第九十七話:鎮魂の舞と黒い繭【後編】
程なく周囲の景色が自然の鍾乳洞から、人工的な歪な空間へと変貌を遂げ、巨大な気密扉が姿を現した。
その気密扉を見て改めてそこに我が祖国、タイドリアの技術が使われていることを確認する。奴らが攫ったタイドリアの技術者に造らせたものであることは間違いない。扉のあちこちにタイドリア独自の魔術の術式が刻み込まれていた。
ライル殿は迷うこともなく魔石の埋め込まれた操作盤に向かうと、軽く手を触れる。途端に魔石は赤と黄色の明滅を繰り返し、最後に観念したかのように青く光った。
ゴゴゴゴゴ……
重苦しい地響きと共に、巨大な扉が左右に開いていく。
開かれた隙間から、濃厚な魔力の澱と、むせ返るような血の臭いが溢れ出してきた。
その中へと踏み込み、目にしたのは巨大なドーム状の空間だった。
天井からは無数のパイプが垂れ下がり、床には複雑怪奇な魔法陣が刻まれている。そして空間の中央、全てのパイプが集約するその場所に、見上げるような巨体が鎮座していた。
未完成の古代ゴーレム。
泥と岩、そして金属が融合したその姿は、未だ目覚めてはおらず、ただ圧倒的な質量としての威圧感を放っている。
だが、私の目を釘付けにしたのは、その巨体そのものではなかった。
ゴーレムの胸部にあたる位置。そこに、禍々しい光を放つ黒い水晶のような繭が埋め込まれていたのだ。
「……あれは」
隣でクルスが息を呑む気配がした。
それはただの水晶ではなかった。半透明の黒い殻の向こう、満たされた淡い発光液の中を、一人の人影が漂っていたのだ。
金色の髪が液体の中で揺らめき、白磁のような肌が青白く浮かび上がっている。
「……あれが、王太子殿下か?」
と問う私に、クルスが無言で頷くと、奥歯をギリギリと鳴らしながら、
「なんと、酷いことを……」
と呻いた。
繭の中のアレクシウス殿下は液体の中、稽古着のようなものを身に纏い、胎児のように膝を抱え、目を閉じて眠っている。しかし、その表情は苦悶に満ちたもので、眉間には深い皺が刻まれ、何かを拒絶するように身を固くしている。
気になったのはその体の線だ。液体のせいで濡れた衣服から透けて見える体が、王太子にしてはあまりに線が細い。華奢な肩、薄い胸板……いや、さらしのようなものを巻いているが、その下にある膨らみは、明らかに――。
だが、その思考は、さらに凄惨な光景によって遮断された。
殿下の背後――切り裂かれた衣服の隙間から見える、背中の惨状に気づいたからだ。首の付け根から腰にかけて、露わになった背骨に沿うように、何本もの黒い管が直接皮膚に食い込み、突き刺さっていた。
まるでムカデが這うように背中に食い込んだ管からは、ドクン、ドクンと脈打つように、赤い光が殿下の体内へと送り込まれ、同時に何かを吸い上げている。
それは人間を人間として扱わない、単なるゴーレムの「生体部品」としての接続だった。
思わずライル殿の表情を見る。しかし、そこにはなにも浮かんでいない。ただ瞳にはわずかに悲しみの色が見えた。
「ネズミどもが」
広間の奥、祭壇の上から声が響いた。
そこには、黒いローブを纏った男が立っていた。その傍らには参謀らしき男と女が控えている。
そしてもう一人、私たちの前に立ち塞がる一際巨大な人影があった。
「ここを通すわけにはいかん」
地を這うような低い声のその男は、全身に赤黒い術印を刻み込まれ、それが不気味に輝いている。その手には二振りの長剣が握られていた。
「前回で俺が味わった屈辱を……ここで雪がせてもらう! 覚悟は良いか、ライル・アッシュフィールド!」
大音声で男が吠え、殺気を膨れ上がらせる。その圧力だけで、常人なら失神しそうなほどの威圧感だ。
しかし、ライル殿の視線はアレクシウス殿下に向けられたままで、その男の方を見ようともしない。ことさら無視しているという様子でもなく、本気で気がついてないのではないか? という感じだ。
その様子に鼻白んだ男が焦れたように吠える。
「……無視か。いいだろう、ならばそのまま細切れにしてやる!」
そう言い捨てるや否や、男が双剣を振りかぶると、瞬時に突進の構えを見せた。
そこで初めてライル殿の視線がスッと男に向けられた。
その瞬間、男の動きがピタリと止まる。
男が驚愕した表情を浮かべる。顔に入れられた赤黒い術印は先ほどまでの光を失い、見開いた黄色い瞳と頭上に差し上げられた両剣が微かに震えている。
「……な、ぜだ……? 動けな、い……」
脂汗を流しながら呻くように呟く男を見て、私は咄嗟にライル殿が金縛りの魔法をかけたのかと思って見るが、そんな様子はない。彼は黙ってその男を見ているだけだ。その瞳は男に対する怒りや憎しみの光はなく、先ほど殿下を見ていた時と変わらない。
それを見て私はざわりとした違和感を感じた。
(私にはライル殿がなにを考えているのかが全く分からない)
人間と人間は、それが友好関係であっても敵対関係であっても、そこに共通した認識がある。その基本的な認識が互いにあることが、全ての関係の元になっている。しかし、いま目の前にいるライル殿にはそれが感じられない。善意も敵意も、敬意も害意も、ありとあらゆる人間関係の基盤となる感情が見えないのだ。
そんなことは初めてだった。密偵としての最も基本的で重要な技術は、相手のわずかな表情の変化や仕草から相手の感情を読み、なにがしたいのか、なにを避けたいのかそしてなにが聞きたいのか……、そういったあらゆる意図を読み取ることだ。
私はそうした相手の感情を読む能力については強い自負を持っている。だからこそ敵対勢力であるアウレリアのフォルカーとの関係を作ることができた。しかし、いま目の前にいるライル殿がなにを考えているのかをその表情から読み解くことが全くできない。それどころか覗き込もうとすればするほど、泥沼に嵌まったように、読めないこと自体が恐ろしく、心が自縛してしまうのだ。
(ライル殿、あなたは一体、何者なのだ……)
(第九十七話 了)
こんにちは、佐藤峰樹です。
今回は少しドルゴが不憫に思える展開ですね(笑)。でもエリオットがライルに感じた「コミュニケーションできない」という感覚は、武術では前提となる、とても大事感覚です。理解できる、ということは、暗黙のうちに共通する土俵を作っていることになるので、その土俵での戦い方に精通している方が有利になります。逆に言えば、上手な人でも相手の土俵に乗って仕舞えば実力を出せずに終わることもあるでしょうし、腕に劣る側でも、うまく相手を自分の土俵に上げてしまえば勝つ確率が上がるわけです。
いつもお読みいただいている貴方に感謝します。物語はまだまだ続く予定ですので、著者のモチベーションを上げるブックマークに登録していただけると嬉しいです!
次回は明日の12時前後の更新を予定しております。お会いできることを楽しみにしています。




