第三十一話:混乱、混乱、また混乱【前編】
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「お父様、お姉様!ライル様は闘技場から壁を越えて、玉座に向かっています!」
逃げ惑う貴族と、どこからともなく現れた傭兵たちとの乱戦の中で、ルナからの知らせを聞いたワシは耳を疑った。
一体どうやって闘技場から観覧席へ登ったというのだ!? 少なくとも4スワック(4メートル)はあるはずだ。人が登れる高さではない。そんな疑問を吹き飛ばすようにルナからの報告が続く。
「ゲルハルトが自分の私兵とともに王座に向かってます。今はランカスター家の近衛兵が抵抗していますが、人数が少なくそれほど持ちそうにはありません。お二人とも急いでください!」
その報を受け、アークライト家にあてがわられた席にいたワシとセレスは、同時に動いた。
「セレス!行くぞ!」
「はい、お父様!」
ワシら玉座に殺到するゲルハルトの私兵たちと、それを止めようとするランカスター家の兵士たちの間に割って入った。打ち合ってみると(どいつもこいつも訓練が足りておらんのか!?)という者ばかりで、(まだまだ若いものには負けん)と思った。横で戦うセレスも負けずに長剣を振り回し、崩れつつあったランカスター家を支えている。
しかし、こう敵と味方が入り乱れる乱戦というのはなんともやり難い。常に正面以外にも気を配らなければならず、相手が敵か味方か把握し、時には間違って打ちかかってくる味方をいなす必要もある。それだけではない、互いに連携し、背中を護り合いながらの戦闘というのは、訓練場ではなかなか養えない部分だ。
考えてみれば知らず知らずのうちに、こうした実戦的な多対多を想定した稽古が廃れる一方で、一対一の決闘を想定した技術に重きが置かれてきたことに気がつく。
(訓練の方向を見直さなければならんな……)
右から突き込んで来た剣を払いながらワシはそう思った。
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(次から次へとキリがない!)
そう思いながら正面の敵に突きを入れた私の耳に聞こえてきたのは、ロッテ様の声だった。
「いや!ライル様のところに行くのです!」
声の聞こえた方向を見ると、15スワックほど離れたところにある貴賓席にロッテ様の姿があった。どうやらランカスター家の近衛兵の一人が、ロッテ様を避難させようとしているのだが、彼女はそれに抵抗しているようだった。
その姿を目の端に捉えながら、左から斬り掛かってきた相手をいなして足払いで倒した私は、
「ロッテ様!」
と声を掛けた。しかしこの混乱のなか彼女の耳には届かないようだった。そのうちに、ぱっと近衛兵の手を振り切ったロッテ様が走り出す。この状況では小さな子が一人で行動するのは、あまりにも無謀な行為だ。
「ロッテ様、危ない!」
そう叫んだ私の声に全てを察したのだろう、すぐ横で戦っていたお父様が、
「行け! ここは支える」
と言うと、私に向かって来た男に蹴りを入れて距離を作ってくれた。私はお父様に頷くと、乱戦の中をロッテ様のもとへと急いだ。しかし周囲は逃げる者、戦う者が混在した酷い有様で、たった15スワックが150スワックにも感じられる。
(間に合うのか!?)
焦る私の頭に浮かんだのは、以前ライル様がロッテ様を助ける時に見せた、敵中を滑らかに歩く姿だった。私は一度深呼吸すると、あの時のライル様の動きをイメージした。
(無駄な動きをせず、意識を止めず動く)
そう心に念じてから、人混みの中に見え隠れするロッテ様を追った。
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みんな酷い慌てようだ。普段は頭に被る帽子が少し歪んでいるだけで大騒ぎする女の人が、今は顔を真っ赤にして手足をバタバタさせながら走り回っている。女の人ばかりじゃない男の人もだ。エスコートすべき女の人を押しのけて我先へと走っている。私はそんな大人たちに揉みくちゃにされながら、ライル様の元へと急いでいた。
「ライル様!ライル様!」
走りながらライル様の名前を呼ぶのはとても疲れるけれど、やめることはできなかった。少しでも呼ぶのをやめてしまったら、永遠にライル様と会えないような気がしたからだ。
何度も大きな大人にぶつかり、(もう駄目だ!)と思っても、その度に頑張れたのは、ライル様に会いたいと思ったからだった。その時、左から太った男の人にドンと物凄い勢いでぶつけられ、私はよろめいた。もう疲れ果てていた私は(今度こそ駄目だ、ライル様に会うことはできないんだ……)と思った瞬間、突然人がいない空間に出ていた。
そこは今までの人混みが嘘のようにぽっかりと開いた場所で、私はなんとか倒れずに済んだ。(ライル様のお導きかもしれない)そう思って、それまで転ばないようにずっと下ばかり見ていた顔を上げた。すると目の前に大きな剣を持った大きな男の人が私を見下ろしていた。その目はとても大きく開かれているのに、黒目はとても小さくて小刻みに揺れていた。
「邪魔だ、小娘!」
その男の人はそう言うと、私に向かって剣を振り上げた。心臓がきゅーっとして、冬の冷たいお水を頭から浴びせられたような気がした。(ライル様、ごめんなさい)そう思って目を瞑った瞬間、キィンという音がした。目を開けるとそこには一緒にお風呂に入ってくれたセレス様がいた。
「この方は、あなたごときが触れて良い方では、ありません」
セレス様はそう言うと、そのおかしな目の男の人を追い払ってくれました。嬉しくなった私が、
「セレス様!」
と言うと、セレス様は優しく笑って、
「無事ですか? ロッテ様」
と言ってくれた。私は凄く嬉しかったけど、やっぱりライル様のことが気になったので、
「はい。でも、ライル様が……」
と言ってライル様の姿を探しました。すると陛下の方に向かって階段を登るライル様に向かって、横から男が突進するのが見えたのです!
***
「……ぶっ殺してやる……!」
俺は目の前をうろちょろする奴らを、殴り、蹴り、時には鞘ごと剣で薙ぎ払いながら真っ直ぐ山猿に向かって進んでいた。
なにやら兄貴が騒いでいるようだが、そんなことはどうでもいいことだった。
目の前に俺のプライドをずたずたに引き裂いた憎むべき男がいるのだ。もともと俺は分かっていた。俺は不必要な人間だと。ベルンシュタイン家の三男であるにも関わらず、愛妾から生まれたことで、本妻から生まれた兄二人からは嫌われ、いつでも除け者にされた。気弱な父は彼らの母である第一夫人の顔色を伺うばかりで、俺を護るどころか遠ざけ、要らない俺は8歳の時に王都から離れたアークライト家に預けられたのだ。今でも10歳の誕生日にゲルハルトに言われた言葉が忘れられない。久しぶりに帰った家で、母とのひと時を愉しんでいた俺に向かって、奴は「存在価値のないお前でも頑張れば、俺の護衛官には取り立ててやる。せいぜい精進しろ」と、笑いながらそう言いやがった。クソ喰らえ。
だがそれとは別に、俺は俺なりに剣術に真剣に取り組んだ。師のギデオンは厳しかったが剣については常に公正で、俺のことを六王家の人間だからといって甘やかさない代わりに、出来た時はちゃんと褒めてくれた。そして俺には「剣の素質がある」と言ってくれた。実際、俺は強かった。正直に言えば老いたギデオンは無論、アークライト家の秘蔵っ子であるセレスにも勝てると思っていた。なんだかんだ言っても所詮は女だ。「力は技術に勝る」と、最近誰かが言っていたが、突き詰めれば剣術もその枷からは抜け出せない。その上で、俺がいつかそれなりの地位に就けたなら、第二夫人くらいにはしてやるくらいのつもりだった。それが、だ! あの山猿が現れてからはどうだ!? 俺の全てが狂った。道場には居場所がなくなり、実家では相変わらず持て余され、挙げ句に知らねぇうちに兄貴に利用されて、あの山猿から暴行を受けた被害者にされていた。どれだけ俺を馬鹿にしてるんだ。もっともこれはあの糞山猿を牢屋にぶち込める切っ掛けになったので良かったが、八つ裂きにされると思ってここへ来てみれば、奴はあの道場の時と同じように、訳が分からないうちに処刑人を全員倒して、挙げ句にぼんくら騎士団を踏み台にして俺がいるここへ来やがった。
お前が何者で何をしたいかなんかどうでもいい。その山猿面にこの俺の12年の修行の成果をぶち込んでやる!
スラリと剣を抜き払った俺の前に、そんな空間があったのかと思うくらいに道が拓けた。その俺の眼前に間抜け面の山猿が、脇目もふらず玉座に向かう階段を上がってきた。俺から見ればちょうど奴の右真横から斬りかかれる最高のタイミングだ。
「死ねぇ!」
俺は全力で走り込むと、得意の右袈裟で奴に斬り込んだ。
***
(まったくもう、酷い状態ね)
私は右目に掛けた遠見の魔力を籠めたモノクルに映る闘技場の様子を見て、そう思った。とにかく人があらゆる方向に走り、倒れ、踏みつけ、そこかしこで斬り合い、ぶつかり合い、ありとあらゆる種類の雄叫びと悲鳴が混ざり合っていた。まるで世界中の混乱を全部一つの鍋に放り込んで乱暴にかき混ぜたようだった。
流石の私も寝不足続きの挙げ句にこの様子を目の当たりにしたうえ、さらにそこから的確な指示をお父様とお姉様に出さなければいけないのはひと仕事だった。
(お肌に悪いわね)
そう思いながらも二人に指示を出していたのだが、次第に音声が途切れがちになってきた。多くの人の感情が絡み合う場所では、魔道具の感度が下がるのだ。もっともここまで混乱してしまっては私の指示も必要ないだろう。後は現場判断に任せることにした。
(お父様とお姉様なら大丈夫なはず)
そう思って目を転じた先に見えたのは玉座に向かうライル様だった。彼が何をする気なのかは分からなかったが、この大混乱の中をほとんど真っ直ぐ進む姿は、ちょっと信じられない光景だった。
(何かの魔法を身に纏っているのかしら?)
そう訝しんだ私だったが、見る限りその様子はない。また、あの夜のことを思い出しても、彼からは魔法の気配は感じなかった。
(本当に一体何者なのかしら?)
何度目かのその問いを繰り返しながら、改めて視線を向けた瞬間、ライル様の右側から剣を振りかざした男が突っ込んできた。
(危ない!)
そう思った時には、突っ込んだ男がそのままライル様を通り抜けるように左側へ、盛大に体勢を崩すと無様に転がっていった。その勢いは止まらず、そのまま傾斜のきつい観客席を下段へと転がり落ちていき、最後に観客席と闘技場を区切るフェンスに激突すると、ピクリとも動かなくなった。
その姿に見覚えがあった私は、数秒記憶の頁を探ると、ほどなく一人の名前に行き当たった。
ユリウス・ベルンシュタイン。
(小さい頃は馬鹿なりに可愛いところもあったのになぁ)
そう私は思うと、改めてライル様に視線を戻した。
2026.1.11追加
コメントから飛んできて読んでいただいた方にお礼申し上げます。この回は、本当に全く考えないでスラスラと書けました。なんだか小学校で初めてSFコメディーを書いて以来の感覚で、とても嬉しかったのです。
お読みいただき、ありがとうございました。
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次回は本日の23時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




