第九十三話:深淵の静寂と影の咆哮【前編】
地下遺跡「竜の喉」第二層。石灰岩を削り出した古代の遺構は、いまでは『深淵の盟約』の心臓部へと作り変えられている。 通路の壁はそれ自体が青白く不気味に輝いていた。エリオットが言った通り、この施設は魔力の含有量が多い岩をくり抜いて作られたことによるものだろう。その冷たい光に照らされ、私を含めた六人の影たちが音もなく回廊を進んでいく。全員、周囲の風景を映す魔法の籠められた遮蔽布を身に纏っているので、その姿はほとんど見えない。
私は通路の角に差し掛かると、静かに右手を上げた。背後に続くアレスら五人の精鋭たちが、一糸乱れぬ動作で壁の陰へと身を潜める。
私は指先に極小の魔力を集中させ、空中に素早く光の記号を描いた。 『前方に熱源なし。直進せよ』 空中に浮かんだ淡い光の線――魔法速記。特定の周波数に魔力を同調させた私たち(王の影)の隊員にしか見えない符牒で、数秒で初雪のように霧散する。痕跡を辿るのは極めて難しい、我々(王の影)独自の技術だ。
(……静かすぎますな)
音もなく横に来たアレスが顔に掛かった遮蔽布を捲ると、唇の動きだけで私に伝えてきた。一瞬、以前使ったルナ製の発信機があればと思った。そんなことを思い出しながら頷いて応える。この様子だと、主力の魔術師たちは第三層に集まっているのかもしれない。もしそうなら……、すでに新造ゴーレムの開発が進んでいることになる。
(あるいはルナと殿下はもう第三層に移動しているのか……)
エリオットの風眼から得た構造図によれば、居住・執務区に当たるのがこの第二層で、二人が捕えられている可能性が高いと踏んで来たのだが……。本来ならいるはずの警備兵の姿はおろか人影がほとんどない。
私は左腕をまくり銀のブレスレットを確認した。 ルナと一対で持つ、私たちの繋がりを示すこの魔道具。中央に埋め込まれた魔石は、数刻前から急速に黒く濁り、不気味な脈動を繰り返している。 それは彼女の命が危機に瀕していることを表していた。私自身、残された時間はあと四日しかない。その間に北伐へ向かう軍隊に帰還できなければ、軍法会議にかけられ、騎士団で自分がこれまで積み上げてきた全てを失う。
私は焦る気持ちを抑えて、再びエリオットから渡された構造図に目をやる。目の前の通路を右に行けば広めの部屋があり、左に行けば少し長めの回廊の先に幾つかの小部屋がある。左の小部屋が牢屋であると考えられたが、ルナや殿下がいまそこにいるかは分からない。ブレスレットの魔石が急に濁り始めたことを考えると、ただ閉じ込められているだけではなく、何かが彼女の身に起きていると考えられる。だとしたら……。
私は魔法速記を空中に走らせる。
『目標、右、大部屋。強襲』
気配で後ろに控える全員が同意したのが分かった。私たちは別れ道を右に曲がり突き進む。通路の壁や床などの表面は加工されているが、元々自然の鍾乳洞に作られたもののため上下左右にうねり、まるで生き物の内臓を進んでいるようだ。エリオットが侵入に使った縦穴のことを「竜の喉」と呼んだ時には無駄なセンスだと思ったが、いまなら同意できる。確かにこれは竜の体の中を行くようだ。
緩く左へ曲がっている通路の先に巨大な石造りの扉が現れた。さすがにここは無人というわけにはいかず、護衛の兵士が二人立っている。
相手からは見えない位置でアレスと他の四人に目配せをする。速記も無言の会話も必要ない。
私は軽く頷くと無音で石畳を滑るように護衛の兵へと近づく。遮蔽布は万全ではない。注意深く見れば、布に写った背景の歪みに気がつくだろうが、彼らは気が付かなかった。私は最短の踏み込みで右側の衛兵の懐へと滑り込み、短剣の柄で顎を正確に打ち抜いた。
ガッ
という短い音。悲鳴を上げる間もなく衛兵が崩れると同時に、左側ではアレスがもう一人の口を塞ぎ、急所を突いて昏倒させていた。素早く後ろから近づいて来た四人が、倒れた兵士を抱き抱えると猿轡をして動けないように縛り上げた上で床に寝かせる。
私は扉の表面に手をかざした。内側から魔力の脈動が伝わってくる。
(この中にルナがいる)
掌から伝わる魔力には、間違えようのない、ルナの魔力の波長があった。
アレスが素早く扉の外に残る二人を選び、私を見る。
それを確認して私は掌に集中する。ここから先は隠密でやる必要はない。こちらで騒ぎを起こせば、エリオットやライルの潜入の助けになる。
それに正直にいえば、もう我慢できなかったのだ。ルナを失ってからここまでずっと我慢していた感情を押さえつけることに。父上が聞けば苦笑するだろう。私は影の者としては弱く、脆くなったのかも知れない。だが構うものか。
(ルナを傷つけた奴らを、一人残らず殺す)
手の平に集まった魔力が発動する。(王の影)が使う「槌撃ち」だ。
ドガァン!!!
凄まじい爆発音と共に巨大な扉が内側へと倒れる。
私はそれより早く部屋に飛び込む。
「ルナ!!!!」
そう叫んだ瞬間、宙に吊るされたぐったりと項垂れている銀髪の少女の姿が目に入った。
こんにちは、佐藤峰樹です。
今回からはイザベル主観で潜入作戦の様子です。いよいよルナ奪還作戦も佳境へと向かっていきます。戦闘描写も激しくなりますのでお心構えを。
昨日午前様で帰宅。今年一番早起きして電車に乗っている、なかなか増えないブックマーク&評価に悩める著者に、愛のポチりを待ちしています!
次回は明日の12時前後の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




