第三十話:崩れた計画と玉座への道【前編】
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全ては、完璧だった。
熱狂する愚かな民衆。恐怖に引きつる対立派閥の貴族ども。そして何より、玉座に座る、もはや抜け殻となったヴァレリウス王。その全てが、俺の脚本通りに動く駒に過ぎない。懸案だったヴァレンシュタイン家への根回しは終わり、この計画を静観する代わりに、俺が玉座についたあかつきには、一族を取り立てることで決着していた。もっともそんな約束は後でどうとでもなる。なにしろ王権とは絶対的なものだからだ。
馬鹿な弟の不始末で告発したあの山猿。――ライルとかいうあの忌々しい小僧のお陰で、ヴァロワ家の小娘の誘拐は失敗に終わったが、それすらも利用した。マルディーニを動かし、逆に国家反逆の重罪人に仕立て上げ、この処刑の舞台に引きずり出したのだ。
そしてその小僧の死が、城下とこの闘技場に潜ませていた傭兵たちが動き出す狼煙となるはずだった。民衆の暴動と、その鎮圧と陛下をお守りするという名目で、俺の兵が王城を制圧する。その時、王の盾となる騎士団は既に無く、俺の邪魔をする存在はいない。完璧な筋書きだ。そのためにわざわざあの小僧を多少時間を掛けてなぶり殺しにすることで、会場を盛り上げ、事を始めるのに十分な下地を作ろうとしたのだ。後はその時を待っているだけのはずだった。
それがどうだ?
今闘技場に立っているのは、あの小僧一人だ。何が一体どうなっているのだ!?
場内は集まった観客たちが床を踏み鳴らし「ライル!ライル!」と歓声を上げている。その勢いは地面が震えるほどだ。
俺の書いた綿密な脚本は完全に破り捨てられた。主役は入れ替わり、愚かな民衆は、処刑されるはずだった罪人を、英雄として讃えている。
(……なんとか騒乱の切っ掛けを作らなければ……!)
貴賓席から離れた所で部下に囲まれているゲルハルトの背中に、冷たい汗が流れる。
その時、あの山猿――ライルが、動いた。
貴賓席に向かって、玉座に座る王に向かってだ!奴が何をする気なのかは分からず、 闘技場から観客席までは4スワック(約4メートル)はある壁があるので、何かができるはずもないが、これは使える!
同じことを考えたのか、貴賓席へと続く踊り場にいるマルディーニがこちらを見ている。俺が頷いてみせると奴はしたりとばかり部下に何事か命じている。
ここでこちらも動かなければ。
俺は隣に控えていた部下に、「やれ」と命じた。周囲の雰囲気に飲まれて呆けたような顔をしていた薄のろだったが、俺の怒気に驚いた様子で、慌てて懐から筒のようなものを出すと、先端を空に向け、筒から出ていた紐を引いた。
シュルルルル……
という音とともに赤く光る球が空に打ち上がり「パン」という音を残して四方に赤い煙を引きながら散る。
途端に観覧席のあちこちで騒動が起きる。俺の部下が計画通り動き出したのだ。
(まだやれる!)
俺は再び自信が体に漲るのを感じた。あんな小僧一人にここまで積み上げてきた計画を台無しにされてたまるか! この機会に惰弱な親父を乗り越えて、この俺が一気に王座を勝ち取るのだ。もう後戻りはできない。栄光か破滅か、それだけだ。
***
闘技場に白銀の鎧に身を固めた騎士団が現れた。貴賓席の下にある、先程、ライルの処刑開始を告げた踊り場から、再びマルディーニが叫んだ。
「罪人が陛下に危害を加えようとしている!王立騎士団は、直ちにあの男を制圧、いや処刑せよ!」
闘技場に響いたマルディーニ団長のその命令を聞いた騎士団の中には、訝る者もいた。
「団長は『生き残れば、その罪は免じられる』と言ったではないか。騎士団の団長ともあろう者が、公衆の面前で、陛下の名のもとに宣言したことを反故にできるのか?」
「処刑とはなんだ? 我々は騎士団であり処刑人ではない。団長は騎士団の名誉を傷つけるのか!?」
といった理性と名誉によるものの他に、たった今、眼前で見せられた男の絶技に魅せられた者や、それに腰が引けた者も少なからずいた。
それでも(騎士団である以上、団長の命令は絶対である)という信念のもと、ほとんどの騎士たちは命令に従い飛び出すと、闘技場を玉座の方向に進む男を囲むべく動いた。
その間にも闘技場を進む男の足は止まらない。普通は囲まれれば相手は自然に足を止めるものだが、この男は止まることなく歩いていく。団長のマルディーニが「殺せ!殺せ!」と叫ぶだけで、明確な指示を出さないことをその場にいた多くの騎士が腹立たしく感じていた。
焦れた騎士の一人が長剣を振りかざし歩く男に攻撃を仕掛ける。それに対して男は持った刀を構えることすらせず、僅かな動きでいなし、何事もなかったように進んでいく。
騎士団の面々の顔色が変わった。なんであれ、騎士が公衆の面前で恥をかくわけにはいかない。そう思った数人が素早く目配せをして、二人同時に襲いかかる。しかし結果は同じだった。男はやはり構えることすらせず僅かに歩く速度を変えることで、左右から迫る騎士が同士討ちの格好となり、寸前で互いを回避した間を男は平然と歩いていく。
やがて男は貴賓席に一番近い壁際まで来ると、一度壁の高さを確認するように見上げてから振り返った。
(止まった! こうなれば押し囲めばこちらのものだ!)
誰もがそう思った。
ところが男は自分の周りに殺到した騎士たちを見ると、手に持っていた刀を地面に捨てた。
(なんだ!? 降伏するのか?)
怪訝な顔で見る騎士たちに向かい、男はにこりと笑いかけた。
(気でも触れたのか?)
(何かの罠か?)
(援軍が来るのか?)
様々な思いが交錯するなか、男は一人の騎士に向かって、手招きをするような仕草を見せた。
つられるように一人の騎士が長剣を振りかぶり男に斬りつける。
(斬れる!)
目の前の男を捉えたと思った瞬間、斬りかかった騎士は、物凄い衝撃を胸元に感じて仰向けにひっくり返っていた。男はそれに目もくれず、別の騎士を手招きする。一方、手招きをされた騎士は、前の様子を見ていたのですぐには突っ込まず慎重に剣を構える。すると男は手招きを止めると、代わりに自分の額を軽く叩いた。まるで、
(ここを斬ってこい)
と言わんばかりだ。
(舐めるな!)
カッとなった騎士が剣を振り上げ突っ込むと、それにつられたように次々と騎士たちが男に斬りかかる。しかし、誰一人、男の体に剣先を届かせることができない。逆に男は僅かな動きで襲いかかる騎士たちを捌きつつ転がし、翻弄し、自分の背後に倒した騎士で山を作っていく。それでも騎士たちはまるで魔法にかかったかのように男に突っ込んでゆく。まるで自ら望んでそうなっているように、次々に投げ払われ、男の背後に出来つつある人の山の材料になっていく。
積み上げられた騎士たちは、それぞれに立ち上がろうとしているのだが、互いに絡み合ったようで立ち上がれない。彼らの着用している鎧は見た目よりずっと動きやすく工夫されたものだが、次から次へと突っ込んでくる仲間を避けることもできず、蜘蛛の巣に捉えられた蝶のように互いに身動きが取れずにいる。
12〜3人ほど相手をしたところで、男が後ろを振り返った。
(チャンスだ!)と斬りかかろうとする者が何人かいたが、実際に行動に移せる者はいなかった。彼らのうち誰一人、自分が男を斬っているイメージができなかったのだ。
それでもなんとか包囲の輪を縮めようとする騎士たちを尻目に、男は何かを確認できたようにひとつ頷くと、山の一番下になっている騎士に向かい、
「すみません」
と声を掛けた。
次の瞬間、男は曲芸師のような身のこなしで、自分が作った騎士の山の頂上に飛び乗ると、そのままさらに跳躍して両手で壁の縁を掴み、観客席の向こうに姿を消した。
後には呆気にとられた騎士団と、苦しげな声を上げる白銀の鎧を身に着けた、騎士たちが積み重なった小山が残っていた。
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