第七十五話:老雄の意地と結界の崩壊【前編】
「お前たちは下がっていろ」
ドルゴが、低く唸るような声で部下に命じた。
ゆっくりと背中の大剣に手を伸ばすと、すぐに近習が駆け寄り、外した剣の鞘を払う。現れたのは身幅が普通の剣の二倍、長さは三倍という馬鹿げた代物だ。普通の人間では両手でも扱えないその大剣を、ドルゴは片手で頭上に差し上げぐるりと一回転させた。
(凄ものだな)
機会があれば手裏剣を打ち込んでやろうと思っていたのだが、でかい体のわりには動きが滑らかで節がない。俺は無駄な手裏剣は打たない主義だ。そういう時は、打っても減らない口を使うことにしている。
「長生きはするものだな、自分一人で抜けないような馬鹿な代物を背負って歩く間抜けと会うとは思わなんだ」
ドルゴは小さく笑っただけで、それには答えない。あの大剣を抜くまでの一連の動きの中で、気持ちを整えたようだ。しかし、黄色い瞳の中でゆらめく炎は変わっていない。それどころか、さらに強く激しく燃えていた。
(これは腹を据えなきゃならんな)
久しぶりの現役復帰なのだから、もう少し軽くいきたかったが、仕方がない。俺が殿下に仕えている間に、いろいろ変わったこともあるようだが、少なくとも俺の知る限り、この離宮の結界を破ろうとする者はいなかった。それでも、何事も自分の都合でいかないのは今も昔も同じのようだ。
ドン!!
爆発音のような踏み込みと共に、巨体が砲弾となって突っ込んできた。
(速い)
と思う間もなく、横薙ぎに振るわれた大剣を紙一重でやり過ごす。鼻先を切先が掠め、剣圧で背後の生垣が揺れて葉が宙を舞う。ドルゴはそのまま右に払った剣を頭上に差し上げ、真っ向に切り下ろしてくる。これが奴にとって絶対の初手なのだろう。大抵の人間なら、圧倒的な質量で迫る奴に足がすくんで動けない。かろうじてこれを身を反らして躱しても、足を止めたままでは、次の真っ向斬りでやられる。多少気の利いたやつが剣をうまく合わせたとしても、この腕力で振るわれる大剣が相手では、そのまま剣ごと叩き潰されるだろう。
(ライル殿ならどうするかな?)チラリとそんなことが頭をよぎる。あの男の合わせなら凌げるのか? それとも潰されるのか? 興味があるところだ。そんなことを思いながら、潰されたくない俺は、剣を合わせる代わりに半身でこれを躱して右へ飛ぶ。
ダァァン!!!
振り下ろされた大剣の切先が地面にめり込み、凄まじい土埃と共に地面が震えた。空から星でも落ちてきたかのようだ。俺はすかさず土埃の中に見える人影の頭を狙って手裏剣を打つ。
カツン
という金属音で跳ね返されたことが分かる。(ふん、鉄甲でも着けていたか)そう思いながら身を低くしてそろりそろりと動く。手練れはこちらが打った場所に打ち返してくるからだ。しかしどうやらドルゴは飛び道具は使わないらしく、打ち返す気配はない。
もうもうと一面を覆っていた土埃が落ち着くにつれて、こちらを向いているドルゴの姿が見えてきた。手裏剣を打った場所ではなく、こっそり動いた先の俺を見ているとは……。
「いまので(手裏剣は)終わりか?」
当たっていたが、癪なのでそうは言わない。
「なぜそう思う?」
「理由はない。ただの勘だ」
(一番恐ろしい理由だな)と思った時、ついっと、一陣の風が残った土埃を拭うように、俺の背後からドルゴに向かって吹いた。
俺はその風に合わせて小さく、素早く手首を返す。左右で二回ずつ、合計四回だ。放ったのは、さっきの奴の剣圧で宙を舞った生垣の葉だ。
風に乗って放った木の葉が空中で数を増やす。四枚を一纏めに重ねていたので、左右合わせて十六枚の木の葉が風に乗りドルゴを襲う。
「何だっ!?」
躱そうと大剣を振るが、逆に木の葉はその剣風に乗り、奴の鎧の表面を撫でるように舞い、顔や首、手首など、防具で守られてないところを狙って、生き物のように滑り込んでいく。切り傷は浅く、余程でない限り死ぬことはないが、葉っぱに含まれている樹液のせいか傷口は塞がりにくくだらだらと出血が続く。
身の回りの物を武器にするのは、(王の影)の者にとっては当然の技術だ。最近の若い奴らはあまり熱心ではないようだが、俺が現役の頃は任務に向かうにあたって武器を持つことは許されず、手ぶらで行かされることがよくあった。そんな時は、現地で調達するしかない。相手の持っている武器や着ている服、部屋にある筆記用具、花瓶、皿、野外なら石や棒切れなどを使うことになる。慣れればこうしたものの方が便利で後始末も楽だ。
その中でも俺が気に入ったのは葉っぱだった。ある種類の木や草の葉のふちは、不用意に触れれば手が切れるほど鋭い。凝り性の俺は若い頃に任務で別の国に行く度に、使えそうな木の葉や草を探したものだ。この離れに植えてある生垣は、そうした俺の研究の成果だ。見た目は綺麗だが葉は鋭く硬い。侵入者が知らずに突っ込めば、酷いことになる。
俺は殿下にお仕えしながらも手慰めにこの葉を投げ続けていたお陰で、いまではかなりの極投げができるようになっていた。
早さは棒手裏剣に及ばないが、うまく風に乗せればかなりの速さで飛ぶ。なにより軽く風に乗って飛ぶので相手に気づかれないのが強みだ。工夫をするうちに、臆病な小鳥が気づかないうちに、その首を飛ばせるようになった。もちろんこれは殿下には内緒だ。
「ぬ、うッ……!?」
ドルゴが呻き声を上げ、顔を腕で庇う。
その間に俺は飛んで行った女の姿を探す。離宮の直上、肉眼で見えるギリギリのところで結界に向かってなにやらやっているようだ。
(やってみるか)
俺は懐から使い切ってしまった棒手裏剣よりもずっと細い、長い針のようなものを取り出し、そっと口元に近づける。
「風の女神シルフィアと闇の王ゾルグの祝福を。我が敵、悪なる魔法の使い手を討ち給え」
素早くそう祈ると、その黒い針を空に放った。
お読みいただき、ありがとうございました。
思ったよりも壮絶な戦いになりました。クラリス(クレール)翁は、書いているうちに思い入れが強くなるキャラクターです。
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次回は本日の23時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




