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【連載開始3ヶ月でPV10万達成!&第三部開始!】病弱だった俺が謎の師匠に拾われたら、いつの間にか最強になっていたらしい(略称:病俺)  作者: 佐藤 峰樹 (さとう みねぎ)
第一部【王都クーデター編】

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第三十六話:幕間一『逃亡者と二本の矢』【後編】

 黒い矢羽。


 それはかつて存在した「王の影」が、暗殺に際して使う矢羽だった。

 マルディーニの全身から血の気が引いた。なぜ騎士団であるあの女がこの矢羽を使ったのかは分からないが、「いつでもお前の命を取れる」というメッセージは明確に伝わった。同時に、彼を生かして捕まえる気がないことも分かった。


 マルディーニはすぐに厩舎の自分の馬に荷物を括り付けると、嵐の中を駆け出した。(ここにはいられない!)という恐怖が彼を支配していた。嵐はさらに酷くなり、夜にも関わらず目の前が真っ白になった。すぐ前にあった木に雷が落ちたのだ。光と凄まじい音に馬が(いなな)き立ち上がる。堪らず泥の中に転げ落ちる。馬がどこかへ走り去るのが分かったが、今の彼にはそれを追うだけの気力は残っていなかった。ただ泥のなかで激しい雨に打たれていた。時折稲光に照らされる彼を見ても、誰も人だとは思わなかっただろう。彼自身、自分のどこまでが体で、どこからが泥なのか分からなくなっていた。


 翌朝、目を覚ますと、泥まみれの体をノロノロと起こし周囲を確認した。すると幸いなことに馬に括り付けた荷物が直ぐ側に落ちていた。

 マルディーニはそれを肩に担ぐと東へと歩き始めた。


 そして、三日後。

 ぼろぼろになりながらも、マルディーニはついにアウレリア王国の東の国境を越えた。丘陵地帯を越えた先にある、隣国タイドリアとの緩衝地帯。(ここまで来れば、もう追手は来ない)そう思った。


 不思議なことにあの嵐の夜を最後にイザベルの気配は消えていた。(まさかあの嵐の夜に、俺が行動を起こすとは思わなかったのかもしれない。あるいは逃げた馬を追ったのだろう)そう思うと、心にずっと乗っていた巨大な岩を下ろしたような気分になった。

 丘の上に立った彼は振り返ると、眼下に広がる祖国の森を見下ろし、歪んだ笑みを浮かべた。


(……終わりではない。ここからだ)

 再び振り返り、これから進む新天地に顔を向ける。

(この先に、俺の新しい未来があるのだ)

 心のなかでそう嘯いた彼は、肩に背負った荷物から、筒のようなものを取り出すと、片側を空に向けて反対側にある紐を引いた。筒の先から、ポン!と打ち出された赤い光が、


 シュルルル……


 という音とともに空へと打ち上がり、「パン」という音とともに四方に赤い煙を引きながら散る。

 風がない空に小さな赤い花が咲いたように見えた。

 ほどなく、彼の視線の先に青い光が空へと打ち上がり、四方に青い煙を広げた。

 喜び勇んで丘を下り、青い煙が上がった方へ急ぐ。


(流石のあの女もここまでは追ってこられなかったのだ!)

 勝利の歓喜が込み上がり、走る彼の顔に笑みが浮かぶ。

 暫く走り、煙が打ち上がったと思われる辺りの場所に着いた。しかし、人影は見えない。

 慌てて周囲を見渡す。これといった目印がない場所だったが、方向自体は合っているはずだった。


(もう少し先の方か)

 そう思ったマルディーニはさらに進む。すると前方に人影が見えた。年配の男のようだが、アウレリアの民とは明らかに違う服装だった。茶色のずんぐりとした筒袖の上衣に継ぎ当てだらけの短いベストのようなものを羽織っている。腰のベルトは縄を巻いただけのようなもので、薄汚い袋を下げている。下は黄土色の太いズボンで、泥がつかないように裾を紐で縛り上げ、頭には、日差しを避けるためか、汚れた布を無造作に巻いているだけだ。

 アウレリアの民が着る、体に沿った裁断のチュニックや、鮮やかな色の染め物とは、まるで違うその姿をマルディーニは、鼻で笑った。

(こんな連中が、アウレリアに取って代わろうというのか……)

 それでも彼は自分を待つ男が現れたことに安堵していた。


 膝くらいの高さの草原で二人は相まみえた。マルディーニは改めて目の前にいる男を見た。歳は五十くらいだろう。小柄だががっしりした体格で、着ている服から農作業に従事しているように見える。しかし、頭に巻いた汚れた布の下にある目には力があり、明らかにただの農民ではなかった。その迫力に気圧されたマルディーニが先に口を開いた。


「……お主が、タイドリアの者か?」

「左様です。そちらはアウレリウス王家の騎士団団長のマルディーニ殿で間違いありませんか?」

 マルディーニは男の口から自分の肩書を聞けたことで、改めて自分には、他者を支配する力が備わっていることを思い出していた。

「いかにも」

 と答えた彼の口調には、かつて団長として権勢を誇っていた時の響があった。


 男は軽く頷くと、懐から親指ほどの大きさの白い水晶を取り出しマルディーニを見た。

 その視線に慌てて肩の荷物を下ろして中を探る。彼は探しながらも自分の行動が、相手に急かされたように思えて、不愉快だった。(今後のためにもどちらが上の立場か教えてやらねばならぬ)そう考えたところで、袋の中で指先が目当てのものを捕らえた。


 心持ちゆっくり、もったいをつけて立ち上がると、手の中にある小さな袋を男に見せる。今度は先に男に口を開かせるつもりだった。しかし、男はちらっと彼の手の上にある袋を見ると、黙って彼の顔を見るだけで、口を開かない。無言の時が過ぎる。先に折れたのはマルディーニだった。


「中に入っておる」

 そう言いながら袋から男が取り出したのと同じくらいの黒水晶を取り出して見せた。


「この中に約束通り、俺が知っている騎士団やアウレリウス王家の六王家やそれに従う貴族の情報など、お前たちの欲しがっている情報が、言われた通り入れてある。疑うならいまここで確認しろ」

 男は無言で頷くと、マルディーニにから黒水晶を受け取り、自分の持っていた白水晶と手のひらに並べて握り込み、目を閉じた。


「むっ……」

 という小さな言葉が男の口から漏れた。それを聞いたマルディーニは、

「面白いものだな、二つ合わせると俺が話した言葉が聞き取れるのか? そんなものアウレリアでは見たことがない。それでどうだ、分かったか?俺の言葉に嘘がないのを。分かったらさっさと俺をタイドリアまで連れていってくれ」

 男はそれに答えず、暫く聞き続けている。その間もマルディーニは色々話しているが、相手が水晶から聞こえてくる声に集中している様子にマルディーニも口を閉じた。

 やがて男は目を開けると、無言で手を乗っていた白と黒の水晶を、懐から出した布で包み始めた。

 その態度にマルディーニは腹を立てながらもまた話し始める。喋らないことが不安なのだ。


「なあ、どうなんだ? 中身が確認できたのなら約束通り俺を早くここから連れて行ってくれ。言葉は分かるんだろう?」

 次第に彼は腹が立ってきた。ここまで苦労して辿り着いた自分、それも王立騎士団の団長に対する礼を欠いた扱いだと、強い怒りが爆発するのを感じていた。

「貴様、何だその態度は!? 俺は苦労して貴重な情報を持ってここまでやってきたのだぞ! それをなんだ、先程からの貴様の態度は! 俺はお前の国に招かれてやってきた客人だぞ。これが客人に対する礼か! タイドリアに人はいないのか!? 貴様、上官の名前を言ってみろ。後で報告してやる!さあ、言え!」

 怒り狂うマルディーニの声が聞こえないように、男はゆっくりと丁寧に水晶を布で包むと懐にしまった。そして、再びマルディーニを見ると口を開いた。


「私の上官と言いましたか?」

「ああ、そうだ!お前の上官の名前だ、なんという!?」

 男は真っ直ぐマルディーニの目を見ると、

「私の上官は……ヴァレリウス王だ」

 ぎょっとしたマルディーニは、次の瞬間右肩に強烈な激痛を感じた。背後から射掛けられたのだ。


 肩を抑えつつ振り返ると、50スワック(メートル)ほど離れたところに弓を構えたイザベルがいた。

 驚くマルディーニにイザベルが歩きながら射掛けた矢が左肩を貫いた。悲鳴を上げる間もなく、ビシリ、ビシリと、左右の太ももを立て続けに射られ膝立ちとなる。そのまま倒れずにいるのは、背後の男がマルディーニの首根っこを掴んで支えているからだ。


 痛みと驚きのあまり声も出せないマルディーニに、弓を下ろしたイザベルが近づいてくる。

「父上、首尾は」

「ここにある」

 男はそう言うと水晶を包んだ袋を入れた懐を片手で軽く叩く。

「タイドリアの手の者は?」

「眠ってもらった」

 痛みの中にも、背後の男の声が、聞き覚えのある声に変わったの気がついたマルディーニが、首を後ろに捻る。

「お前は……、フォルカー!? 騎士団のイザベルと王の影のフォルカー……、お前らが親子だというのか!?」

 フォルカーはそれには答えず、イザベルに声を掛ける。

「そちらはどうだ?」

「途中、この男が道を外れそうになったので少し遅れましたが、概ね事前に予定通りです」

「そうか。小道具は効いたか?」

 にやりと笑ったフォルカーの問いに、イザベルは黙って頷いた。

 驚きと痛みに口がきけなかったマルディーニが、頭上で交わされる会話に口を挟む。

「なぜだ? これはどういうことだ?」

 フォルカーが後ろから首根っこを掴んだまま顔を見ずに答える。


「お前がこの騒ぎが始まる頃からタイドリアと接触していることは分かっていた。ただ思ったよりお前の逃げ足が早いのと、この記憶をやり取りする水晶というのは初めてで、少し往生した。だがまあ、そこは蛇の道は蛇でな、お前が頼りにしていた者から逆に辿ればすぐに分かった。今回は他にも手があったしな。後はお前を間違わずにタイドリアに向かわせれば良いだけだった」


(最初から分かっていたのだ)

 二人の会話から、彼が嵐の晩に部屋で黒い矢を見つけたところから、二人の術中に嵌っていたことを悟り、マルディーニの体から力が抜けた。


 フォルカーは懐から水晶を包んだ布を取り出しイザベルへ軽く放る。

「持っていけ」

 受け取ったイザベルが少し驚いた様子で布を開いて中を確認する。

「よろしいのですか?」

「構わん。俺も歳だ、お前も偉くなったようだし、少しは仕事を分けなければな」

 それがいま国内で起きている新しい変化に対する皮肉なのか、本音なのかはイザベルには分からなかった。


「それにしても、こんなものは初めて見ます」

「俺もだ。最初は半信半疑だったが、俺達が使う魔道具とはまた別のもののようだが、確かにこの白黒の二つ合がわせると頭にこの男の声が聞こえる。声は不愉快だが、情報は本物のようだ。せいぜい有効活用させてもらおう」

 イザベルは軽く頷くと、二つの水晶を見たまま、

「……こういう物に詳しい心当たりがあります」

 と言った。頭の中に誰かの顔が思い浮かんだようだ。

「ふむ、信用できるのか?」

「……はい」

 フォルカーはじっとイザベラを見ると、

「お前に任せよう。だが一度お前自身で中身を全部確認してから判断しろ」

 と言った。

「分かりました。……父上は聞かなくてよろしいのですか?」

「大事なことは聞いた。これ以上こいつの不愉快な声は聞きたくない。お前が聞いて必要と思うところを後で教えてくれ」

 そういうとフォルカーは、ちらっとマルディーニを見た。

「まあ、俺とお前のことも知らなかったのだ。こいつは自分の出世に関わること以外は、それほど大したことは知らんのだろう。そう考えるとタイドリアもいい面の皮だな」

 イザベラはやや苦笑しつつ頷くと、水晶を包んだ布を懐にしまい、真剣な目でフォルカーの顔を見直した。

「……あのことは?」

 フォルカーが軽く首を振った。

「どちらも知っておらん」

 それを聞いてイザベラが頷く。

「では、私は帰ります」

「俺はもう一仕事してから帰る。ついでだからちょっとタイドリアにも足を伸ばしてみようかと思う」

「あまり無理はされませんように。……ところで、その男の始末は?」

 イザベルのマルディーニを見る蒼い瞳が細くなる。そこには騎士団の名誉を汚されたことに対する、蒼昏い怒りの炎があった。しかし、当のマルディーニは既にそれに怯える気力すら失ったようで、呆けたように地面を見ている。


「俺の方でやっておこう」

「……」

 暫く黙ってマルディーニを見ていたイザベルだったが、やがてその視線をフォルカーに移す。

「分かりました。お任せします」

 そう言うと、クルリと背を向け歩き出した。その後ろ姿をフォルカーと、いまは地面を這う虫を見ているマルディーニが見送る。


 やがてイザベルの背中が完全に見えなくなった。

「まあ、何事もできるうちは娘に頼らず、自分でやらないとな」

 フォルカーが誰に聞かせる風でもなくそう呟くと、腰に挟んでいた愛用の短刀の鞘を払い、さっとマルディーニの喉笛を横に払った。

 掴んでいた首を離すと、マルディーニがどさりと前に倒れた。


 フォルカーはイザベルが姿を消した方向に再び目をやる。

「次の父と娘の再会は、もう少し違って欲しいものだ」

 そう言うとフォルカーは、もう口を開くことなく、黙ってマルディーニの左耳を削ぎ、右手の小指を切ると、腰の袋から小瓶を二つ取り出し、それぞれ中に入れた。

 そして振り返ることなく娘が姿を消した方向とは反対に向かって歩き始めた。大地に風が吹き始めていた。


(第三十六話 幕間一 了)

お読みいただき、ありがとうございました。

「面白い」「続きが読みたい」と少しでも思っていただけましたら、ブックマークや、ページ下の【★★★★★】から評価をいただけますと、大変励みになります。


次回は明日の11時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。

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