第八十三話:呪いの発動とメルルの驚き【前編】
私は水晶に全神経を集中していた。 アレクシウスの心が、目の前にある。混沌とした、嵐のような心。その中に、私が植え付けた呪いの種が根を張り、血管を伝い全身に広がっていく。ゆっくりと、だが確実に。
〈命脈同調〉の完成まで、あともう少しだった。
もう少しで――私のものになる。アレクシウスが、完全に私のものになる。
自然に眉間に力がこもる。魔力をさらに注ぐ。この女の体の隅々まで、私の魔力を注ぎ込み染めてやるのだ。
その時、音が聞こえた。
ドサリ、という重い音。何か巨大なものが、地面に倒れる音だ。
(何だ……?)
私は、わずかに意識を水晶から離した。
(集中しなければならない時に、あの男は何をやっているのだ!?)
アレクシウスに意識を繋ぎ止めながら、下を見る。 その瞬間、私の冷たい心臓の温度がさらに低くなった。ドルゴが倒れているのだ! あの巨大な体が地面に横たわってピクリとも動かない。
(……何……?)
ドルゴは色々と扱いの面倒な男だが、その技量はガロン様が認めているところだ。同じく戦士のリューゲルと共に実戦部隊を率いる、【深淵の盟約】の双璧と呼ばれる実力者だ。今回の作戦にドルゴが選ばれたのは、作戦レベルでの実行力が高いリューゲルが、北部で蛮族を率いる必要があったこともあるが、こと戦場での戦闘力ということではドルゴの方が高く、作戦の成功を期したガロン様が命じたことであった。そのドルゴが倒れているのだ!
そしてその時気がついた。私の方に真っ直ぐ迫ってくる男の姿に。
黒い髪に、黒い瞳。中肉中背の何の変哲もない男だ。しかし、私の視界に入ったこと自体が異常だった。なにをどうして空中にいる私に近づくことができるのか!? 魔法の気配は一切ない。もしあれば、もっと早くに気がついているはずだ。
黒い瞳が真っ直ぐに私を見ている以外、その表情から何を考えているのかは読み取れない。いま分かっているのは、ドルゴが倒れ、見知らぬ男が私に迫っていること、そして、その手に刀が握られていることだけだった。
魔法結界を張ったままでは攻撃魔法は打てない。そもそも私はこの男に、攻撃魔法は無駄だということが分かっていた。何故なら、当たる気がしないからだ。
攻撃魔法に限らず、対人魔法で重要なのはイメージする力だ。自分の魔法が相手に届き、当たり、破壊する。そのイメージがなければ成立しない。それ自体は、いまアレクシウスにかけている〈命脈同調〉も同じだ。心臓から血管を伝い根を張るイメージをどこまで強く、詳細に描けるかなのだ。当然、イメージが詳細であればあるほど、成功率と破壊力は上がる。特に、魔術師同士の戦いではこのイメージ力が勝敗を分ける。また、さっき私を狙った男の短剣のようなものも、魔法を使っている以上同じことだ。どんな軌跡を描き、相手のどこに突き刺さるのか。それがあるからこそ遠いところにいる敵はもちろん、程度の問題はあるが、逃げたり、物陰に隠れたりしている相手に当てることができる。もちろん、短剣という実物がある以上、単純に技量の問題で当てることはできる。あくまでも魔法の効果という意味での話だ。
だがこの男には、その当てるイメージができない。
目の前に存在し、迫ってきているにも関わらず、自分と同じ世界にいると感じられないのだ!
私は必死で視線を男からアレクシウスに戻す。あと少しで〈命脈同調〉が完成するのだ。再び水晶に魔力を注ぎながら早口で術式を唱える。他に選択肢はなかった。
「――血ハ血ヲ呼ビ、心ハ心ニ繋ガル――」
ガロン様が教えてくださった、古代魔術の禁忌の術式の最後の部分だ。
「――冥府ノ王・ゾルグノ御名ニ於イテ、命脈同調ノ糸、イマコソ結バレヨ――」
水晶が激しく輝く。ゴーレムに囲まれているアレクシウスの体がぐらりと揺れるのを感じる。すでに彼女の感覚が私のものになりつつある。
「――汝ノ心臓ハ我ガ心臓、汝ノ命ハ我ガ命――」
パリン。
という音がした。私の魔法結界が男の刀の一振りで破壊されたのだ。
鈍く光る切っ先が、私の首を目掛けて伸びてくる。
「――イマ、ココニ――」
私を見る男の黒い瞳に、吸い込まれるような気がした。それでも術式を唱え続ける。
「――盟約ヲ結バン――」
その瞬間、手の中の水晶が黒く染まり慄えた。〈命脈同調〉が完成したのだ! 私の中にアレクシウスが感じる、怒り、哀しみ、恨み、運命への呪詛、決して叶わぬ『本当の自分』への渇望……あらゆる苦痛が流れ込んでくる。そしてそれを私は歓喜をもって自分の中に迎え入れる。
目の前に迫っていた男の瞳がわずかに小さくなった。そして私の首に、ほとんど届いていた刀が、直前で引かれた。
男はそのまま空中で私とすれ違い、地上へと下りていった。
ホッとすると同時に、私の冷たい心臓の温度が上がるのを感じた。勝ったのだ! 男の剣よりも私の術式が早く完成したのだ! 湧き上がる熱い感情に体が震え、目の前が暗くなる。この時ばかりは私は喜ぶことを許されない自分の体を呪った。しかし、だからこそ私はガロン様のお役に立ち、アレクシウスを私のものにできたのだ。
目を閉じて何度か深呼吸をして心から喜びが去るのを待つ。そして戦場を見下ろす。
そこにはゴーレムに囲まれたアレクシウスが、真っ青な顔で私を見上げている様子と、先ほど私の首に刀を突きつけた男が刀を納め、静かにアレクシウスを見ている姿があった。
そこで私は初めて気がついた。
(この男はなぜ刀を止めたのだ?)
お読みいただき、ありがとうございました。
メルル視線でのライルです。読み直すとライルが「連邦の白い奴」みたいになっていることに気がつきました(笑)。でも意外に近いかも知れません。
さて、12月29日で連載開始3ヶ月を迎えます。目標にしている「ブックマーク100」と「10万PV」は達成できるのでしょうか? 今日はクリスマス、皆さんのご協力のもとで、奇跡を祈っています。
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次回は本日の20時前後の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




