第九十七話:鎮魂の舞と黒い繭【前編】
(ライル殿は何をしているのだ!?)
私は背負っていた鞄から急いで風眼を取り出すと宙に放つ。投影された魔石版には、周囲を異形のゴーレムたちに囲まれたライル殿が映し出されていた。
右手に鈍く光る刃引きの刀を抜き放った彼は、微動だにせず、無数のゴーレムが作る円の中心に立っていた。ゴーレムたちも即座に襲いかかることなく、何かを待つように静かに佇んでいる。
しかし、その静寂は一体の苦しげな咆哮によって破られた。それに釣られたように、他のゴーレムも唸り声を上げると、飢えた獣のごとくライル殿へと殺到する。
(殺される!)
そう思った刹那、ライル殿の体が独楽のように反転すると、刀が一閃した。その刃はおよそ紙一重の空間を残してゴーレムに触れることなく振り抜かれる。不思議なことに、刀が振られた軌跡が銀色に輝いて宙に残っていた。
トン
と踏み出した足音が再び奇妙に響く。と同時に、一閃されたゴーレムが白く輝き、次の瞬間、乾燥した砂のようにサラサラと崩れ落ちた。
(なんだ、これは!?)
次々に殺到するゴーレムを相手に、ライル殿は円転無窮の動きで刀を振り続ける。常に同じ場所に留まることはなく、わずかな体捌きで相手の力をいなし、回転し、捌きながら刀を自在に振り抜く。彼の手に握られているのは、なんの変哲もない刃引きの刀のはずだが、いまや刀身が神秘的な光を放ち、一振りごとに「シャラン」「ヒュン」という涼やかな音が鳴る。
そしてその一振りごとに、ゴーレムが発光し、浄化された真砂となって消えていくのだ。
気がつくと私の周りには(王の影)の面々が集まり、私が手にしている魔石版を食い入るように覗き込んでいた。
「……クルス殿、彼が何をしているのか分かりますか?」
「分かるわけがありません……」
クルスは魔石版を見つめたまま、惚けたように答えた。
少なくともわけが分からないのは自分だけではないことが知れて、私は奇妙な安堵を覚えた。そんなこちらの様子に関係なく、魔石版の中のライル殿は澱みなく動き続けていた。その動きは時に小さく、時に大きく、相手の動きに合わせて千変万化する。どんなに間合いが窮屈そうに見えても、体の変化で振るわれる刀には不思議な余裕があった。時に刀は鞘へと戻り、再び抜刀され空を斬る。
見ていると動き自体は単純で、足の運びを見れば幾つかの基本の組み合わせのようだ。ただそれが全く定型化されておらず、次の瞬間どう動くのかが分からず目が離せない。不思議に清涼感のある動きだった。
トン、トン、ヒュン トン、トン、シャラン
足音と空を斬る剣風、そして納刀と抜刀の響き。その度にゴーレムが輝き、砂の塊へと変わり散っていく。
やがてゴーレムたちの動きにも変化が起きた。最初は襲いかかろうとしていたものが、いまではライル殿が作り出す光の輪に自らの身を捧げるようになっていた。
(まるで救いを求めるようではないか……)
それはもう戦いではなかった。刀身が宙を疾るたびに生まれる幾筋もの光の軌跡を纏いながら、ライル殿が動き続ける。刀が振られるたびに、ヒュン、ヒュンと、笛のような、あるいは鈴のような涼やかな音が響く。その音が地下空間に反響し、重なり合って、不思議な旋律を奏で始めていた。
私の記憶の底にある何かが、激しく刺激される。
「まるで舞っているようだな……」
クルスの呟きに、私は幼い頃、故郷の村の祭りで見た光景が蘇る。篝火の前で、神官が鈴のついた剣を振り、五穀豊穣や安寧と共に死者の魂を慰めるために舞っていた――。
「これは、神楽舞だ……」
そう気づいた時、ライル殿の動きが一層早く、そして滑らかになった。風切り音が次第に高く、澄んだ音色へと変わっていく。そして再び、流れるような納刀からの抜刀。
シャランッ
共鳴によって一際大きく、清浄な音が響き渡った瞬間、ライル殿の周囲にいた複数のゴーレムたちがまとめて強く輝くとサラサラと崩れ落ちていった。
「な……ッ!?」
一同が唖然と見守る中、ゴーレムが崩れゆく際に、黒い霧のようなものが抜け出し、それが白く変わって天井の方へと霧散していく。それはあたかも、捕らえられた魂が檻から救済された際の、安堵の吐息のように見えた。
物理的な破壊でも魔術的な攻撃でもない。ただ、刃引きの刀とライル殿が生み出した「音」と「舞い」が、彼らを縛り付けていた因果の結び目を解いたのだ。
私は魔石版を握りしめたまま、その光景に立ち尽くしていた。
(いま、ここで行われているのは葬送だ……!)
恐らく土塊の中に閉じ込められ、狂わされていた魂たちを、あるべき場所へ送り返すための儀式なのだ。
やがて最後のゴーレムが砂となって崩れ落ちると、地下空洞には静寂だけが残った。
舞い上がっていた白い霧も、天井の彼方へと消えていく。
ライル殿はゆっくりと刀を納めた。 カチン、と鍔鳴りの音が、儀式の終わりを告げる鐘のように響く。
その音は、憑かれたように魔石版を凝視していた私たちの意識を現世へと引き戻した。
「……いまのは?」
私がようやく放った問いに、ライル殿はこちらを振り返った。その顔は汗ひとつ浮かんでいない穏やかなものだった。しかし、瞳の奥にわずかに悲しそうな色が揺れていた。
「滞り、行き場のない魂たちに、行くべき所を知らせただけです」
「あの舞は、何なのですか? 私の故郷の……東方の神楽舞に似ているように見えましたが」
そう私が尋ねると、ライル殿は少し驚いたように目を丸くした。
「似ているのですか? ……ただ、私にも分かりません」
「分からない?」
「はい。体が勝手に動いただけで……」
「ではさっきの舞はあなたの師匠に教わったものではないのですか?」
私が重ねて問うと、ライル殿は少し困ったように笑った。
「ギデオン殿からは『師匠は、東の国に関わりがあるのでは』と聞きましたが、私は舞を教わったことはありません」
「では、なぜ……」
「ただ……師匠は、こう言っていました」
ライル殿は、崩れ落ちた土の山を見つめながら、師の言葉を反芻するように言った。
「『舞も、剣の形も、本来は定まったものなどない。水と同じで、その時々に変わるのが自然だ』と」
「……変わるのが、自然」
「はい。そして『それを後の者が学ぶ時に、その形だけを捉えて固定しようとする。やがてその器からは、魂が失われる。……だからお前には、形は教えん』と。ですから先ほどの私の動き自体は、師匠に教わったものではないのです」
ライル殿の言葉に、私は静かに戦慄した。
形のない教え。それこそが、彼があらゆる状況に対応し、見たこともない「理」を体現できる理由なのか。
「……凄いものだな」
私が呆然と呟くと、ライル殿は首を振り、前を見据えた。
「エリオットさん、急ぎましょう。……まだ、終わったわけではありません」
「あ、ああ……そうですね」
私たちは、白い真砂となったゴーレムたちの間を抜け、さらに奥へと進んだ。
その先には、この地獄を作り出した元凶と、囚われた王太子が待っているはずだ。
こんにちは、佐藤峰樹です。
今回、ライル、というか師匠が型について語っていることは、型稽古の負の面についてです。一方で型稽古の良さもあるのも当たり前です。というか、型稽古がなければほとんどの武術は道統が途絶えていたでしょう。要はどう捉えるかということなのですが、それはまたいずれ誰かの口から語られることでしょう。
さて平日初日の本日、お読みいただいた方に心から感謝いたします。月曜日から金曜日、またお付き合い頂ければ嬉しいです。お付き合いのついでに、ブックマークに加えていただければ幸いです!
次回は明日の12時前後の更新を予定しております。お会いできることを楽しみにしています。




