第九十話 密偵の密かなる興味【前編】
「竜の喉」――。 ごつごつとした岩肌の亀裂から、熱を帯びた魔力の残滓が吐き出されるその有様を見て、私がそう名付けた縦穴を、いま、私たちは下っている。
作戦立案時、魔石版に映る内部構造を前に私がこの名を口にすると、イザベル殿は少し怪訝な表情を浮かべた。だが、特に反対もなかったので、便宜上そのまま使い続けている。
縦穴と言っても完全に垂直ではなく、時に腹ばいにならなければ進めぬ箇所もあったが、ここに集まった者たちにとって問題になる程ではなかった。私の放った「風眼」からの映像を見る限り、この施設は自然の鍾乳洞と、数千年前の何者かが遺した石造りの遺構が歪に融合したものであるらしい。
構造は大きく三層に分かれていた。比較的浅い「第一層」は古代遺構が少なく、自然の鍾乳洞が大部分を占める。ここには実験作か失敗作かは不明だが、地上で遭遇したようなゴーレムが十体ほど徘徊していることを確認済みだ。 試してはいないが、何らかの印を持っていない外部からの侵入者に対する備えのようだ。
「第二層」からは石造りの遺構が主となり、執務区と居住区がある。恐らくここに、ルナリア嬢とアレクシウス殿下が囚われていると思われる。そして最深部である「第三層」が、ゴーレムの製造現場であると推測された。
確信が持てないのは、この空間の魔力濃度が異常に高く、風眼から送られてくる画像が不鮮明なためだ。屋内用に小さな虫に模した風眼は、屋外用の鳥を模した物に比べ小回りが利く分、小さいため構造的に外部からの魔力干渉に弱い。それでも、そこに巨大な空間と、そこに渦巻く異常な魔力そのものが、ここが施設の心臓部であることを雄弁に物語っていた。
本来であれば、アウレリアの、それも他国の同業者に我が国の最新魔術具を見せるのは避けるべきだろう。だが、背に腹は代えられない。今回は相当に手の内を晒した格好となっている。
(これも大きな貸しだぞ)とフォルカーの顔を思い浮かべる。食えない男であるが、私としては珍しく価値観を共有できる数少ない人間だ。まあ、いずれ返してもらえるだろう。
施設内は地下であるにも関わらず、第二層以下は壁のランプが青白く発光していた。そのため薄暗くはあるが、光源を持たずとも行動は可能だった。こうした設備や最深部の異常な魔力を繋ぎ合わせて考えると、一つの結論に達する。
【深淵の盟約】を名乗る連中は、古代の遺構を補完し、自分たちの施設として再利用しているのだ。そう考えると、奴らが作ろうとしている新造ゴーレム自体も、古の魔法に由来する「焼き直し」と言え、独創性に欠ける連中だと思う。
(あるいは、もう一幕背後に何者かが潜んでいるのだろうか?)
そんな疑念を振り払うように、私は前を行く男、ライルの背中を見やった。
「竜の喉」を下り始めて既に半刻ほど経っていた。途中の第二層でイザベル殿と別れて、私はライル殿と彼が連れてきた(王の影)の四人と共に第三層を目指しているところだった。
事前の作戦会議の結果、私とイザベル殿に、ライル殿が連れてきた九名が加わったことで、十一名となった戦力を二隊に分け、それぞれ第二層と第三層の同時探索に当てることとなった。
第二層の目的は、執務区に囚われているであろうルナリア嬢とアレクシウス殿下の発見、および奪還。対して第三層の目的は、ゴーレム製造施設の特定と、その心臓部の破壊である。
一度潜入してしまえば、互いの連絡は絶たれる。不安がなかったと言えば嘘になるが、十名を超す大所帯での隠密行動は現実的ではない。また、敵がいま何をしているかがわからない以上、全部をどちらかに振り分けた結果、空振りになる危険性があることを考えれば、危険を承知で手数を分けるしかなかった。
振り分けに当たっては、こうした潜入活動に長けたイザベル殿とその仲間に、人質奪還の重責を担ってもらうことにした。一方で、私とライル殿が最深部である第三層を志願したのは、新造ゴーレムの生成現場に踏み込みさえできれば、否が応でも派手な騒ぎとなり、その結果、敵の注意を引くことで第二層の奪還作戦を側面から支援できるという戦術的な思惑があったからだ。
――この目的に嘘はなかったが、別の思惑もあった。本当のところを言えば、私はこのライルという人物に、抑えきれないほどの興味を抱いていた。
王都のクーデターで見せたという彼の獅子奮迅の活躍は、我が国の情報網でも詳細に報告されていた。しかし、その内容は合理性を重んじる私からすれば、とても現実のものとは思えない「お伽話」の類だった。
(まるで、あのクレール殿のようではないか!)
報告書を読み終えた際、真っ先に抱いたのはそんな感想だった。
タイドリアが誇る(王の影)の伝説――クレール殿。長年彼のことを調べていた私にとって今回出会えたその孫娘のイザベル殿は、新しい情報に得る千載一遇の機会だった。何しろ息子のフォルカーは、付き合いがそれなりに深くなったいまでも、「俺は知らない」「話したくない」「興味がない」と取り付く島もなく、親子の間にある深い溝の存在が分かっただけだったからだ。
それだけにイザベル殿に期待していたのだが……。どうしたことか彼女も言葉や態度こそ違えど、ほとんど父親同様の反応で、期待とは程遠いものだった。
(「身内の帳は、隣国の城壁よりも厚い」という言葉があるが、そういうものなのだろうか?)
だからこそ、その代わりと言っては何だが、新たなアウレリアの伝説であるライル殿と直接会えるこの機会は、密偵として、そして個人的な知的好奇心としても、絶対に見過ごせぬものだったのだ。
こんにちは、佐藤峰樹です。
今回からはエリオット視点です。徐々にではありますが厨二病的な部分が見えてきました(笑)。男は死ぬまで厨二病だと思っています。
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