ち上がった。
「はい、お答えします。まず、原著の発音に従うならグェルリア・ゲッツェルヘルト、です。彼の解術理論の基礎は、自然物に宿る固有魔力を五星の法則に従って組み合わせ、結界を構成する魔力と対消滅させるというものです。特に複数の組成を持つ物質から純粋な要素を抽出し、その『対極』となる力をぶつけることで、より効率的に結界を無力化できる、と彼は考えました」
ルナはそこで一旦言葉を切ると、右手で軽く髪をかきあげる。銀色の髪が窓からの光に輝く。
「この考え方自体は、現代魔法学の一部にも応用されています。ですが、グェルリアは師であるアーレス・クゥワンティウスのレリン主義哲学に傾倒していたため、いささか観念的すぎます。この古代結界のような複雑な多重術式に対して、彼の理論は実践において破綻します。特に、根本的な構造において三つの欠陥が見られます。第一に……」
彼女が淀みなく、楽しそうに欠陥を指摘し始めると、教授の顔はみるみるうちに青ざめていった。
講義が終わると、彼女は足早に寮の自室へと戻った。
窓を開けると、待っていたかのように、一羽の薄く黄色に光る鳥が飛び込んできた。鳥は3回部屋の中を回ると、差し出されたルナの右手に止まる。彼女が左手で軽く包むと、小鳥はふわっと光の粒子となって消え、その情報をルナの頭の中へと直接伝えた。
「……ふぅん」
ルナは、楽しそうに金の瞳を細めた。
一つ目の報せは、没落したベルンシュタイン家を継いだユリウスの動向だった。彼は王都を離れ領地に帰ると、財産を次々と売却し、その金で家中の安定に奔走しているらしい。また、これまで粗略に扱われていた実母を別荘から呼び寄せ、一緒に暮らし始めているようだ。
「流石にいまは大人しくお家の再興を考えているのね。可愛いじゃない」
ルナはそう呟いた。
二つ目の報せはライルの師匠に関するもので、ドロイ山の周辺で聞き込みをさせていた使い魔からの報告だったが、やはり、それらしき人物の目撃情報も痕跡も一切なかった。
「……まあ、そう簡単に見つかるわけないわよね。あの『怪物』を育てた師匠ですもの」
彼女は取り立てて気にする様子はなく、気分を変えるように机の上に広げられた、複雑な術式と図形が書かれている大判の紙と、その上に置かれた水晶玉に目を落とした。水晶玉の台座には色々な種類の魔石が埋め込まれている。
ルナはその一つを手に取ると、部屋の奥にあるベッドに移動して腰を掛け、青い魔石に触れた。すると持っていた水晶の色が変わると同時に、テーブルの上に置かれた水晶の色も変わった。やがてルナの持っている水晶には部屋の様子が映り、テーブルの上に置かれた水晶には、ルナの顔が浮かんだ。
それは、彼女が新しく開発している、遠距離通信用の魔道具だった。
これは先日の騒動の際に、ルナがギデオンやセレスに渡した通信機とは違い声だけではなく、互いの姿を水晶玉の中に映し出し会話できる画期的な魔道具だった。完成すれば、今後の領主間、王国間での情報戦で大きな武器となるだろう。
「ここまではいいんだけどなぁ」
とルナが水晶を睨む。
問題はまだやり取りできる距離が短く、最大で500スワック程度しかなく、邸内や城内のやりとりであれば使えるが、それ以上の使い方については限られていることだ。また、まだ微調整が必要で、時折音声が大きくなったり、小さくなったり、映像が乱れたりと安定していないのだ。
実際、ルナが睨む側から時折映像が乱れていた。
「やっぱり、魔石の質が悪いのかなぁ? それとも術式にまだ無駄があるのかなぁ?」
ぐーっと水晶に顔を近づけると、テーブルに置いた水晶の中のルナの顔が大きくなる。
「まあ、なんでも簡単にできちゃうと面白くないからね」
そう呟くとルナは、青い魔石に触れた。両方の水晶が映していた像がスーッと中心部に吸い込まれるように小さくなり、元の普通の水晶に戻った。
(もうちょっと安定したら、お姉様にも協力してもらおうかな)
と考える。
(あの二人に一つずつ渡したら、あの朴念仁にも渡せば、ちょっとは進展するかしら?)
そう思うと、今頃、真面目な顔でライルに稽古(あの突っ立っているのをそう呼ぶのであれば)つけてもらっているセレスの姿を浮かべ、くすりと笑った。
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次回は本日の23時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




