第九十九話:崩落する伽藍、奪われる希望【前編】
ズ、ズーン――。
地面が震えた。その衝撃は自然の地震などではない。なにか巨大なものが、私たちの足元で活動を開始したことを報せる、重苦しい胎動だった。
「ルナ!」
私の呼びかけに、ルナは小さく頷く。その瞳には、すでに戦場の気配が宿っていた。
「向こうも始まったようだな」
イザベル様が足元の床を一瞥し、全員を見回す。
「第三層への階段は北側の端だ。急いで向かわねばなるまい」
「お待ちくださいませ、イザベル様」
床を凝視したまま、ルナが制止の声をかけた。
「何か巨大なもの――恐らくゴーレムが蠢いているのは、ほぼこの真下のようですわ」
全員の視線がルナに集中する。
「……どうするつもりなの?」
私の問いに、ルナはにっこりと微笑んだ。こういう笑い方をする時の彼女には、格別の注意が必要だ。そう思ったのが顔に出ていたのだろう、ルナはさらに深く、艶やかに笑みを深める。
「あらお姉様、そんな顔をなさらないでくださいませ。可愛い妹のことを信じてくださいましな」
「信じたいのは山々だけど……あなたがそんなふうに笑う時は、いつだってとんでもないことを思いついた時だから……」
ルナはわざとらしく自分の頬に手を当てた。
「あら、私、笑っていましたか? 自分では気がつきませんでしたわ」
白々しく驚いてみせるその様子に、私は頭を抱えそうになる。
「何をするつもりなのですか、ルナリア殿?」
イザベル様の端的な質問に、ルナは再び快活に答えた。
「近道を作ろうと思いまして」
「近道、だと?」
「ええ。私の魔法感知によれば、強力な魔力が渦巻いているのはほぼこの直下。先ほどの地鳴りがゴーレムによるものなら、すでに戦いが始まっていると考えるのが自然ですわ。今から遠い階段まで戻ってライル様たちと合流するのは、時間の無駄というものです」
「……なるほど、合理的だな」
イザベル様の乗り気な反応に、ルナが心底嬉しそうに目を細める。
(何かまた、とんでもないことをやるに違いない)
そう予感しつつも、ルナの言葉に一理あることも分かっていた。私は、一度聞いたならもう後戻りはできないことを半ば承知の上で、口にした。
「……それで、具体的にどうするの?」
私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、ルナの指先が空中に青白い術式を描き始めていた。
「ル、ルナ!?」
「大丈夫ですわ、お姉様。ただ私、これまでの制限の反動で、少しばかり力が有り余っておりますの」
私たちが立つ床に、巨大な魔法陣が青白く浮かび上がる。周囲の空気がパチパチと放電し、電離した大気が放つ、鼻を突くような金属質の刺激臭が立ち込め始めた。
「全然、大丈夫な気がしないんだけど……!」
「もう、お姉様は心配性なんだから。皆さん、魔法陣の中に寄って」
ルナの指示に従い、全員がおっかなびっくり魔法陣の中央へと集まる。イザベル様だけはルナに全幅の信頼を置いているようで、悠然と愛剣の具合を確認していた。
ミシミシミシミシ……。
今度は足元の床から不穏な軋みが響きだす。やがてそれは、バキバキ、グシャ、ガシッと、硬質の岩盤が無理やり引き裂かれる凄まじい破壊音へと変わる。
「ルナ!?」
「皆さん、少し揺れますわよ」
ルナがそう告げた刹那、足元の魔法陣が爆発的な光を放った。床が魔法陣の形に、完全な円形となって消失する。
「行きますわよ!」
ドンッ!!!!!!
轟音と共に、私たちは魔法陣を足場にしたまま、床に開いた大穴へと吸い込まれた。
――ドオォォォォン!!
重力を置き去りにするような加速を経て、私たちは巨大な第三層の空間へと突き抜けた。凄まじい轟音とは裏腹に、魔法陣による下降は驚くほど滑らかで、誰も転ぶことなく着地を果たしていた。
濛々(もうもう)とした土煙が舞い、視界を遮る。その向こう側から、驚愕に満ちた男の叫び声が聞こえてきた。
***
轟音と土煙が鎮まったところで、私の目に入ったのは、異形の巨躯を誇るゴーレムと、それを操る不遜な男の姿だった。虚を突かれたようにこちらを凝視するその表情から、私たちの「近道」がいかに想定外であったかが知れる。
「イザベル殿!?」
その声に振り向くと、そこにはエリオットとライル、そして(王の影)たちが揃っていた。こちらも一人を除いて全員、私たちの登場に驚いた様子だった。
「……みなさんご無事で何よりです」
そう声をかけてきたのは、唯一平然な顔をしていた男、ライルだった。その目は一瞬私たちに向けられたが、すぐにゴーレムへと戻される。その横顔に余計な他者の介入を許さぬ峻厳さを感じた私は、ライルの代わりにエリオットに現状について尋ねた。
「エリオット殿、あれが?」
「そうです。【深淵の盟約】の首領、ガロンです」
ガロンと呼ばれた男は何事かを後ろに控えた者たちへと怒鳴りつけていた。私はその他に目に映る者たちの様子とその場所を把握していく。見る限り、こちら側に人的損害はない。敵については、ガロンとその後ろに控える部下が二人、そして前面に立っているのがゴーレムだった。先ほど第二層にいる私たちが聞いた轟音は、このゴーレムによって生じたものだろう。
ゴーレムの胸には黒い繭のようなものが埋め込まれている。そして、その中にいるのはアレクシウス殿下だった。思わずエリオットを見ると、問いたげな私に向かって小さく首を振って見せる。彼もまた殿下がそこに埋め込まれている理由や危険度などについて答えを持っていないのだろう。
アウレリア王家の血がゴーレムを制御すると信じた者たちによって「器」として期待され、あそこに埋め込まれていることは間違いない。だがゴーレムを倒せば解放されるのか、それともゴーレムを傷つけることが殿下の身を危険にさらすのか――現状では分からない。
この場で何か分かっているとすれば、それはあの男、ライルしかいない。
私の目が再びライルの姿を捉える。その視線はゴーレムに埋め込まれた殿下しか見ていない。繭の中で羊水のような液体に浮かび、苦悶の表情を浮かべるその姿には胸を締め付けられる思いがする。ライルはその姿をわずかに哀しみを湛えた瞳でじっと見ている。
(どうする気なのだ?)
***
見た瞬間、(気に食わない奴だ)と私は思った。そしてその男が【深淵の盟約】とやらの首領であるガロンだと確信していた。
(この男が、私をゴーレムの炉心にしようとしたのだ)
そう思うと血が沸騰するほどの怒りを覚えた。
バチン、バチン
と私の周りで空気が爆ぜる音がする。
(あらやだ漏れちゃってるわね)
と思う。正直に言えば、いまの私は魔力制御の危うい境界線上にいた。私の魔力を「炉心」として搾取しようとした奴らの目論見を逆手に取り、体内に無理やり留め続けた高密度の魔力。それがいま、行き場を求めて血管のなかで狂おしく蠢いているのだ。
さっき床に大穴を開けたことで少しは発散できたけれど、まだまだ収まらない。魔力を安定させるためには、まずこの溢れそうな魔力を吐き出す必要があった。制御を間違えれば本当に私は炉心として暴発してしまう恐れがあるのだ。
もちろん本当はゴーレムを相手に叩きつけるのが一番なのだが、胸にアレクシウス殿下がいることを考えるとそれはできない。
となれば狙いは一つ。ガロンだ。
(私を炉心にしようとした代償は大きくてよ)
私は最も基本の攻撃魔法である火球の詠唱を始める。この魔法は学校で初めて習う魔法だが、術者の魔力がそのまま火力になることから、力試しという意味でも実力差を味わわせるには一番だろうと思ったのだ。
バチバチバチバチ
一際大きく、私の周りで空気が爆ぜる音がする。
同時に巨大な火球が私の周りに現れた。
「私を不細工なゴーレムの部品にしようとした報いを受けなさい!」
一瞬輝いた火球が膨れ上がると、
ヴァゴン!
という爆音を立てて巨大な火球がガロンに向かって真っ直ぐ飛んでいった。
こんにちは、佐藤峰樹です。
今回はセレス→イザベル→ルナとリレーで回してします。第一部の混乱する闘技場(六十話)でも使ったパターンですね。敵も味方も巻き込んで回してみたいと思っています。
さてブックマークの方はお陰様で99に辿り着きました。なんと話数と同じというミラクル! 100話で100達成というミラクルを達成できれば嬉しいです。ぜひ、この機会にブックマークに加えてください! ……なんて書きながら、(せめて減らないで)と思っています(笑)
次回は来週の月曜日12時ごろの更新となります。お会いできることを楽しみにしています。




