第九十二話:紫水晶の来訪者と、ガラクタの「理」【後編】
「それで、これは何の役に立つのかしら?」
そう言ってセレスティア様が箱から出したのは、『「眠っている猫の夢」に同期する鈴』でした。
「あ、それはですね。その鈴の音の範囲で眠っている猫が見ている夢を、自分の夢のように見ることができるというもの……です」
最後の方の声が小さくなったのは、僕を見るセレスティア様の目が、ルナリア様同様に冷たくなっていたからです。それでも初対面の僕に気を使ったのでしょう、
「なんでそんな物を作ったのでしょうか?」
と優しく聞いてくれました。
「ええと、猫ってとても幸せそうに眠るじゃないですか? だから色々あった時に使うと、自分も幸せになるかな、と思いまして」
「……で、どうだったの?」
「ああ、ええとですね。意外に猫も大変なようで。最初は小魚を幸せに食べていたのですが、そのうちにとても大きな魚に追われて逃げることになって、こう手と足を、それで分かったんです。あの寝ている猫が、時々手足をピクピクさせたり、突然走り出したりするの、が……」
空気がキリキリと軋む音が聞こえた気がします。やはりこの二人は双子なのだと体感しました。
少し前から僕とセレスティア様は一緒に、いままでに僕が作った魔法具を何かの役に立たないかと引っ張り出していました。もちろん、ルナリア様のものの方がずっと強力で実用的ですが、そのほとんどが僕の魔力では動かないのです。
「セレスティア様、やっぱり僕の作った魔法具でどうにかなることではないと思います。そのヴァイスという男がどの程度の魔術師なのかは分かりませんが、土人形を使ったことや、襲撃を任されるという立場を考えると、相当な使い手だと思います。とても僕にどうこうできるような相手ではないでしょう」
ほんの半刻前まで、やる気に満ちていた僕ですが、いざ現実的に考えると、遙か格上の魔術師にかけられた魔法、つまりそれは、彼よりもさらに上位の者に望んでかけられた術を解いて口を割らせることができるとは思えません。そんなことが可能なのは、それこそルナリア様くらいでしょう。
我慢強く僕の作った魔法具の説明を聞いていたセレスティア様でしたが、さすがにいまの方向では難しいことが分かったようです。美しい瞳にも疲れが見えます。
「……確かにそうね。じゃあどうすれば……」
セレスティア様は力なく椅子に座り直し、深い溜息をつきました。その紫水晶の瞳には、大事な妹と殿下を救えない自分への焦燥が滲んでいます。
僕は、散らかった作業台の上で、説明し終えた「役に立たないガラクタ」たちを、元々入っていた古ぼけた木箱に戻そうとし始めました。その時でした。
ゴロンと木箱から真鍮製の歪な鈴が、床へと転がり落ち、
カラン
と、どこか収まりの悪い不協和音を奏でました。
「……?」
その奇妙な音色に、セレスティア様が顔を上げ、僕の足元で転がる鈴を見ると、無意識に僕の名を呼びました。
「カイン?」
不意に呼ばれた僕は、いつもの癖で、反射的に答えてしまった。
「――はい」
その瞬間、視界がぐにゃりと歪む。
めまいとは違う、世界全体の座標が無理やり書き換えられたような、強烈な違和感。気づいた時には、作業台の前に立っていたはずの僕は、数歩離れた壁際――セレスティア様が座っていた椅子に座っていたのです! そして、僕が立っていた作業台の前には、呆然と立ち尽くしているセレスティア様の姿がありました。
「え……? 私、いま、そっちにいたはずじゃ……」
セレスティア様が目を丸くして驚いています。その足元に転がっている鈴を見て、僕はようやく気がつきました。
「すみません! その鈴が原因です!」
「鈴?」
セレスティア様が怪訝な顔で自分の足元に転がっている不恰好な鈴を見ます。僕は慌てて駆け寄り拾い上げました。
「それは一体……?」
「これは、『『うっかり』を誘う呼び鈴』です。この鈴の音を聴いた者同士が、互いに呼びかけ合うと、お互いの『位置』が強制的に入れ替わってしまうんです。僕もすっかり忘れていて、箱から転がり出ちゃったんです。驚かせてしまってすみません」
「魔法……なのよね? でも、私はこれに抗うどころか、術の予兆すら感じなかった。あの子、ルナがよく言っていたわ。魔法とは本来、送り手と受け手の間に『魔法が起きる』という共通の認識があって初めて、歯車が噛み合うように成立するもののはずよ」
彼女の疑問は、正統な魔法教育を受けた者なら誰もが抱くものです。僕は銀縁の眼鏡を指で押し上げ、慎重に言葉を選びました。
「……セレスティア様、確かに基本的にはおっしゃる通りです。ですが魔法の『共通認識』には、当人が意識しているかどうかは関係ないんです。たとえば、遠くの者の姿を密かに映し出す『遠見の魔法具』を考えてみてください」
「遠見の、魔法具?」
「はい。映し出されている相手は当然、自分が観察されているなんて意識していません。でも、道具の作り手の魔力が、相手の意識下に直接働きかけ、強制的に『見られている』という反応を呼び起こすことで、盗み見るという行為を成立させています」
「相手の意識下に強制的に働きかけるの?」
「はい、そうです。ただこの鈴もそうなのですが、僕の作った魔法術式は魔石の性質にできるだけ合わせているので、本当にわずかな魔力で発動するんです。大きな力で無理やり意識を貫き通すのではなく、防御を意識しない程度の小さな魔力だからこそ、相手の意識下に滑り込ませることができる。だから……相手が魔法だと認識する前に、無意識の合意を掠め取って、結果だけを確定させてしまう、魔法の綻を突くようなものなんです」
「綻……。だから、相手が警戒するような『魔力の高まり』を感じさせないのね」
セレスティア様の瞳に鋭い光が宿りました。
「ただ魔石の性質に合わせる分、こちらの思い通りの物が作れない……」
僕がその言葉を言い終わる前に、セレスティア様の声が被った。
「カイン。これを使えば、あのヴァイスを嵌められるかもしれないわ」
「え? どういうことでしょうか?」
驚いて聞き返す僕に彼女は、目の前にその男が見えているような、静かな凄みを感じさせる口調で説明してくれた。
「古の魔法に傾倒しているあいつは、強大な魔力と高度な術式しか見ていないはずよ。……そんな奴が、無意識のうちに行う『呼びかけ』や『返事』の中にある微妙な魔力に気がつくわけないわ」
確かにそうだ。
初めて会った時にルナリア様が、「ハエが見る空と、鳳の見る空は違う」と言っていたけれど、この場合は、それが有利に働くのだ!
それは、天才ルナリア様が「魔法に対する侮辱」と評した僕の技術が、憎むべき魔術師を墜とすための武器へと変わった瞬間でした。後になってそれが、長く魔法史の中で君臨してきた魔力絶対主義への、ささやかな反抗の狼煙だったことに気がついたのです。
(第九十二話 了)
こんにちは、佐藤峰樹です。
今回はカインのポンコツ魔法具が開陳されました。研究室の空気を凍らせた『「眠っている猫の夢」に同期する鈴』。個人的にはとても欲しいのですが皆さんはいかがでしょうか?
「来週から土日の更新は休ませて頂きます」と書いた翌日が、祝日の月曜日という間の悪さに苦笑しつつの更新です。「平日更新」を謳ったのでお休みでも良いような気もしたのですが、なんか負けた感があってので更新しました(苦笑)。
そんな著者に、なかなか増えないブックマーク&評価をお待ちしています!
次回は明日の12時前後の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




