第九十二話:紫水晶の来訪者と、ガラクタの「理」【前編】
「あ、あなたは!?」
扉を開けるとそこには、僕の雇い主であり師であるルナリア・アークライト様と瓜二つの少女が息を弾ませて立っていた。違うのは夜の闇を溶かしたような黒髪を高く結い上げているのと、その瞳が綺麗な紫水晶色だったことだ。よく見れば服装も違う。ルナリア様は基本的に魔法学校の制服を着ているが、目の前に立つのは王国騎士団の制服を纏い、腰にはレイピアが下げられていた。
僕にはすぐに分かった。彼女がセレスティア様だということが。ご自分があまりにも優秀なため、基本的に他人に厳しいルナリア様だが、ご家族のことをお話しする時には、年相応の少女の顔になる。そんな時に話題になるのは、必ず双子の姉セレスティア様のことだった。
「セレス姉様は私と違って頭が硬くてね、意見が合わないこともよくあるのだけど、とても強い騎士なのよ」
そう話すセレスティア様への表情から、自慢のお姉様だということは知っていた。
「あなたはセレスティア様ですね?」
「そうです。あなたがカインかしら?」
僕はこくりと頷くと扉を開けて彼女を招き入れた。少し迷ったが、ゴチャゴチャと物がある一階のお店ではなく、地下の研究室に通すことにした。幸い防御術式はどれも発動せず、恐らくルナリア様が事前に登録されていたのだろう。
黙って僕の後をついて来たセレスティア様は、研究室に入ると驚いた表情で辺りを見回す。
「ルナから話は聞いていたけれど、これほど立派なものだとは思わなかったわ……」
こんな場合でも、まるで自分の研究室が褒められたようで、僕はちょっといい気分になった。とりあえず手早くお茶の支度をすると、ルナリア様専用の黒曜石の作業台の正面にある、僕専用の木の作業台に出す。どんな時でも掃除以外でルナリア様の作業台を触ることはできない。
少し落ち着いた様子のセレスティア様は、黙って出されたお茶を見た後、それには口をつけることなく僕を見た。
「 カイン。突然だけどあなたに手伝って欲しいことがあるの」
堰を切ったように話し出した彼女の話は、僕には俄かには信じられないことばかりだった。【深淵の盟約】を名乗る古のゴーレムの復活を狙う秘密結社の存在。そして彼らが、リヴィア王女とアレクシウス殿下をゴーレムの材料とすべく強襲をかけたというのだ。何より信じられなかったのは、ルナリア様が攫われたということだった! 聞けば一緒に同行した騎士を助けるために自分を犠牲にしたというが、それにしてもあのルナリア様を押さえつけられる魔力を持った者がこの世に存在するとは思えなかった。
「……あなたはどう聞いていたの?」
そう尋ねる彼女に、僕はルナリア様が姿を消してから、数日後にやってきた長身で金髪の女性の騎士様から聞いた話をした。それは、「ルナリア様は騎士団の仕事でしばらく王都を離れるので、その間は変わりなくここの店番をして待つように」ということだった。女性は名前をイザベルと名乗り、その口調は事務的で淡々としたものだったけれど、とても苦しそうなのが分かった。
僕の話を聞き終えたセレスティア様は、「そう……」と答えると、もう冷えてしまったお茶に目線を落とした。何を言っていいのか分からなかった僕は、黙って新しいお茶を用意した。
コトリと、お茶の入ったコップを置きながら、僕はようやく何を言うべきなのか見つけていた。
「……セレスティア様、それで僕に何を手伝って欲しいとおっしゃるのですか?」
その言葉に弾かれたように、紫水晶色の瞳が僕を見た。
「私をルナのところに連れて行って欲しいの」
「えっ!? で、でもどうやって!?」
彼女の話では、すでにライル様と数人の仲間が竜背丘陵にある、【深淵の盟約】の拠点に向かっているという。詳しい陣容は分からないが、その目的はルナリア様と恐らくアレクシウス殿下の救出であることは間違いないということだ。ただいまから馬で追っても間に合わない上、現状ではその拠点の正確な場所も分からないという。ここで噂のライル様という名前が出てきたことも気になったけれど、いまはそのことを尋ねられる雰囲気ではなかった。
「それじゃあ、手の出しようがないですね……」
「いいえ、一つあるわ」
それが【深淵の盟約】の魔術師、ヴァイスだった。ヴァイスはリヴィア様を嘘の手紙で騙し、森の離宮へ誘い出して攫おうとしたところを、セレスティア様とライル様の活躍で捕えられ、現在は城の牢屋で尋問を受けているという。その男なら、拠点の場所を知っているはずなのだが、いまのところ何も喋らず、あらゆる者を馬鹿にした態度だという。
「拷問にかけても平気で、精神魔法も受け付けなくて、困り果てているところなの」
そう言って彼女は再びお茶に目を落とした。
(魔法をかけられているんだ)僕はお話を聞いてそう思った。古の魔法にはそうした人の感覚や精神を支配するものが多く、主従の契約でも使われたと学校の古代魔法学の講義で習ったことがある。その時、僕は担任の教授に「魔法と呪いの違い」について質問した。担任はつまらなそうに「主観の問題だ」と言った。
「基本的に魔力はより強い者から弱い者へとかかり、効果も高くなる。かけた側にとっては魔法であっても、かけられた側から見れば、それがなんであれ呪いと言える。ただ、かけられた本人がそれを受け入れていれば呪いとは呼ばない。そういうことだ」
その答えには、とても不健全なものを感じたけれど、担任はそれきり話を打ち切ってしまったので、僕は不承不承席に着いた。すかさず「じゃあ、カインは呪われっぱなしだな!」「ああ、何しろカイン以下の魔力の持ち主なんかいないからな」と同級生から僕への野次が飛び、担任が止めるまでの間、笑い物にされた。
嫌なことを思い出したのが顔に出たのだろう、気がつくとセレスティア様が心配そうに僕の顔を見ていた。僕のつまらない思い出よりも、いまはルナリア様のことだ。慌てて彼女にお話の続きを促した。
よくよく聞くとセレスティア様ご自身も、最初は自らヴァイスを締め上げるつもりだったそうだが、困り果てている尋問官からその様子を聞いて、ここへ来たと言う。
僕は予想外の言葉に驚いた。「どうして僕のところになんか?」と聞くと、セレスティア様はそこでにっこりと笑われた。それは本当にルナリア様とそっくりで、僕は少し泣きそうになった。
「ルナが言っていたの。『うちにいるカインという店番の子は、魔法学校の理屈では測れない面白い技術を持っている』って。私、ルナが他の魔法使いを褒めているのを初めて聞いたの。だからよく覚えていて。……お願い、カイン。ルナを、殿下を助けるために、貴方の知恵を貸して」
僕は、あまりの事の大きさに真っ青になりながらも、懸命に頭を回転させた。僕のような落ちこぼれの学生に何ができる? でも、そんな僕をルナリア様がそんな風にお話ししてくれていたなんて! そう思うと、不思議な力が湧いてきた。この世界で一番尊敬し信用している方に期待されているのだ。
僕は黙って、また冷めてしまったセレスティア様のお茶を取り替えに立った。彼女はそんな僕を黙って見ていた。
コポコポと小さな音と共に、ポットから彼女のカップへお茶が注がれる。白い湯気とお茶のいい香りが立ち上がった。
「セレスティア様、まずは温かいお茶をお飲みください。それから二人で考えましょう」
彼女は紫水晶の瞳を瞬かせると、にっこりと笑ってカップを取った。
僕は今度は泣きそうにならなかった。
いまはやるべきことがあるのだ。
こんにちは、佐藤峰樹です。
今回はセレスとカインのお話しです。「屑野郎を吐かせる!」と息巻いていたセレスですが、方向転換しての登場です。これこそが彼女の重大な変化なのですが、それはまたいずれ。
来週から土日の更新は休ませて頂こうかと思っています。今日は最後の日曜日更新になりますが、お楽しみ頂ければ幸いです。
なかなか増えないブックマーク&評価をお待ちしています!
次回は明日の12時前後の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




