第百二話:もう一つの因果の端。第十三部隊の戦い【後編】
「船長、じゃなくてファビアン隊長、先行する部隊から『もっと早くついてこい』という連絡がまた来てます」
伝えに来たベルクもややうんざりした表情だ。だが、私の答えは変わらない。
「いいんだ、なにしろうちは塩水が似合いの小魚部隊だからな。大魚の後をのんびり、ちょろちょろとついて行けばいいんだ」
私の返事にさすがに困ったベルクの様子に、隣のリナもやや気遣わげに私を見る。
「隊長。よろしいのですか、私も第四部隊と離れすぎているように思いますが……」
「いいんだよ、これで。私たちの命令は残敵を掃討しつつ後背に気をつけ、本隊との連絡を絶やさない、というのだからね。それに――」
「それに?」
「作戦は順調そうじゃないか、ここまでは」
「まあ、そうですが……」
追撃戦が始まってもう二刻が過ぎていた。退散したと思っていた敵は、意外に近くに潜んでおり、私たちの逆撃を予想していたように襲ってきたが、すぐに戦力差に気づいたのか敗走した。先頭の第二部隊とダストン連隊長の本隊はすぐにこれを猛追、第八、第四部隊もこれに続き、しんがりを務めるのが私たちの第十三部隊だった。
先頭部隊が追撃を止めると、敵はとって返して攻撃してくる。これに反撃するとすぐに退却するということをもう三回繰り返していた。
流石に第四部隊のガンター隊長からは、罠を警戒する声が上がったようだが、連隊長はこれを「蛮人風情にぃそんな頭があるかぁあ!」と一蹴したという。元々猪突猛進型の第二部隊と連隊長の腰巾着を自ら任じている第八部隊が止めに回ることもなく、いつしか長い縦隊となっていた。
「まるで蛇だな」
ポロっと口にした言葉にリナが反応した。
「蛇ですか?」
行きがかり上説明しなくてはならなくなった私は手で頭を掻き回した。あまり景気のいい話ではないからだ。
「隊列の頭だけが太く、続く体の部分は細いだろう? だから蛇みたいだと思ったんだ」
「……なるほど。確かにそうですね」
「蛇を仕留めるとしたら、君ならどうする?」
「もちろんこれで頭を射ます」
そう言ってリナは背中に背負った大きな弓を軽く揺すった。
「まあ、そうだよねぇ」
その時、前方を行く第四部隊から伝令が走ってきた。
「敵襲です!! 先行する本隊と第二部隊が会敵! 現在交戦中とのことです!」
反応したのはリナだった。
「第八部隊、第四部隊はどうか!?」
「敵は先頭を行く本隊と第二部隊、そして第八部隊の間に割り込み、本隊と第二部隊を包囲の危機に陥れております。現在、第八部隊と我らが第四部隊が救出に向かっておりますが、我らの部隊もまた突然現れた敵の攻撃を受けております!」
「敵の数は?」
それが望む返事ではなく、また嬉しくないものであることを半ば確信しながら聞く。
「……およそ2000」
「に、2000!? そんな大軍がどこから!?」リナの声がうわずる。
「分かりません! 私はガンター隊長から伝言を預かっただけですので……」
「……分かった。ご苦労だったね。原隊に帰投してくれ。気をつけて」
私がそう言うと、恐らくこれが初陣なのだろう、緊張した面持ちの青年はぎこちなく敬礼をすると馬に飛び乗り去っていった。
綺麗な翡翠色の瞳が私を見た。
「まあ、そうだよね」
と私はその瞳に答えた。
***
「予想が当たったって喜んでる場合じゃないでしょう!?」
自分が思わず大きな声を出したことに気がついて慌てて口を塞いだ。もちろんそんなことをしても出てしまった言葉を止めることはできない。
目の前の青年、ファビアン隊長はそんな私を少し驚いた顔で見ている。私は取り繕うように少し声を低くして副隊長らしいことを言った。
「それで隊長。どうされるおつもりですか? すぐに第四部隊、あるいは本隊の救出に向かいますか?」
「まあ、そうだね……」
と右手で頭を掻き回しながら答える。その気のない返事に私は内心呆れながらも、彼が別のことを考えていることに気がついていた。こういう時はあまり急かさず待った方がいいことをこの二年弱の付き合いで分かっていた。
ひとしきり頭を掻き回した手が止まった。次に左手で頭を掻き回し始める。
隊長のこのおかしな行動は、何かを考える時のお決まりの仕草だった。隊長と古い付き合いのベルクはもう見慣れているようで、
「昔からあの調子でサボリ(カードゲームの一種)をやって、嫌がられてたもんです」
と肩をすくめて言っていた。ちなみにサボリの腕はそこそこだったという。
そんなことを思っているうちに左手の動きが止まった。
「まずはこれからか……」
そう呟くと、初めて私の存在に気がついたような顔をしてから、気を取り直したように口を開いた。
「リナ、第四部隊のガンター隊長に伝令を。『我、これより援軍に向かう。敵背後を突くゆえ、呼応し挟撃されたし。撃破ののち、貴隊は第八部隊と合流を。我も続き、同方面の敵を叩く。敵の圧力が減じ次第、そのまま本隊救出へ向かわれたい。我への憂慮は無用』……以上だ」
言う通りのことを宙に魔法速記を書いていた私だが、思わず顔を上げる。
「はい。……でもいいんですか? 『我への憂慮は無用』なんて」
「いいんだ。あの連隊長にそこまでの義理はない」
個人的には私も同意見だけど、騎士団の隊長の発言としてはかなり問題だ。誰かに聞かれれば軍法会議で処断されるのは間違いない。そう考えてから、
(まあ、自分の「射殺す」発言はさらに不味かったな……)
と思っていた。手早く騎士団用の魔法紙をクルクルと筒状に巻き、封をして従卒に渡す。
「それよりもリナ、君とベルクには別の任務がある」
「え!? ……なんでしょう?」
「あの丘が見えるかい?」
そう言うと隊長は右手前方にある小高い丘を指差した。
「はい見えます。それが?」
「あそこにベルクと一緒に行って欲しい」
「副隊長の私がですか?」
「うん、君とベルクにしかできないことなんだ」
「ですが、副隊長は常に隊長と共にあり、その補佐をすると定められています。それに……」
「それに?」
「……それに、私なしで隊長は大丈夫なんですか?」
一瞬きょとんとした顔をした隊長はクスクス笑い出した。笑い声はそれほど大きくはないが、本当におかしいのか涙を拭きながら笑っている。私はその顔を見て猛烈に腹が立った。
「隊長! 私は真面目に言っているんです。朝だって私が起こさなければいつまでも寝ているし、船の操船や指揮はお上手ですが、正直に言ってそれ以外は、弓はもちろん、剣技、馬技、格闘技は私の方がずっと上です。そんな隊長を危険な戦場に残してあんな丘になんて行けません!」
馬上で両腰に手をやり、そう宣言した私を見て、隊長が一層笑った。周りの兵卒たちも流石に気がついてこちらを見ているのが分かる。
「隊長!!!」
「ああ、ごめん、ごめん、笑って悪かったよ。すまない」
そう言いながら隊長は吹きこぼれた涙を指で拭うと、少し真面目な顔で私を見た。
「リナ。君に行って欲しいのは、本当に他の誰でもない、君にしかできないことだからだ。それもこの戦いの趨勢を変えられる任務なんだ。それでも行ってくれないかな……」
そう言ってじっと私の目を見る。砂色の少しのびた髪の毛が、手でかき回されて酷いことになっている。そうでなくても寝癖のままで一週間でも過ごすような人だった。でも、瞳の色はいつ見ても綺麗だ。少したれた目の中で輝くそれは、海を思わせる深い青色で、覗き込んでも、覗き込んでも底が見えない。
「わ、分かりました! ベルクと共に丘に向かいます!」
その答えに隊長はいつものように、感じよく笑った。
(私は弱いな)
と思いつつ、この笑顔を見るためならなんでもできる気がしていた。
ちらちらと降っていた雪はいつの間にか止んでいた。
(第百二話 了)
こんにちは、佐藤峰樹です。
登場人物はみんな好きですが、ファビアンとリナ、ベルクの三人組は本当に書いていて楽しいです。前回、リナのことを「ちょろい」と言っているファビアンですが、さて、本当のところはどうなのでしょう? こちらはゆっくり紐解いていきたいと思います。
本日は3つ目のレビューを、ねこラシ様から頂きました! その効果でしょう、PVが1717を記録! 平日更新にしてから初めての大台で驚いています。でもそれより嬉しかったのは、レビューで「冗長な部分が見当たらない」と書いていただいたことです! 勢いで書いているのは本当ですが、できるだけ要点を絞って書くことを心がけているのでとても嬉しい一言でした。(もちろんまだまだなのですが)
これをきっかけで見ていただいた方から、ブックマーク&評価をいただければさらに嬉しいです!
お陰様でブックマークが100を超えたところで、新しい目標は「目指せランキング入り!」。居並ぶ「書籍化しました!」「3巻が発売になりました!」という化け物たちの壁に挫けそうになりつつも、「せめて一太刀! 日間100位以内の末席に……!」と思っています。本作を面白いと思いましたら応援していただけると嬉しいです!
どうぞよろしくお願いいたします。
次回は明日7時前後の更新を予定しております。またお会いできることを楽しみにしています。
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