第九十八話:泥濘(でいねい)の産声、狂気の錬成【後編】
祭壇への道を塞ぐように立ちはだかった巨漢の様子がおかしい。
二本の長剣を握りしめたまま、彫像のように硬直し、その体は小刻みに震えていた。先ほどまでの殺気立った猛獣のような気配は消え失せ、頭では戦わなければならないと分かっているようだが、体が反応しない。いや反応はしている。肉体がライル殿に対する畏怖を本能で悟ったのだ。
「……恐怖に呑まれたか」
祭壇の上に立つ男――恐らく【深淵の盟約】の首領であるガロンが、冷ややかな視線をドルゴに向けた。そこには部下に対する情など欠片もない。あるのは、壊れた道具を見るような無機質な評価だけだ。
「使えぬな。……下がっていろ」
ガロンが短く言い捨てると同時に、生まれたばかりの泥のゴーレムに向かって指を弾いた。
それに応じたゴーレムが動く。
その丸太のような腕が、目の前の空間を薙ぎ払うように振るわれた。標的はライル殿だ。だが、その軌道上には硬直したままの男がいる。
「なっ……!?」
私が息を呑む間もなかった。
ライル殿は紙一重でこれを躱すが、恐怖で金縛りにあっていた大男は反応できない。
「ガハッ……!?」
鈍い衝撃音と共に、男の巨体が礫のように弾き飛ばされ、岩壁に激突。崩れた瓦礫の中に埋もれて動かなくなる。
立ち振る舞いから恐らく幹部であろう大男を簡単に切り捨てたのだ。非情に徹することが我々密偵の仕事では基本だが、その私から見ても随分なやりようだ。
そんな思惑に関係なく的を外したゴーレムが不機嫌そうに唸り声を上げる。
「グルルルル……」
その体表からは赤黒い瘴気のようなものが立ち上り、周囲の空間から魔力を吸い上げているのが肌で感じられた。実際、私が持つ魔道具も、明滅を繰り返して機能不全を起こし始めている。
「くそっ、これでは魔道具は使えんな」
私は舌打ちをして、予備の短剣を抜いた。なんとも心許ないがいかんせん仕方がない。
(頼みの綱はライル殿だが……)
再びその背中に目を向けるが、ライル殿の動きがおかしい。刀を抜き、切っ先を下げた姿勢のまま、動かないのだ。ゴーレムが再び腕を振り上げ、質量そのもののような拳を叩きつけてくるのだが、ライル殿はその攻撃を軽く躱すだけで反撃をしない。かといって先ほどのゴーレム相手に見せた神楽舞のような動きを見せるわけでもない。
そう思った瞬間、私の目はゴーレムの胸部にある「黒い繭」に吸い寄せられた。
半透明の殻の向こうに、アレクシウス殿下の苦悶の表情が見える。
(……そうか、核である殿下を気にしているのだ)
殿下とゴーレムがどのような形で結ばれているのかは分からないが、繭の中の殿下の表情を見る限りゴーレムの動きがなんらかの負担となっているのは間違いない。下手に反撃すれば殿下の命に危険が及ぶと考えているのだろう。
しかも、ライル殿の立ち位置は常に私やクルスたちを背に庇う場所に固定されていた。飛んでくる瓦礫や、ゴーレムが撒き散らす泥の飛沫を、彼は刀の鎬や峰で巧みにいなし、私たちに指一本触れさせない「盾」に徹している。
「どうした剣士ライル! 手も足も出ないではないか!」
ガロンの嘲笑が地下空洞に響き渡る。
「そのゴーレムの中には、貴様が守るべき者がいるのだからな! さあ、どうする? 守りきれるか? それとも、自らの手で器であるアレクシウス主君ごと砕くか!」
ガロンが右手を高々と掲げる。それに呼応して、ゴーレムが両手を組むとハンマーのように振り上げられたその腕に、周囲の魔力が渦を巻いて収束していく。
(回避不能――広域壊滅攻撃だ!)
ライル殿一人ならなんとかして躱せるだろう。だが、背後の私たちを守ろうとすれば、その身で受け止めるしかない。
(しまっ……!)
私が絶望に目を見開いた、その時だった。
ズズズズズ……!
頭上の岩盤から、腹に響くような亀裂音が響いた。
ガロンも怪訝な顔で天井を見上げる。
――ドオォォォォン!!
次の瞬間、地下空洞の天井が爆砕された。
降り注ぐ巨大な瓦礫と共に、極太の光の柱――純粋な魔力の奔流が、ゴーレムと我々の間に降り注ぐ。
さすがにガロンも驚いた様子で、いままさに撃ち下ろそうとしていた広域魔法が霧散する。
「な、何事だ!?」
ガロンの狼狽する声と共に、粉塵が舞う瓦礫の上に人影が舞い降りた。
土煙が鎮まったところで姿を現したのは、第二層で別れたイザベル殿と身に纏っているものは違うが、瓜二つの顔を持つ二人の少女、恐らくあれがルナリア・アークライトとセレスティア・アークライトだろう。その後ろには(王の影)の面々の顔が揃っている。
「……やれやれ」
私はへたり込みそうになる膝を叩き、深く息を吐いた。
「どうやらお姫様は無事救出できたらしいな……」
援軍の到着に、体の芯から安堵が込み上げてきた。
ライル殿は、舞い降りた仲間たちの姿を確認すると、ふっと小さく息を吐いた。
「……みなさんご無事で何よりです」
そう声をかけると、静かにゴーレムに向き直った。その瞳は真っ直ぐ胸の黒い繭に包まれたアレクシウス王太子に向けられていた。
(第九十八話 了)
こんにちは、佐藤峰樹です。
ようやく役者が揃いました。古のゴーレム復活を巡る戦いもいよいよ大詰めとなっています。
思いつきで始めた物語は奇しくも本日は連載開始四ヶ月目のこの日(29日4時35分現在)、ブックマークが99となりました。こんなことがあるのですね……。つくづくブックマークに加えていただいた方々、評価をしていただいた方々、そして読んでいただいている方々に心から感謝いたします。悲願のブックマーク100。お願いします。
次回は明日の12時前後の更新を予定しております。お会いできることを楽しみにしています。




