第九十三話:深淵の静寂と影の咆哮【中編】
重厚な石の扉が内側へと弾け飛んだ。粉砕された石の破片が乾いた音を立てて床を転がる中、私は真っ先に室内へと踏み込む。
部屋の中央には複雑な術式が刻まれた円形の祭壇があり、その中心の虚空に彼女はいた。
「ルナ……!」
私の喉から、獣のような低い唸りが漏れた。
ルナは祭壇の真上の空間で、両腕を木の蔦のようなもので縛られぐったりと宙に浮いている。左の腕には私が渡した銀のブレスレットが見えた。近づいたことによる共振だろう、私の左腕に着けているブレスレットがビリッと震えた。
彼女が身に纏っているのは、検体として扱われていることを示す、薄い白いローブ一枚きりだった。魔力を無理やり抽出されている苦痛のせいだろう、ぐったりと力なく宙に浮かぶその姿は、少し小生意気で、魔法が大好きで、生きることが楽しくて仕方がない天才少女の面影を失っていた。深く項垂れたその顔から表情は伺えず、私に魔法のことを話す時にキラキラと輝く金色の瞳は見えない。
彼女の尊厳を、その美しさごと蹂躙し、醜悪なゴーレムの「炉心」という道具に貶めようとする者たちの所業に、私の中の何かが弾けた。
「侵入者だ! 殺 」
部屋の隅に控えていた黒いローブの術者の一人が、その言葉を最後まで言うことはできなかった。それよりも早く、抜き払った私のレイピアがその男の顔を横に薙ぎ払い、上顎から上半分が壁に向かって飛んでいった。驚いた表情を浮かべた右隣りの男の顔面を下から真っ直ぐ斬り上げると、そのまままだ反応できていない左の男の喉を突き刺す。
ようやく何が起こっているのかが分かった女が、杖を持つ手に力を込めた頃には、私のレイピアがその手首の内側を浅く斬り鮮血が上がった。目の前の現実が信じられないのだろう、「ヒィッ」と息を呑んだ女が、溜まった息で絶叫を上げる前に喉を断ち斬る。凄まじい鮮血が吹き出しているはずだが、次の獲物を探す私の目はそれを映すことはない。ルナが吊るされている祭壇の方へと向かう。
あまりの惨状に魔術を唱えることも、ルナを人質に取ることも忘れたのか、丸坊主の中年男が、「まっ、待っ 」と命乞いの声を上げかけたが、これも首を薙ぎ払い最後まで言わせない。立ったまま吹き上がる男の血を軽く避けながら、さらに祭壇へと近づく。
「イザベル様……!?」
背後から追いついたアレスの声に視線を向ける。彼の目には驚愕が浮かんでいた。それはこの凄惨な光景への驚きではなく、私がこの数年、騎士団という光の世界で隠し続けてきた『本来の姿』を認めたからだろう。
そう、私はこういう人間だったのだ。
(王の影)の長の娘として、私は必要以上に完璧に、凄惨に仕事をしてきた。二十歳で騎士団に入って以来、私は自分の中に育っていたこの怪物を抑え続けていた。いつしか騎士という光の世界で、私はそれを飼い慣らせていると思っていた。
だが、それは違った。
私の中に怪物はいた。
そしていま知った。
ルナを失った私は、容易に怪物になれる。
「この部屋にいる者は一人残らず殺せ」
ルナをこんな姿にした奴らは無論、こんな姿の彼女を見た者を生かしておくわけにはいかない。
一瞬息を呑んだアレスが黙って頷くのを見て、私は再び仕事に戻った。
祭壇の周りにいた残りの四人を始末するのにはそれほどの時間は掛からなかった。むしろ手こずったのは腰を抜かした奴らだ。
「あ、悪魔……貴様、それでも騎士か……!」
狂信者たちが悪魔だと? 嗤わせる。
「私は――王の影だ」
震える男の右目にレイピアを刺し通す。それを最後に部屋の中で動く者は私たち以外誰もいなくなった。
改めてまだ宙に吊るられているルナを見る。
早く下さなければ! と祭壇の奥にある、赤い魔石が埋め込まれた制御盤のようなものに駆け寄ろうとした時、壊れた扉の向こうから、一人の女が姿を現した。プラチナブロンドの髪を揺らし、灰色の瞳に冷笑を浮かべた女――それが報告書にあったルナが攫われた現場にいた女魔術師だと、すぐ気がついた。
彼女は部屋の中の凄惨な様子を見ると、
「あら……随分と過激なのね。でも、その至高の素材はもう私のものよ」
プラチナブロンドに灰色の瞳、そして白い肌に紅い唇。この女が報告書にあった、ルナの誘拐犯――ネネトだ。私の中の怪物が猛烈な怒りと同時に、新しい獲物に舌なめずりをしているのを感じていた。
こんにちは、佐藤峰樹です。
今回は初めての中編です。まとめてもいい気がしたのですが、テンポとシーン展開を優先して切らせていただきました。実はイザベルの過去についてかなり書いたのですが、こちらもテンポが悪くなるので大幅にカットしています。なかなか重いな内容なのですが、いずれまた改めてご紹介できればと思っています。
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次回は明日の12時前後の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




