第九十六話:沈黙する魔女と、深淵を駆ける者【後編】
(……ッ、これは)
それはライル殿の後を追って第三層へと足を踏み入れてから暫くしたところだった。元々自然にできた鍾乳洞に古の遺跡を接合した構造のせいか、施設の一部には俄かごしらえの不格好な箇所があった。しかし、いま壁面を這う大小様々な管や、それらを統御する様式は間違いなくタイドリアの物だった。いずれも慢性的に不足している魔力を補うために、坑道の奥深くにある魔石から効率よく魔力を抽出し、地上の施設へ無駄なく供給すべく工夫が重ねられた、私の祖国の基幹技術だ。
これではっきりした。ここにいる奴らは、タイドリアの優秀な魔術師を攫い、その技術を自分たちの歪んだ目的、――古のゴーレムの再生に利用しているのだ。
猛烈な怒りが湧き上がるのと同時に、そんな自分に驚いた。
私が学んだ密偵を育てる機関では、必要に応じて敵国の人間に成り済ます必要がある事から、国を愛するということについても、一般の兵士とは一線を画す次元のものが要求されていた。それは、必要とあれば敵の前で自国を罵倒することも厭わず、より深いところで自国の利益となるべく作戦の成功を第一に優先することだ。
したがって生理的な愛国心を意図的に隠蔽するための訓練さえある。具体的には教師を相手に、タイドリアの問題点を論じたり、あえて敵国の視点に立って自国の正当性を否定する論理を組み立てさせたりといった、極めて冷徹な思考訓練だ。むしろそこでは無条件の忠誠が理性を曇らせることは、忌むべき脆弱性と捉えられていた。
(もっとも、俺はその中でも規格外の「非国民」だと言われてきたのだが……)
そう自認する私でさえ、この光景には心底腹を立てていたのだ。
(魔力の滴は、命の滴)
子供の頃からそう教えられてきた身には、この無骨な蛇の塊のような管に、どれほどの先人たちの犠牲や労力が費やされているか、どれほど我々の生活の礎として尊いものかが骨の髄まで染み付いているのだ。
(こんな所で祖国愛を再確認するとは)
苦笑いへと変わった憤りを胸に仕舞い込み、改めて前を進むライル殿の背中に視線を戻す。
事前にイザベル殿より渡されていたアウレリアの遮蔽布で背景に溶け込んでいるが、その足取りには無駄がなく、何よりもこの緊急事態においても「急ぎすぎていない」ことに驚く。それは、私やアウレリアの(王の影)たちが歩調を合わせるのに最適な、計算し尽くされた速度だった。息一つ乱さず、足音一つ立てず淡々と進んでいる。途中数人の警備兵と遭遇したが、いずれもライル殿が一瞬で昏倒させていた。
(底が知れない男だ)
そう思うと、先ほどまでの怒りが薄らぎ、自然と口元に笑みが浮かんでくる。これから何を見せてくれるのか楽しみだった。
やがて開けた空間に出た。
その広さから、そこが何か巨大なものを建造するための区画であることが察せられた。自然と私の背後に続く(王の影)たちの間にも、ぴりりとした緊張が伝わってきた。
「それ」が襲ってきたのは、その直後だった。
現れた瞬間、鼻を突いたのは古い鉄が錆びたような臭いだ。床に埋め込まれた魔石の光が、蠢く泥の塊を照らし出した。
「グア……ゥ、アア……」
呻き声ともつかない異音を発しながら、四方八方からゴーレムたちが迫ってきていた。だが、これまで見てきた個体とは明らかに様子が違う。
形が定まっていないのだ。
人型ではあるものの、腕が四本付いていたり、頭部が二つ重なっていたり――。 中にはヌルヌルと融合と崩壊を繰り返すものもいた。
「ヒュ、ヒィー」「ヒィヒャ……」
声にならぬ声を漏らすその姿は、一様に気味が悪い。
「……失敗作、ですか」
私が呟くと同時に、数体のゴーレムが牙を剥いた。
先頭の個体が腕を鞭のように伸ばしてくる。 私は即座に懐から数枚の魔術符を取り出し、風の刃を生成しようとした。
「エリオットさん、駄目です」
ライル殿はそう言うと、私と(王の影)の面々を鋭く制した。
「皆さん、防御と回避に徹してください」
(何を言っているのだ!?)
恐らくその場にいた全員がそう思っただろう。しかし、ライル殿の口調には有無を言わせぬ響きがあった。思わず見返したその横顔には、恐怖も、闘志さえも見当たらなかった。そこにあったのは静かな、微かな悲しみだった。
「来るぞ!」
クルスの鋭い警告と同時に、ゴーレムが巨大な拳を振り下ろしてくる。
私はとっさに魔術符を展開し、障壁を張った。だが、ライル殿は避ける素振りすら見せなかった。
ドォン!
衝撃音が地下空洞に反響する。
ほとんど動いていないように見えたライル殿は紙一重、本当に皮膚一枚のところで拳を躱していた。いや、躱したというよりは、流れる水が石を避けるように、彼自身が泥の流れに同化して位置を変えたように見えた。
(嘘だろう!?)
驚愕に目を見開いたが、思考を巡らせる余裕はなかった。あまりに敵の数が多すぎるのだ。必死で応戦しているのは私だけではない。(王の影)の連中も、防御術式やそれぞれの得物でなんとか凌いでいるが、このままでジリ貧だ。
ライル殿を見ると、五、六体のゴーレムに囲まれていた。彼はまだ剣すら抜かず、回転を伴うほんの僅かな体捌きで攻撃を無力化し、あろうことか敵同士の相打ちを誘っている。
「な……何を遊んでいるのですか、ライル殿!」
私は苛立ちに任せて叫んだ。一瞬、彼は私を見た後、ゴーレムの包囲網のわずかな綻びへと滑るように抜け出すと、囲みを突破して駆け出した。
(一人で逃げたのか!?)
最悪の疑念が頭をよぎる。しかし、ライル殿は少し開けた場所まで走ると、そこで我々を振り返った。
そして、軽く片足を上げると、力強く床を鳴らした。
トンッ
硬質な音が地下空洞の床を伝い、腹の底を揺さぶった。
その音に呼応したかのように、暴れていたゴーレムの一部が動きを止め、ライル殿の方を向く。
(何をするつもりなんだ!?)
ライル殿が、再び足を踏み鳴らす。
トンッ
再び不思議な残響を持った音が耳朶を打つ。すると、残っていた全てのゴーレムがぴたりと静止し、吸い寄せられるようにライル殿へと歩き出した。いまや彼は、何重もの不気味な泥の壁に囲まれている。もはや逃げ場などどこにもない。
(まさか、自分を囮にする気なのか?)
その時。
シャラン
という音が鳴り渡った。それは、ゴーレムの壁の向こうで姿の見えぬライル殿が、静かに刀を抜いた音だった。
こんにちは、佐藤峰樹です。
今回はエリオット目線の進行となります。ライルという新しい観察対象を見つけて嬉しそうなエリオットを頭に浮かべて書いてみました(笑)。
ありがたいことにブックマークが堅調に伸びていて、遂に98まで来ました! ポチってくださった皆さまに心から感謝します! あと二つで悲願の100。どうぞ記念の99番、100番を押していただければ嬉しいです!
※なんて書いてたら96になってました! まあ、世の中そんなもんですよね(笑)。まだまだ続きますので、また気がついたらBMに加えてください。
※とかいたら一つ増えて97に。ありがとうございます!
どなた様も、次回は月曜日12時ごろの更新となりますので、忘れないようにこの機会にブックマークをお願いします。




