表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載開始3ヶ月でPV10万達成!&第三部開始!】病弱だった俺が謎の師匠に拾われたら、いつの間にか最強になっていたらしい(略称:病俺)  作者: 佐藤 峰樹 (さとう みねぎ)
第三部【深淵の盟約・北伐奪還編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

206/207

第百三話:地下を這う影と【お嬢様】の一矢【後編】

「ヘックシ 」


 俺のくしゃみを邪魔したのは副隊長のリナさんだった。普段でも少し吊り上がった怖い目をしているが、いまはさらに吊り上げて片手で俺の口を塞いでいた。これが他の奴だったら文句の一つも言うところだったが、リナさんが相手ではそうもいかない。


 なにしろこの人は我らが第十三部隊の【お嬢様】だからだ。


【お嬢様】というのは、古い海の男の間での言い習わしで、長い航海に出る時に一緒に船に連れていく【女の子】の人形のことだ。

 男ばかりで長い航海に出ると、どうしてもギスギスしてくる。

 仕事や掃除、飯のことはもちろんだが、次第に「あいつの舫の結び方が気に入らねぇ」「イビキがうるさい」なんていうのは当たり前で、仕舞いには、ちょっとした目つき一つで大喧嘩になる。

 陸の奴らに話しても呆れて笑われるが、実際、嫌な奴とも毎日顔を合わせなければならない船の上では笑い事じゃあない。豆を一つ余計に食った食わねぇが原因で、反乱が起きたこともあるくらいだ。逃げ場のない海の上というのはそれほど大変なのだ。


 そこで【お嬢様】が重要になる。いまとなっては細かいことは分からないが、長い航海に出ていたどこかの船で、それこそ足を踏んだ踏まないが原因で喧嘩が始まり、しまいには船を二分する大暴動になったそうだ。


 その時、その船の船長が、たまたま娘の誕生日用に持っていた小さな女の子の人形を掲げて、


「お前ら! 大海原を往く海の男が、こんな小さな【お嬢様】を前に、みっともない理由で船を立ち往生させるのか!? 恥を知れ! 海の神ネリア様とお前らを待つ親兄弟恋人女房にどう詫びる気だ!」


 と一喝したところ、暴動が収まったという。


 その後も、何かある度に船長がその【お嬢様】を出して叱り飛ばしたところ、無事航海が続けられたそうだ。おまけに水の補給で寄った小島で見つけた大昔の難破船に積まれた大量の金貨を見つけて、帰港後は船員全員が外洋船を買えるほどの金持ちになったという。以来、その船長はもちろん、その船の船員だった奴らが独立して船長になると、自分の船には、必ず女の子の人形を置き、その子のことを【お嬢様】と呼ぶのが習わしとなったのだ。


 もっとも、流石にこれは話が出来過ぎだろうと俺も思う。それでも、俺は経験から【お嬢様】がいる船と、いない船では事故や面倒ごとが少ないことを知っていた。なにより【お嬢様】がいる船は雰囲気が良いのだ。だから俺は必ず【お嬢様】がいる船を選んで乗り込んでいた。


 船を下りて、ファビアン……隊長と一緒にしがない兵隊になったいまの俺にとって、リナさんはこの部隊の【お嬢様】なのだ。


 そのことを隊長に話したら、


「そいつはいいね」


 と笑った後で、


「でも、彼女には内緒にしておこう」


 と言われた。正直、俺にはどうして内緒にするのか分からなかったが、


「だって彼女は人間だろう?」


 と言われたのでそうした。だから彼女には内緒だ。それでもいまでは部隊の半分くらいの奴らが彼女のことをこっそり【お嬢様】と呼んでいる。多分リナさんには俺たちをそう呼ばせる何かがあるのだ。


 ***


「ちゃんと見えているの? 私の単眼鏡を使いなさい」


 俺の口から手を離したリナさんが、怖い声で言った。俺は、


「見えてますよ。俺にはそんな筒っぽ、いらねえです」


 と答える。ファビアン隊長の命令で俺とリナさんがこの丘に登ってからもう半刻は過ぎていた。雪は止んでいたが陽が傾くにつれて地面から寒さが染みてくる。二人とも冬用の外套を着ていたが、南の海で船乗りをしていた俺にとっては堪えた。


(だから(おか)は嫌いだ)


 そう思いながら俺はもう一度怪しいところを見回した。


 隊長が指差したこの丘から見ると、平原だと思っていた地面に、巨大な傷のような深い亀裂――枯れ川の峡谷が走っていることがよく見えた。そしてその底に黒々と口を開けた洞窟から、これも隊長が言ったように蛮族どもが現れていた。


 最初この様子を見たリナさんは真っ青になっていた。そりゃそうだ。いままでは奴らは長城からこっちへは来られないはずだったからだ。


「……うへぇ、こりゃひでぇ。あんな穴があったなんて」


 そう呟いて振り向くと、リナさんはベルトから小さな片眼鏡を取り出し右目に掛けていた。


「そりゃあ、なんです?」


「イザベル副隊長からお借りした遠距離射撃用の片眼鏡よ。それよりもベルクもこの単眼鏡を使いなさい」


「嫌だ。俺が目の良いことは知ってるでしょう!?」


「それは分かってるわ。だけどこれは命令よ。それにファビアン隊長にも言われたでしょ? 『私の目になってくれ』って」


「それは、そうですけど……」


「もしベルクが命令を聞かず、その結果、この作戦が失敗したら、隊長が大変なことになるわよ。それでもあなたは良いの?」


「そ、それは……」


「船の上では船長の命令は絶対なんでしょ? だったらここでもファビアン隊長の命令に従いなさい!」


「分かりました! 使えばいいんでしょ、使えば! 貸してくだせぇ」


 そう言ってリナさんから受け取った単眼鏡は思ったよりも重かった。


(こんなもん使わなくたって、十分見えるのに……)


 そう思って覗き込んだ先に映ったのは武装をしたオークの姿だった。まるで目の前にいるようで驚いた。


(確かにこりゃ凄いもんだな)


 随分昔に船で使っていた筒っぽとはまるで違う。


「どう、凄いでしょ? それもイザベル隊長からお借りしたものよ」


 リナさんが俺にそう声をかけてきた。悔しいが認めるしかない。


「……凄いです」


 俺は筒っぽから覗き込んだままそう答えた。ふふっと小さな笑い声に続いて、キリリ、とリナさんが弓をしごく音が聞こえた。


「探すのは分かってるわね」


「ええ、奴らに命令を出してる奴」


「それらしいのはいる?」


 俺はゆっくり筒っぽを左右に振った。


(いた)


 岩陰に人間の護衛を一人つけた黒いローブを着た顔色の悪い男がいた。手に持った小さな水晶を見ながら、何事かを周りのオークたちに命じている。


 ただ岩の後ろにいるので、この位置からではチラチラとしか姿が見えない。


(リナさんに狙えるかな?)


 筒っぽから目を離しその顔を伺う。片眼鏡越しに翡翠色の瞳が輝いている。なんだかその色が、いつもより濃く見えた。口は軽く引き結ばれ、並の男では引けない強弓を片膝立ちの姿勢で、ピタリと矢を引き絞ったまま遠くを見据えている。その姿はちょっとした彫像のようだ。


(やっぱり【お嬢様】はスゲェな)


 俺はそう思った。


 チラリとリナさんが俺を見た。俺は慌てて筒っぽを覗き直すと口を開いた。


「290スワック、右の岩にいます。見えますか?」


「……見えた。黒いローブの男。手には水晶を持っている。あれだな」


「狙えますか?」


 リナさんが薄く笑う気配がした。


「狙える」


「じゃあ、やりやしょう」


 キリリ、と小さく弓が引き絞られる音がする。


「風が右から左へ巻いてますぜ」


「収まるか?」


「……いや、待てねぇ。俺が読むさ」


 俺は筒っぽに映る様子と、この丘で感じる風を比べる。船乗りにとって、潮目や風目を読むのは当たり前だ。ただ何もない海と障害物だらけの陸とでは読み方が全然違う。だから俺はこの十三部隊に入ってからはずっと陸での風の読み方を工夫していた。そして分かった。海の風は匂いと肌で読んだが、陸の風は本当に見えるのだ。風に舞う塵の輝きや落ち葉のクズ、雪、そんなものの動きが風の強さや方向を教えてくれる。感覚としては、海面から底の様子を読むのに似ていた。


 この渓谷の風はそこそこ安定しているが止まらない。止まるのを待っていたら、いつまでも射れない。だけど俺は風が読める。それに何度もリナさんが弓を射るのを見ていた。


「副隊長、右風上に指一本半。三で射ってください」


 リナさんが無言で頷くのが分かった。風は相変わらず右から左へと吹いている。ただ筒っぽに映る塵の流れが安定しない。逆に黒いローブの男はほとんど動かないのがありがたかった。

 一矢だけ。隊長からは「一矢射たら当たっても外れてもすぐ逃げろ」と言われていたのだ。


(外せねぇ)


 そう考えていると風が安定してきた。


「1」


 キリリっと小さく音がした。リナさんが小さく鼻から息を吸っているのが聞こえる。


「2」


 弓を引く音が止まり、息の音と一緒にスゥっと気配も消えた。思わず見上げたくなるが我慢して筒に映る丸い世界に集中する。


「3」ピシッッ


 頭の上で弓が放たれる音がする。一瞬遅れて筒の中から黒いローブの男が消えた。護衛が慌てて周りのオークに何か叫んでいるのが見える。


「行きましょう」


 手応えがあったのだろう、リナさんは自分の一矢の結果を俺に聞くこともなく、隊長の命令通り、手際よく撤収の準備を始めた。


 俺はその様子を見て、垂れてきた鼻水をグイッと拭った。そして、


(流石はうちの【お嬢様】だ)


 と思った。


(第百三話 了)

こんにちは、佐藤峰樹です。


今話に登場する【お嬢様】は、随分前に読んだ、どなたかのエッセイで紹介されていた、無人島に難破した船員(確かイギリス)のエピソードが元ネタです。うろ覚えすぎですみません。似た様なお話は、一人で遭難した映画「キャスト・アウェイ」にも登場しているようです。こちらも未見ですみません。いずれにしろ、一見合理的ではないようですが、人は被保護者を抱えていた方が、社会性を保てるということかと思います。まあ、リナの場合は被保護者というわけでもありませんが。


そんなことを書きつつ、さっきXにも呟いたのですが、今日は祝日なので、本当は更新もお休みだということにさっき(23時30分くらい)に気がつきました! なんて勤勉なのでしょう!

「よく頑張った! 偉い!」

とお思いの方は、ぜひ、ブックマークと評価をいただければ嬉しいです!


思わなくてもお願いします。


好きで書いていることですが、やっぱり他者評価はモチベーションに効きますよ!

その様なわけで、どうぞよろしくお願いいたします。


次回も明日7時前後の更新を予定しております。またお会いできることを楽しみにしています。


https://x.com/minegi_satou

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ