第九十四話:逆転の転送座標【前編】
今回は前話の少し前に遡ります。
いま、この私を縛っているのは、アウレリアが誇る魔力抑制の鎖だ。あの森でライルとかいう男に昏倒され、気がついたらこの独房に入れられていた。
さすがは古代魔法を道統にするだけあってアウレリアの対魔法技術はなかなかのものだが、如何せん古過ぎだ。独房自体に張られた魔法結界自体の解析はほとんど終わっていた。だが、この鎖については残念ながらまだ解ききれない。恐らく古代魔法の術式に改良を加えているのだろう。誰がやったか知らないが、天才の私をして評価するに値する作品だ。
それに比べて、目の前にいる二人はなんともお粗末な奴らだった。
女の方は、セレスティアと名乗り、自分がルナリア・アークライトの姉だと言った。確かに資料で見たルナリアにそっくりだ。腕の立つ剣士だとあり、リヴィア誘拐の際に、あの男と共に私の邪魔した一人ではあったが、所詮は腕力頼みのつまらない人種で、私のような魔術師から見れば、不細工な木偶の坊にしか見えない。
さらに酷いのは、その女騎士と共にやってきたカインとかいうガキだ。どうやら魔法学校の生徒のようだが、あまりにも魔力が弱すぎる。ガロン様が近年の魔力の低下を憂いていたが、このガキを見ると納得できる。これが魔法使いを名乗れるとは……世も末だ。やはりアウレリアは我らが魔法帝国によって統治され、再教育されなければならない。
それにしてもこいつらは本気で私から何か情報を引き出せると思っているのか? だとしたら相当おめでたい奴らだ。仮に私が何か喋ろうとすれば、ガロン様から賜った「舌命の術式」によって死ぬだけだ。それに触れず、私の意思を無視して喋らせるには実力が不足している。これまで色々な奴が来て、精神操作や拷問を課してきたが、精神操作は脆弱なつまらないもので、拷問は痛覚の遮断をしている私には無意味だった。あまりにも緩すぎて期待外れだ。
挙句に騎士と魔法使いを名乗るゴミ。しかもどちらも私の名前を覚えられないほどの無能だ。
「答えなさい、ヴァスル! ルナは、妹はどこへ連れ去られたの!?」
女騎士が鋭い声を張り上げた。だが、その呼び名を聞いた瞬間、私の眉間がピクリと跳ねる。
「……ヴァイスだ、この無才の剣士め。貴様、人の名を覚える知能すら持ち合わせていないのか?」
私は不快感を隠さず吐き捨てた。剣士風情がこの私の名を間違えて呼ぶなど不敬も甚だしい。捲土重来を果たした際には、思うがさま嬲りものにしてやる。
「そうだったわね、ヴェルス。そんなことはどうでもいい。ルナの居場所を答えなさい!」
このクズ女! (必ず殺す)と思いながら睨め付ける。その私の視線に慄いたのか、隣のガキが小さく(ヒィ)と声を出し銀縁の眼鏡を直す。女がチラリとガキを見る。
「どうしたのカイン? 変な声を出して」
「い、いえ、……。拘束されているのに、凄い魔力の圧で……」
そう言うガキの口調には、わずかに畏敬の念が感じられる。無理もない、こんなゴミのような魔力しかない者にとって、私の魔力は眩しく映るのが当然だ。
「そうなの?」
女はガキの言うことが分からないようで小首を傾げると、
「やりにくいから変な声を出さないで。貴方は私の手伝いのためにここにいるのよ。邪魔をしてどうするの!?」
「も、申し訳ございません、セレスティア様!」
女の鋭い叱責にカインと呼ばれたガキが身を縮こませる。どうやらこの女は魔法使いのことをあまりよく思っていないようだ。まあ無理もないだろう。こいつの妹はガロン様をして天才と呼ぶルナリア・アークライトだ。そんな妹を持つ姉という立場を考えれば、魔法に対して思うところもあるだろう。
そう考えた時、これは使えるように思えた。
「……お前の妹ルナリアは天才だ」
女は少し驚いた表情で私を見ると、ややあって返事をした。
「……そうよ。ルナは天才魔法使いよ」
「悔しくはないのか? 同じ双子で妹は天才で、姉は無能な剣士ということに?」
紫水晶の瞳に、怒りと同じくらいの痛みが走るのが分かった。
「な、何を言っているの!? ルナはルナ、私は私! 進む道が違う妹にそんなことを思うわけがないじゃない!」
「果たしてそうかな? 私がお前の立場ならとても耐えられないな。自分と同じ顔をした妹が魔法の天才として大陸に名を馳せ、アウレリアの至宝と呼ばれている。それにお前の父ギデオンはいま北へと向かう騎士団を率いる総大将であろう。その娘であるお前はいまここで何をしている?」
「なっ……」
女が唇を噛んで私を睨みつける。その様子を見た隣のガキが、私と女の間に視線を彷徨わせている。女はそれに気が付かない様子で、一度開きかけた口を閉じると、ようやく反撃の言葉を見つけたように口を開く。
「お前にそんなことを言う資格があるのヴァルス? お前を捕らえたのはその私なのよ?」
私はその答えにせせら笑った。
「何を言っているのだ、お前は? お前はあのリヴィアという小娘を私の泥人形から救っただけで、私を倒したわけではない。それはあの男の仕業ではないか。もちろんそれもあの男の実力ではなく、まぐれに過ぎぬが、少なくともお前一人ではどうにもならなかったはずだ! お前は間の悪いところに飛び込んだ無能な剣士に過ぎぬ! 身の程を知れ!」
女の顔が真っ青になった。私は自分の一言一言が女の肺腑に刺さるのが分かった。
「そもそもお前はここに来てから妹の居場所を聞くだけではないか。本気で私が答えるとでも思っているのか? 本気で私に喋らせたいのであれば、もう少し策を講じるだろう」
机の上で組まれた女の手が震えていた。
「……思うに、お前は本気で妹を探す気などないのだ。むしろ目障りな妹がこのまま消えればいいと思っているのだろう。ここで私を相手にこんなことをしているのも、世間体を考えた演技なのではないか?」
そう言った瞬間、女は腰の剣を抜き払い、その切先を私の喉笛に突きつけた。
私は眉ひとつ動かさない。この女が私を殺せないのは知っている。できるのはせいぜいこの程度のコケ脅しだけだ。美しい瞳を憎悪に歪ませて喉に剣を突きつける女の姿はなかなかの見ものだ。いずれ私がこの女に加える復讐のことを考えるとゾクゾクする。
ガタン
という音を立てて椅子が倒れる。隣のガキが驚いて立ち上がったのだ。オロオロした様子のガキはそれでもなんとか女を止めようとする。
「セレスティア様、お、落ち着いてください。殺してはいけません」
それでも紫水晶の瞳は私を見据えたままだ。しかし、私は剣先が小さく震えていることに気がついていた。
(図星なのだ。この女は妹のことを妬み嫉妬している)
隠しても隠しきれない負の波動が女からは匂った。
バタン
という音と共に、独房の扉が開き護衛の兵が二人飛び込んできた。
「セ、セレスティア様! 何を一体!」「おやめ下さい! どうぞ剣をお引き下さい!」
そこでようやく女は剣をゆっくり鞘へと戻した。その間も、その瞳は私を見据えたままだった。
「セレスティア様……」
女は呟くように話しかけるガキを見ようともせず、立ち上がると、
「少し頭を冷やしてくるわ」
と言い捨てて扉へ向かう。私はその背中に向かって、
「妹想いを語る俗物め、お前の考えていることなど天才の私には全てお見通しだ!」
と声をかける。一瞬、女の足が止まった。
「それと私の名前はヴァイスだ! その見栄えのいいだけの頭に入れておけ!」
バタン
と扉が閉まった。飛び込んできた衛兵も女と一緒に出て行ったので、いまこの独房にいるのは、私とガキだけだ。
(準備は整った)
知らず知らずのうちに自分の口角が上がってくるのを感じていた。
こんにちは、佐藤峰樹です。
今回はヴァイス視点です。
平日更新ですので今週はこれで終わりです。気になる続きは月曜日までお待ちください。
忘れないように、この機会にブックマークと評価をお願いします!
いつもお読みいただいている皆さんが、いい週末を過ごされますよう!
次回は月曜日の12時前後の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




