第八十話:中天を煌めく刃と黒衣の怒り【後編】
大男に向かって走りながら頭の片隅で俺は考えていた。
(二剣か。先を取られると面倒だな)
両手二剣を一振りずつ握る様式は南に多い。左右の剣を回して連動させて遣う様式で、先日、ライル殿が闘技場で戦った相手の一人がそうだった。ただ、あの男は片刃で、刀身が曲線を描いたものであったが、目の前の男はどちらも両刃の直刀だ。長さも左右ともに同じで、体をこちらの正面に向けているところを見ると、どちらかを盾のように使い、反対の剣で斬りつけるというわけでもなさそうだ。
また、左右の手に握られている剣は、普通の人間なら両手で扱う両手剣だ。見た目の通りかなりの膂力の持ち主なのだろう。
視界の中でみるみる男の姿が大きくなる。
俺の頭の中で思考が消えてゆく。それまで片隅にあった相手の分析も、間合いが近づくにつれて薄くなってゆく。
それはただ無策で突っ込む、ということではない。(王の影)に伝わる、戦いにおける心の調整法の一つだ。繰り返しの鍛錬の先にある、無我の境地。一旦そこに至れば戦いの中で考える必要はない。答えは全て体が知っているのだ。
無論そこまで自分の体を信用できるようになるのは難しい。その過程では、どうしても避けられない、死ぬ可能性も含めた稽古を、幾つも通過しなければならない。実際に死者が出ることもある。こればかりは避けられない。練度が低い人間を仲間に加えて、いざという時に力を発揮できなければ周りの人間にも被害が出る。稽古であれば、死ぬのは少なくとも本人だけで済む。
一旦狭まった世界が急激に広がる。感覚と認知が広がり、駆ける大地の起伏が明確に分かる。体に喜びが走る。こんな酷い場面であってすら、自分の能力を遠慮なく解放できる歓喜に体が震える。
俺はそれを抑えない。体の中で目を覚ました獣は紛れもなく俺なのだ。広がる感覚と万能感を邪魔せず、それを目的に向ける。
親父の左腕を斬り落とした、馬鹿野郎をぶっ殺すのだ。
男が体の中心で、両手の剣の切先を軽く合わせる。その顔には、楽しそうな笑みが浮かんでいる。
「来い」
俺はそれに答えず、駆け寄りながら低い姿勢からの下からの擦り上げの逆袈裟を放つ。
男が左の剣でそれを抑える。
ガチン!
火花が散り、金属と金属がぶつかる激しい音が木魂する。
男が右の剣を横殴りに振ってくる。
俺は受け止められた剣をそのままに、相手の左へ回り込む。左手で俺の剣を受け止めている限りは、右腕は自分の胸に邪魔をされるのでこちらには届かない。俺の体は考えることもなく、相手の二剣をまともに相手をしないように動いていた。
回り込みながら、両手で握っていた剣から右手を外すと、腰の後ろに挿していた短剣を抜き、男の左の膝裏を狙って振る。
ザシュ
と腱を断ち切る手応えがあり、男が左膝をつく。
「ガァッ!」
と男が呻くが俺はそのまま背後へと回り込む。狙うのは頭の後ろだ。膝をついたまま後ろへ向き返り、振ろうとする男の剣を、左の剣で抑えながら、右の短剣を逆手に持ち替え、うなじに向かって突き込む。
バチン
と短剣を握る手が払われた。
男が右手で握る剣を、頭上で一回転させて広い刀身で打ったのだ。
衝撃で短剣を落としそうになったが、なんとか堪えて後ろへ飛び退る。
男がゆっくり振り返りこちらを見る。
「なるほど、あの老人の息子らしい」
そう言うと斬った左膝を伸ばし立ち上がった。顔の赤黒い隈取がさっきよりも強く輝いている。俺は冷たい目でその様子を見る。親父をあれほど痛みつけた相手だ。このくらいの回復力を持っていることは想定済みだ。まあ、短剣をうなじに突っ込めなかったのは残念だが。
(さて次はどうするか?)
と考える間もなく体が動き出していた。どうやら俺は自分が思うよりも怒っているようだ。
左に持った剣を真っ向から振り下ろす。男がこれを右手の剣で受ける。互いに相手に近い手で攻撃したので、反対側は遠くなる。こうなると、腕の長さはもちろんだが、相手が持っている普通の剣に対して、こちらは短剣なので圧倒的に不利になる。
男が左の剣で、鋭く重い突きを入れてくる。俺はこれを逆手に持った短剣の刀身で受け流しながら接近する。刀身から火花が散る。シャランと男の剣の樋が涼やかな音を立てる。そのまま懐に潜り込んだところで、受け流してきた短剣を順手に持ち替えながら喉を狙う。僅かに切先が喉に触れたところで、物凄い衝撃が左から俺を襲った。男が右腕で強引に俺を体ごと薙ぎ払ったのだ。
宙を舞いながら体勢を整え、地面で受身をとって、数回転がり勢いを殺してから立ち上がる。
骨は折れていないようだが、左の肩が痛い。腕が動かないので脱臼したのだろう。体をゆすって左腕を一度振り回す。ガコっという音を立てて関節がはまった。剣は握ったままだ。
気がつくとすぐ近くで親父が寝ていた。こっちが動けるわけがないので、俺の方が飛んできたのだろう。
「……どうだ、調子は?」
俺に気がついた親父が、ゴフゴフと血を吐きながら尋ねてくる。
「絶好調ですよ」
と答える。相変わらず酷い宿題を残す親父だ。昔から無茶振りはいつものことだったが、突然、(王の影)の長をまだ二十代だった俺に譲ると言って離宮に引っ込んで以来は比較的平和だった。久しぶりの親子の再会でこんな化け物の相手をさせられるとは、相変わらず油断はできない。
ふと、イザベルの顔が浮かんだ。
(俺もあの子に似たようなことをしているのだろうか?)
一度、親子三代で話し合う必要があるのかもしれない。
そう思った時、男の声がした。
「おい、その老人の側でやり合いたくはない。こっちへ来い」
どうやら親父はあの化け物に気に入られているようだ。歳を取ってもとても丸くなったとは思えないのだがどういうことだろう。お茶でも淹れてやったのか。とはいえ、俺も父親参観はごめんだ。なにかヘマでもしようものなら、後で何を言われるか分かったもんじゃない。
もっともお互い生きていればの話だが。
「フォルカー」
「なんですか?」
「……死なんでくれよ」
「……できるだけそうします」
そう言うと、俺は再び男に向かって歩き出した。大丈夫、左肩は痛いが動く。他にはまだそれほどの怪我はない。ゆっくり思考を解き、体へ委ねてゆく。段々と歩く速度が速くなる。
「今度は俺の番だ」
そう言うや否や、男が両方の剣を正面から振り下ろしてくる。真っ直ぐからの単純な斬撃だが、躱すのは意外に難しい。(受ける、右に躱す、左に躱す)という選択肢のどれを選ぶかが一瞬でも遅れると致命傷になる。俺は迷わず左へ躱す。すると凄い勢いで振り下ろされた剣が軌道を変えて俺を追ってくる。腕だけではなく腰の捻りで体ごと振っているのだ。とても受け止められるものではない。考える前に地面に身を投げ出してこれを躱す。
凄い剣風が俺の背中の上を撫でていくのが分かった。次の瞬間にはさらに軌道を変えて、今度は真上から俺の背中に振り下ろされてくる。真上に跳ね起きるわけにはいかないので、右斜め上に跳ね起きる。真横に二振りの剣が振り下ろされる。もちろんさらに追ってくる。
(化け物め!)
そう毒づきながら、俺は相手の技量に舌を巻いていた。決して力任せの剣ではない。一筆書きのように切れ目なく俺を追ってくる剣には、巧みな体遣いがなければ成り立たないものだ。この体を養うには相当な時間がかかっている。無論、普通ではない強力な魔力がそこにあるのは分かっているが、そもそも無能な人間に魔力をかけても、多少体力と腕力がある不器用な剣士ができるに過ぎない。
一般兵の強化であればそれでも構わないが、本当に強い剣士を作りたいのであれば、練度が高い者を素材として選び、適正に合った魔力を授けるのが正しい。俺自身、そうして体を強化している。親父には、「邪道だ」と言われたが、時代は変わっている。親父が現役だった頃の常識と、俺たちの世代の常識は違う。魔力の術式が高度化したいまでは、こうした強化魔法を体に入れるのは普通だ。
実際そうでなければ、この男の攻撃を捌くことはとてもできなかっただろう。
「来た」
と感じた瞬間、それまで二振り同時に使われていた剣が、バラバラの軌道を描いて襲ってきた。
右で袈裟斬りに来ながら、左の剣が俺の左脚を狙う。下がる俺を追って、右の剣が今度は逆袈裟に振り下ろされながら、左の剣が袈裟に飛んでくる。
俺はそれを感じるままに右へ左へ躱し、剣で弾き返し、潜り、逆に突を入れる。
カン、カン、キンと、点で打ち合わされていた音の間隔が狭まり、
カキカカカカキカキカッ
とひと連なり音になってゆく。
(これは凄いな)
と自分がやっていることを眺めている自分がいる。その間も体は凄い速さで反応し、動き続けている。
目の前の男の黄色い目に、強い喜びの光が浮かんでいることに気がついた。笑っているのだ。
周りを囲む俺の部下も、黒装束の男の部下も、唖然とした様子で俺たちの戦いを見ている。
ゴーレムですら動くのをやめているようだ。
徐々に剣戟の速度が落ちてゆき、どちらからともなく互いに距離を取り動きが止まった。
「お前は良いな。父上同様かそれ以上だ」
「……それはそこで寝ている父に聞かせてくれ」
そう言いながら俺は剣を見た。長剣も短剣も刃がボロボロだ。一方、男の剣はまだ新品同様に見える。素材の質が違うのはもちろんだが、おそらく何らかの魔力が込められているのだろう。俺の剣もそこそこの出来なのを考えると、相当な逸品だ。
ちらりと周りを見回す。黒装束の兵隊達も良い装備だということからも、こいつら(深淵の盟約)は相当な資金があるのだろう。
男の様子から疲れて中休みというわけではない。なにか新しいことを仕掛けてくる気なのだろう。
俺は重くなった腕を持ち上げそれに備えた。
(第八十話 了)
お読みいただき、ありがとうございました。
今回はフォルカーとドルゴの戦いです。フォルカーの短剣と長剣の二刀流は、大昔に読んだ『斬殺者』(梶原一騎原作、小島剛夕作画)がぼんやり下時期にしています。『斬殺者』で武蔵を狙い続ける、無門鬼千代というキャラクターが、南蛮剣術を片手にレイピア、片手に日本刀という二刀流を編み出します。フォルカーの場合は普通に西洋剣の短剣と長剣なので違うのですが、日本刀での二刀流とは違うということで、なんとなく頭のどこかにあるのだと思います。
ちなみに『斬殺者』は傑作ですので、機会がありましら是非お読みください。
さて、日曜日は大概PVを含み低いのですが、いや今日は低い(15時現在)。そろそろ第二部の山場が近づいてきているのですが、先行き不安です。燃料となるブックマークをお願いいたします。
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次回は明日の12時前後の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




