第七十七話:襲いかかるゴーレムとメルルの驚愕【前編】
地面が蠢き、土が盛り上がっていく。
一つ、二つ、三つ――。
いや、もっとだ。あちこちで土が隆起し、人の形を成していく。いや、人ではない。人間の二倍はある巨体が、月明かりの下でゆっくりと立ち上がってくる。それはゴーレムだった。
折れた大剣を握る手に力が籠る。
「メルル……!」
俺は上空の女を睨みつけた。
「余計な真似をするな! 俺が片付ける!」
メルルが、冷ややかな視線を俺に向ける。
「これ以上は待てない」
その声も、聞いた耳が凍るほど冷たい。
「ドルゴ。貴方が遊んでいる間に、時間を無駄にした」
「遊んでいた、だと……!?」
俺の中で怒りが燃え上がり、体の術印が熱くなる。だが、メルルはさらに冷たさが増した声で続けた。
「作戦実行が先。貴方の騎士道ごっこに付き合っている暇はない」
その声には一片の感情もなかった。
俺は歯噛みした。いますぐその細首をへし折ってやりたいところだが、現実はメルルの言う通りだ。俺はあの自分の半分も体重がない王太子を相手に、得体の知れない何かを感じ、それを否定しようとしたあげく力を暴走させ、挙句、ガロン様より下賜された大剣を折られるという醜態を晒した。
もしあの時、解き放った力で王太子を殺してしまっていたら? ガロン様の練り上げた計画が失敗していた。その挙句、暴走した俺は全てを殺し尽くした上で、燃える血に内側から身を焼かれて爆散していただろう。そう思うと冷や汗が出る。皮肉なことだが、剣と共に俺の暴走も断ち切られ、命拾いしたのだ。
(……なぜこうなったのだ?)
ガロン様から授かった使命は「王太子を、傷一つつけず生け捕りにする」ということだった。それが、俺にとって絶対の任務だったはずだ。もし相手が他の誰か、あの老人のような者であれば、どんなことがあっても、仮に戦いに敗れるようなことがあっても、任務を忘れず、力も暴走させることはなかったはずだ。それは断言できる。騎士として敗北は許し難いことだが、勝負とはそうしたものだ。むしろそうした相手と戦えたことを誉れとしただろう。
だが、この王太子との戦いは違った。
あの青年との戦いの中で、俺は得体の知れないものを俺の中に見つけた。その敗北よりも受け入れ難いものを否定する俺の本能が、暴走を引き起こしたのだ。
そう思ったところで、また、ゾワリとしたものが背中を駆け上がる。
俺は慌ててそれについて考えるのをやめた。
気が付くと俺の周りには地面から現れたゴーレムたちが歩いている。その数はすでに二十を超えているが、まだ増えそうだ。動きはゆっくりだが、いずれも俺よりも一回りは大きい巨体だ。
俺は、ゆらゆらと体を揺らしながら、王太子に近づいていくゴーレムたちを見ていた。
✴︎✴︎✴︎
上空から見る私の目に、群がるゴーレムの前に立ち尽くすアレクシウスの姿が見えた。
最初に思いもがけず、館から出てきたその姿を見た時は、狂喜しつつも(なんという馬鹿だ)と呆れた。正直、思ったよりも魔法結界の解除に時間がかかってしまっていたこともあり、このうえ館の中の別の結界を破るのに不安を感じていたところだった。
もちろん、私に破れない結界はない。だが、それなりに時間がかかるのは避けられない。もし、この館全体にかかっていた結界と同等か、さらに強力な術式だった場合、城からの援軍が到着してしまう可能性もある。ドルゴの軍勢はそのためでもあり、十分対応できる用意はしているが、その前に片付けるに越したことはない。
だから、狙いの器が出てきた時は目を疑った。こんな離宮で人に傅かれて生きてきたせいで、よほどの間抜けに育ったのだろう。見れば情報通りその姿は美しいが、華奢でとてもドルゴの相手になるようには見えない。
(後は任せておけばいいだろう)
と、その時、私は思った。
ドルゴも同じように思ったのか、最初は遊んでいる様子だった。ところが、馬を降りたあたりから様子がおかしくなった。
ドルゴの攻撃を一方的に受けているのは変わらないのだが、その動きにそれまでにない余裕があった。逆に攻撃をしているドルゴの顔に焦りが見え始めたのだ。
(何をしているのだ、あの馬鹿は?)
私の魔法でアレクシウスの心を操ろうかと思ったが、奴が戦っている時に手を出すと、後で面倒臭いことになるので黙って見ていた。実際、ドルゴの戦いを邪魔して殺された者は少なからずおり、私はその列には並びたくはなかった。
いらいらして見ていると、突然ドルゴの叫び声が聞こえた!
(まずい!!)
それはドルゴの体の中を巡っている魔力が暴走を始める兆候だった。以前にも同じことがあった。その時は、蛮族を相手にだったが、ドルゴは敵味方関係なく襲いかかりあたりは蛮族と人間の死体、と呼ぶのも憚られるような残骸が覆い尽くしていた。
さすがにザックスはガロン様に処罰を求めたが、なぜかガロン様は「ドルゴはそれでよい」と言うだけで責任を追及しなかった。結局、ヴァイスの馬鹿が「ゴーレム生成の研究材料が手に入った!」と、嬉々として残骸を回収していた。
しかし今回は違う。器となるアレクシウスは、生きて捕えなければならない。
その大事な器に、暴走したドルゴの大剣が振り下ろされようとしているのだ!
慌てて拘束魔法をかけようとドルゴに近づいた瞬間、
キィィィン!!!
という高い音が響き渡った。
咄嗟に耳と目を閉じた私が、目を開くと、そこにはアレクシウスからやや離れたところで、呆然と折れた自分の剣を見ているドルゴと静かに佇むアレクシウスの姿があった。
「貴様……何をした……!?」
そのドルゴの声に、奴の暴走が収まっていることが分かって私は安心した。同時に激しい怒りが沸いた。
「ドルゴ! 何をしている!」
引き攣った顔をアレクシウスに向けていたドルゴが、私の方を見た。
「余計な真似はするな! 私が片付ける!」
呆れた奴だ。この後に及んでもまだ自分がこの場を仕切るつもりのようだ。かっとなったその瞬間、冷たい血が体を巡るのを感じた。怒りが嘘のように引き、私の中の何もかもが冷たくなる。
「これ以上は待てない」
私は静かにそうドルゴに告げると、手に持っていた水晶を懐にしまい、代わりに腰のベルトに挟んでいた袋に手を入れた。
「ドルゴ。あなたが遊んでいる間に、時間を無駄にした」
「遊んでいた、だと……!?」
激怒するドルゴに私は冷ややかに告げる。
「作戦実行が先。あなたの騎士道ごっこに付き合っている暇はない」
私は袋の中の魔石をざらりと手で掬い、それをドルゴとアレクシウスの周りにばら撒いた。
たちまち魔石が落ちたところからゴーレムが湧き出す。
冷え切ったはずの私の頭に、昏い陶酔の香りを感じた
お読みいただき、ありがとうございました。
書いているうちにメルルが可愛くなってきました(笑)。
さて夜の更新は連載開始以来、これまで23時と深めの時間を設定していたのですが、試しに暫くは20時前後にしてみようと思います。変わらぬお付き合いのほど、よろしくお願いします。
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次回は本日の20時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




