第七十九話:絶望の淵と疾駆する影【後編】
私は、馬に鞭を入れた。
闇の中を冷たい風が刃物のように顔を切りつける。馬の息が荒い。額につけた〈風の魔石〉が白く輝き、馬の駆ける速度が異常なまでに上がっている。通常の早馬の二倍、いや三倍近い。石畳を蹴る蹄が、まるで雷鳴のように轟く。
だが――まだ足りない。
後ろから、七人の部下たちの馬蹄の音が続いている。私が選んだ(王の影)の選りすぐりの精鋭たちだ。だが、彼らの馬も限界に近い。〈風の魔石〉は馬の能力を最大限まで引き出すが、その代償は大きい。
それでもいまは、その脚をゆるめることはできない。
エリオットからの情報、「古代ゴーレム」「アウレリア王家の血」そして「水晶の離宮におられるアレクシウス殿下が狙われている可能性」。その全てを陛下に報告した後、私は王都を発った。しかし、間に合うのか?
通常、馬車で三刻(ほどかかる道のりを、既に四半刻余り(約40分)ほど駆けてきている。
やがて離宮の方向に光が見えた。それは異常な光だった。既に陽が落ちて久しい時間にも関わらず、離宮の周辺だけは煌々と照らされている。空には魔法で作られた光の球が四つ輝いている。普段は美しい離宮が戦場と化していた。
その光の中に――無数の巨大な影が蠢いている。
ゴーレムだ。
(くそ……!)
私は、歯噛みした。
遅かった。いや、遅すぎた。既に離宮の結界が破られている。
不意に前方から黒装束の兵隊が二人現れた。
「止まれ! 近づく者は殺す!」
どうやらこの周辺を警備している兵隊のようだ。私は速度を緩めず馬の上で体を低くして剣を抜く。
「行け」
馬は私の言葉に応えて真っ直ぐに二人に向かって突っ込む。
「うわ!」「なんだ、突っ込んでくる!?」
ちょうど二人の間に飛び込んだ馬が、一人を弾き飛ばし、私の剣が残った一人の首を飛ばした。背後で、どさりと倒れる音が聞こえるが、馬蹄の音にまみれて、あっという間に掻き消えた。
(親父……! 殿下は……!?)
私は、さらに馬に鞭を入れる。苦しげな嗎をあげる。(すまん)と思いながらもうひと鞭入れる。馬の額につけられた緑色の魔石が強く輝きさらに加速する。離宮に近づくにつれ、光の中に――倒れている小さな影が見えた。
魔法で作られた光に、倒れてなお金色の髪が輝いている。
(殿下……!)
アレクシウス殿下だった。
だがその体はいまにもゴーレムの群れに囲まれつつある。
それでも殿下は前を向いて何かを叫んでいた。その視線の先を辿る。そこには、
「父上……!」
父、クレールが倒れている。
ゴーレムの巨大な足がゆっくり持ち上がり、その小さな体に踏み下ろされようとしている。
(間に合え……!)
私は腰の剣を抜きつつ、馬をさらに加速させる。〈風の魔石〉が激しく輝き、ピシリとヒビが入る音がして、最後の力を振り絞った馬の速度が跳ね上がる。周囲の景色が後ろに吹っ飛ぶ。馬の悲鳴が聞こえる。だが――構わない。
ゴーレムまでの距離。足が下されるまでの時間。計算する必要はなかった。無理だから諦めるようなことではない。
私は、剣を構えて突っ込む。
「どけぇぇいッ!!!」
ゴーレムの巨体が、目の前に迫る。私は、馬上から身を乗り出し、いまにも踏み潰そうとするその足に剣を叩き込む。
バシュッ!
泥が爆ぜる。左足の膝の下を斬り飛ばされたゴーレムの巨体が、ぐらりと大きく傾ぐと、大きな地響きと共に倒れる。
ズズン!
間一髪だ。
その瞬間、〈風の魔石〉の輝きが消え、馬が悲鳴を上げ前のめりに地面に崩れる。私は鎧から足を抜きながら片手を鞍につき宙に飛び、地面に着地するとすぐに父のもとへ駆ける。
「父上!」
改めて見る父の姿はボロボロだった。左腕は肘から下がなく、全身傷がないところを探すのが難しい有様だ。それでもまだ息はあった。
「フォルカー……」
父が、僅かに口を動かした。声にならない声。唇だけが、動いている。
「……遅いぞ」
「喋るな」
私は、腰のベルトから止血用の布を引き抜き左腕の傷口に巻き付ける。魔法がかけられている応急処置用の布で、血を止めると共に、土からの呪いを防ぐことができる。
「水の癒し手、ミリアのご加護を。傷口を洗い、大地の神、ギガスの呪いを避けさせ給え」
短く詠唱を唱えると、布が青く輝く。
「俺はいい、殿下……殿下を……」
父が、僅かに視線を動かす。その先に――アレクシウス殿下が倒れている。
ゴーレムに囲まれ、地面に膝をついている。剣を握りしめているが、手が震えている。顔は蒼白だ。何かに怯えている様子だ。しかし、周りのゴーレムたちは囲みはするもののそれ以上何かをする様子はない。
(奴らは殿下を生け取りにする気だ)
急いで殿下の元に駆け寄ろうと立ち上がったその時、
グシュ、ゴシャ
と先ほど地面に斬り飛ばしたゴーレムの足が動くと、周りの土が盛り上がりそれを飲み込むように地面に引きずり込む。次の瞬間、同じ場所に小山が生まれた。それは見る間にドロドロの泥の塊となり徐々に人のような形を成しながら盛り上がっていく。
(なんだ、これは!?)
気がつくと、本体のゴーレムもゆっくり体を起こそうとしている。その膝から下には、新しい足があった。巨体から子供のような華奢な足が生えている光景は、奇妙で悪い冗談を見ているようだった。
(一体が二体になろうとしている!?)
私は愕然とした。そんなゴーレムは聞いたことがなかったからだ。だが、ゴーレムである以上、急所が核であることに変わりはないはずだ。
私は起きあがろうともがいているゴーレムに駆け寄ると、核があるはずの胸を刺し通した。しかし、あるべき手応えがない。ゴーレムは私の剣を気にした風でもなく動き続ける。見る見る小さかった左足から下も元の体の大きさになっていく。
(馬鹿な、核の無いゴーレムがいるわけがない!)
そう思うが、目の前で起きているのは紛れもない現実だ。私は取り敢えず倒れている父に肩を貸してゴーレムから離れる。
その時、空から声が降ってきた。それは冷たく、甘く、勝ち誇った声だ。
「あら……援軍? でも、もう遅いわね」
私は空を見上げ声の主を探した。そこに女が浮いていた。黒いローブを纏い、手に水晶を持っている。その水晶が、不気味に脈打つように輝いている。
女の視線が、私からアレクシウス殿下に向けられる。その目には獲物を捕らえた狩人の光があった。
「アレクシウスは――もう私のものなんだから」
女が、にぃと笑った。
(この女……!)
私は父の体を支えながら女に向かって剣を構える。
後ろから、馬蹄の音が聞こえた。七人の部下たちがようやく追いついてきたのだ。
彼らはすでに剣を抜き、立ち上がろうとしているゴーレムに向かおうとしている。
「フォルカー様!」
部下の一人が、叫んだ。私は叫び返す。
「不用意にゴーレムを斬るな! 斬れば増えるぞ!」
部下たちの動きが、一瞬止まる。それぞれに武器を構えながら、ゆっくりと動くゴーレムを相手にじりじりと退がる。その背後からは、さっきの黒装束の兵隊たちが迫ってきているようだった。
だが――私の目は、上空の女に釘付けになっていた。
あの女が、全ての元凶だ。あの女を止めれば、いまここで起きていることの大半は解決する。そう確信した。
腰のベルトに手を伸ばす。
お読みいただき、ありがとうございました。
渋い親子の会話の回です。
更新時間を変えたおかげでPVが激ベリして軽く泡を吹いていたのですが、ブックマークの方は少し増えました。押していただけた方には心から感謝します。ありがとうございます。連載開始から3ヶ月が近づき(このままあまり読まれることもなく消えるのかしら)と、マッチ売りの少女的なモードになったりもしているのですごく嬉しいです。クリスマスも近いことですので、プレゼントがわりに皆さんのブックマークに加えていただけるとさらに嬉しいです。よろしくお願いします。
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次回は明日の12時前後の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




