第八十話:中天を煌めく刃と黒衣の怒り【前編】
指先が、冷たい金属に触れる。そこには魔石を仕込んだ投擲用の短剣が三本刺さっている。
〈風の魔石〉。投擲すれば刃に風を纏い、速度と貫通力が跳ね上がる。魔石のお陰で風の影響を受けず真っ直ぐ飛ばせる上、意思を籠めれば軌道を変えられる。全く音を立てず遠距離から標的を狙うことができるので、城壁の上の敵将を射抜くことも可能だ。だが……、恐らくあの女はなんらかの防御魔法を展開しているはずだ。
(やってみるか)
私は父を地面にそっと横たえると、短剣を抜き取った。ベルトに仕込まれた三本の短剣の柄には、〈風の魔石〉が僅かに緑色の光を放っている。
私は口元に短剣を寄せ、祈りを唱える。
「風の女神シルフィアよ、御身の息吹を以って、我が刃に軽さを、敵に重さを与えたまえ……」
魔石の緑の輝きが強くなる。さわりと周辺の空気が動き、短剣の刃に纏わり始め、短剣から重さがなくなる。狙いは女の顔、手に持った水晶、そして胸。三本が、それぞれ異なる角度から同時に襲いかかる。防げるものなら、防いでみろ。
「行けッ!」
右腕の一振りで、三本を同時に投げた。
短剣が、風を切り裂いて飛ぶ。いや、切り裂くというより、風そのものになったかのように、空気を突き破って飛ぶ。美しい軌跡を描いて飛ぶ短剣に、中天の光が閃く。光源が複数のためキラキラと輝いている。
女の目が思わずその光に向けられる。
(いまだ)
俺は左腕の袖口を口元に寄せると、素早く風の精霊への祈りを唱えて振る。その直後、
キィン! キィン! キィン!
と三本の短剣が、ほぼ同時に見えない壁に弾かれる音が響く。思った通り防御魔法だ。女の視線が俺の方を苛立たしげに見る。その瞬間、最後に放った四本目の短刀が、真下から真っ直ぐ女へと向かう。左手の袖口に隠しておいた、とっておきの一本だ。
これは親父が教えてくれた三本打ちを自分なりに工夫したものだった。一度目の前で披露したこともある。その時は呆れた顔で、
「俺の技に一本増やすだけなど芸がない」
と言われたことを思い出し、思わず苦笑いを浮かべる。
だが防御魔法とて張ればそれで終わりというものではない。魔力は使い手の意識が重要だ。俺が投げた短剣がそれぞれ軌道を変えて飛んでいるのもその一つだ。使い手の意思が強ければ強いほど、どう飛ぶかはもちろん威力も変わる。防御魔法も同じだ。どの方向に張るのかを含めて意識の強さがその強度に反映される。この女はかなり優秀な魔術師だ。だからこそ無駄な魔力の使い方はしない。防御魔法自体はあらゆる方向に張っているが、短剣に込められた魔力に備えて、万が一にも抜けられないように、それぞれに応じた方向の防御を意識して強めるはずだ。
そこが狙い目だった。
四本目の短剣は、先に放った三本のせいで意識が薄くなったところを狙っている。魔術師といえども、物理攻撃についてはどうしても体の反応が優先される。逆に肉体の鍛錬を積んだ戦士の方が、物理的な攻撃に対して、感覚を優先させて反応できることが多い。
(実戦の場に出てくる以上、なんでも頭で解決するわけではない)
真下から短剣が音もなく女に迫る。
「……!」
女の目が見開かれ、足元の防御を強める。しかし、間に合わない。
パリン
ガラスが割れるような音がする。女が必死で躱そうと身を捩る。
短剣は僅かに首筋を掠ったところで勢いを失い落ちてゆく。
(くそ)
防御魔法自体は突き抜けることができたが、その衝撃で僅かに軌道がズレた。女の結界の中に入った短剣には意識は通らないため軌道修正ができず、首筋と右の耳を浅く掠っただけだ。
しかし余裕綽々だった女の顔が激しく歪んだ。冷然と見下すようにこちらを見ていた目の中には、怒り、屈辱、そして殺意に燃える炎が見えた。
「……よくも……よくも……!」
女が、震える声で言った。陽の光を浴びることがないのだろうその白い肌に、耳から滴り落ちてきた赤い血が這うように流れ落ちる。
「ドルゴ!」
女が、叫んだ。その声は、悲鳴に近かった。
「その男に私の邪魔をさせるな! いますぐ殺せ!」
その声に応じて、駆け寄ってきた黒装束の兵隊の中から、巨大な男が現れた。顔に隈取のような刺青が入り、それが赤黒く輝いている。その体は、鎧を着た上からでも隆々とした筋骨が窺える。左右の手には長剣が握られていた。
ドルゴと呼ばれた男は、一度空中の女を忌々しげに見た後、私を見た。
「……お前が援軍か」
男が、低く、だが良く通る声で言った。
「そうだ。じきにもっと来る」
半分本当で、半分嘘だ。援軍は来るが、いましばらくかかるだろう。男が私の後ろにいる親父を見る。
「……その老人はお前の肉親か?」
「……お前に何の関係がある?」
男はチラリと俺と親父の顔を見比べる。そして何か思い当たったように、ニヤリと笑った。
「……そうか。だったら、少しは楽しめそうだ」
そう言うと、両手に持っている剣の剣身を合わせて、研ぐように滑らせる。樋に何か仕掛けがあるのだろう、シャリン、シャリン、と妙に涼やかな音が響く。
「おい」
後ろの親父が声をかけてきた。
「何です?」
俺は目の前の男から目を外さず、剣を構える。
「そのでかいのは、……強いぞ」
「見れば分かります」
親父の左腕を斬り落としたのは、間違いなくこの男だ。それだけで、恐るべき力量の持ち主であることは分かった。
(さて、どうする?)
うまく部下と連携して戦うか、それとももう一つ二つある隠し玉を使うか。いずれにしろ、親父が苦戦した相手だ、まともに戦うのは避けるべきだろう。そう考えた時、私の足元に何かが転がっているのに気がついた。
それは親父の左腕だった。
その手には短剣が握られていた。
次の瞬間、男に向かって真っ直ぐ走っている自分に気がついた。男の濁った黄色い瞳に、怒りに燃えた俺の姿が写っていた。
お読みいただき、ありがとうございました。
劇中のフォルカーの防御魔術に関する説明は、手の届く(飛び道具の射程を含めて)範囲にいる限り、防御魔法を使える魔法使いであっても、物理攻撃に対して無双というわけではない、という世界観によるものです。ちなみにフォルカーの短剣が飛ぶイメージはファンネルです(笑)。あと劇中の「やってみるか」は、「めぐりあい宇宙」のスレッガーのオマージュです(笑)。もちろん声は井上真樹夫さんです。
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次回は本日の20時前後の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




