第百三話:地下を這う影と【お嬢様】の一矢【前編】
「それじゃあ、よろしく。駄目だと思ったらすぐに帰ってくるんだよ」
「……分かりました」
「へい」
そう答えたリナとベルクの二人は、馬に跨ると去っていった。
正直に言えば、どこか不承不承という感じだ。
無理もない、私の話したことは、彼らにとって俄かに信じられないことだろう。
***
「それじゃあ隊長は、奴らが長城の下を潜ってこちら側へやってきたとおっしゃるわけですか!?」
血相を変えてそう言ったのはリナだった。私はことさら平静を装って答えた。内心では私自身、自分が言葉にしたことに少なからず動揺していた。それはあってはならない事態だからだ。
「確かに、大魔法使いアクレーヌが作った長城は築かれて以来約500年、彼らの侵入を許したことはない。もしかしたらこれから先500年もそうかもしれない」
「じゃあ――」
と言いかけたリナを制する。
「だけどこっちはどうだい?」
私はそう言うと足元を指差した。
「……地面?」
と呟くように言ったリナの顔色が変わった。
「まさか、穴を掘って来たと言うんですか!?」
私は黙って頷く。
「彼らが空を飛べず、長城を破ることもできなければ、残るのはこの地面を通ってくるしかない。消去法の問題だよ」
「でも長城のあるグリフォン山脈は硬い岩石でできていて、穴を掘るなんてとてもできないはずです。転移魔法で送ったのではないのですか?」
「その可能性はある。ただその方法だとそれほど多くの人員を送ることはできず、少人数でできるのは精々後方撹乱くらいだ。恐らく上層部もそう思っているからこんな作戦を実行しているんだろう。だけど私はそう思わない」
「じゃあ、船長……、隊長はどうやってオーク共がこちらに大挙して来たと言うんですかい?」
と、これはベルクだ。私は軽く頭を掻きながら答えた。
「私も正直に言えばその方法は分からない。確かに長城は山脈の嶺を繋いでできているが、その中には比較的平地に近いところに築かれた部分も少なくない。現に白狼砦があるのは平地の部分だ」
「確かにそうですが、いずれにしろ固い岩盤で、たとえ強力な魔法を使っても大勢を送れる穴なんて……」
とリナが信じられないという口ぶりで言う。
「言ったろう? 私だってその方法は分からないと。だけど現に敵はこうしてこちら側に現れている。それも人員と装備もそれなりのものを用意していると私は見ている」
「だから陸は信用できねぇんだ」とベルクが小さく呟き、足で地面を二、三度踏みつける。リナはそれを無視して疑問を口にする。
「どうしてそう思われるのですか?」
「前にも言った通り、今回はことの始めからおかしなことが多すぎる。まず時期がおかしい。敵も味方も物資に乏しく、勝っても奪うものが少ないこの時期にことを起こすのは理屈に合わない。それに規模がこれまでとは全く違って大掛かりだ。そのうえ辺境伯からの報告では、オークやゴブリン、トロールの混成部隊だという。互いに反目し合っている彼らが共同で、それも明らかに秩序を維持して行動しているというのは普通じゃない。誰かが、彼らを裏で指揮、あるいは操っていると思う方が自然だ。そして――」
二人の視線が私に集まる。
「……イザベル副隊長の謎の離脱だ。リナには少し話したけど、この時期に副隊長自ら別働隊を率いて単独行動をするというのは不自然すぎる。王都には限らないが、何か副隊長にしかできないことが後方で起きている。あるいはそれこそが敵の狙いかもしれない……」
後半は私自身、自分の考えをまとめる独白のようになってしまった。それでも彼らは目を丸くして私の話を聞いていた。
慌てて私は少し話を戻すことにした。
「とにかく方法は分からないが、敵は何らかの方法、これは予想だが元々あった空洞や洞窟を利用しているように思う」
「洞窟!?」
リナの語気が鋭くなる。
「うん。どうもこの辺りの人に聞いてみると、ひどく大きな地震や地鳴りがあると言うんだ」
「何でそんなことを、隊長が知ってるんですか?」
このリナの質問に答えたのはベルクだった。
「船長……、じゃなかった隊長はどこへ行っても、その地元の人間から話を聞くんですよ」
「話を?」
私は何だか恥ずかしくなって、無意識のうちにまた頭を掻き回していた。
それは私の趣味のようなものだった。
小さい頃から船乗りの家で育った私は、曽祖父や親父、親類などから船で訪れた先で聞いたり、その土地で伝わったりする話を聞くのが好きだった。人に言ったことはないが、そうした話を手帳に書きつけて後で読み返すのを楽しみにしてるのだ。実は、いずれは本にできればと、少し思っている。
この趣味は船を下りたいまでも続けていた。だから今回の行軍でも、隊に物を売りに来る者やその土地の代表者から色々な話を聞いていたのだ。そんな中で、この辺りでは何十年に一回、物凄い地鳴りがすることがあり、その時には決まって家畜が暴れ出すという話に何度も出くわしていたのだ。そしてここ数年、その回数が随分増えているという。昨日会った村長は、一月前にも大きな地鳴りがあったという。その時、逃げた家畜を探す中で、それまで見たこともないほど長い地割れを見つけたと言っていた。それは遥か長城の方へと続き、先が見えなかったそうだ。
気がつくと私は、長城のある方向を見ながら頭を掻き回していた。
「隊長?」
視線を戻すと、そこには心配そうな顔をしたリナとベルクがいた。私は二人に自分が聞いた話をかいつまんで話した。
「……じゃあ、その地鳴りが今回の件と関係があるっていうんですか?」リナが目を丸くして言った。
「分からない。ただ私が聞いた別の話では、昔この辺りにはグリフォン山脈を源にした川が流れていて、交易で栄えていたそうなんだ」
「川? こんな場所にですか?」とベルクが胡散臭そうに足元を見る。
「うん。ところが大魔法使いアクレーヌが長城を築いたことでその川は堰き止められてしまったため、やがて町も衰退し現在のような寂れた村になったという。もっとも村長は『自分たちはその子孫と言われていますが、何しろ昔のことなので』と笑っていたけどね」
「ただの伝説なんじゃないですか……?」とリナがベルクにつられて足元を見ながら言う。
「そうかもしれない。ただ川があったと言われているところは深い峡谷となっていて、いまでも地下から水の流れる音が聞こえたりするそうだ。それにこの辺りは、かなりの旱魃でも井戸が枯れることがなく、妙に水の気配があるらしい。そんなこともあって、彼らの村では他に比べて作物がよく育つと自慢していたよ」
私がそう言うと、二人は顔を見合わせていた。
「いかに大魔法使いアクレーヌも、自分が築いた長城の保証はできても、その地下が500年後どうなっているかについては、ちょっと自信がないんじゃないかな? それに――」
「「それに?」」
リナとベルクの声が重なった。
「もし私の予想が当たっていれば、村長の言う地鳴りや地震、少なくとも最近のものについては、ただ自然に任せて起きたことじゃない。誰か、恐らく強い力を持った魔術師がやったことだろう」
そう言って私はまた頭を掻き回していた。これでも時々は自分でも変な癖だという自覚があるのだが、止められない。特にこんな時は。
ひとしきり掻き回した後、私は唖然としている顔の二人に、これからやってもらいたいことを説明した。
こんにちは、佐藤峰樹です。
前回に続きこの三人組です。お陰様であまり考えずにパタパタ打てています(笑)。よく自分でも、「ちゃんと辻褄が合うのかな?」と思うのですが、いまのところは大丈夫……、だと思います(笑)。あまり細かく考えすぎると手が止まるタイプなので、半分諦めて書いています。
昨日いただいた、ねこラシ様のレビューのお陰でしょうか、本日もPVが1200を超えました。本当に嬉しいです!
改めてお礼申し上げます。
今日は久しぶりに水晶の離宮の攻防の辺りを読み直していたのですが、なんと半分忘れていていました! お陰で、ドゴルVSクレール、フォルカー戦に「おお、熱い!」と喜び、アレクシウスの独白にはちょっとウルっとしてました。実はアレクシウスについては書いた直後もそんな感じで、この後書きが書けなかったのを思い出しました。はい、自分でもあれだなと思ってはいます(笑)。
もし飛ばし読みがOKな方がいらっしゃったら、是非お読みください。私自身、アニメで偶然目に入ったところから遡ったりするタイプです。
第七十五話:老雄の意地と結界の崩壊【前編】(https://book1.adouzi.eu.org/n4674ld/148)くらいからのお話です。※ネタバレ注意もありますので、そこは自己責任で。
さて、目標の「日間ランキング100位以内」への道のりは物語同様、まだまだまだ……遠そうです。
ですが千里の道も一歩から。
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どうぞよろしくお願いいたします。
次回は明日7時前後の更新を予定しております。またお会いできることを楽しみにしています。
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