第七十話:影の帰還と、真の標的【前編】
東へと向かうイザベルとエリオットを見送り、陛下への報告に戻った城は、酷い騒ぎだった。城壁の上を、通常ではありえない数の松明が行き交い、門の周囲には、殺気立った衛兵たちが集まり、怒号が飛び交っていた。
「門を閉ざせ! ネズミ一匹逃がすな!」
「リヴィア殿下のお姿が見えぬだと!?」
(……何だと?)
歩を早めて城門に近づくと顔見知りの衛兵隊長が、私を見るなり血相を変えて駆け寄ってくる。
「フォルカー様! 戻られたのですか!」
「状況を」
私は短く問う。
「はっ! リヴィア殿下が……行方不明になられました。部屋には書き置きがあり、自ら城を抜け出された模様です。判明したのはつい先程ですが、すでに二刻(約2時間)以上が経過しており……」
「なんだと!」
いましたがエリオットから警告されていた、(深淵の盟約)がルナリア嬢の次に狙う標的・アウレリア王家の血。まさにその一人であるリヴィア殿下が消えたというのか!?
「それと、ライル殿とセレスティア殿が、殿下を追って城を出られました。ほんの少し前のことです」
「ライル殿が……分かった。私は陛下にご報告する」
(折角エリオットから情報を受けていたのに、先手を取られた)
ギリギリと自分の奥歯が鳴るのが分かった。胸の中に自分の見立ての甘さを責める思いが湧き上がるが、それを押さえつけて回廊を急ぐ。玉座へと続く扉の前では近衛兵たちが、私の顔を見ると黙って扉を開け、侍従が玉座の人物に向かって声をかける。
「フォルカー様がお戻りです!」
部屋へと踏み込むと、そこには頭を抱えて玉座に沈み込むヴァレリウス王と数人の公爵の姿があった。
「陛下」
「おお、フォルカー! 戻ったか!」
王が救いを求めるように顔を上げる。玉座の周囲にはランカスター家のボールドウィン公爵をはじめ、ヴァレンシュタイン家のアラリック公爵、ヴァロワ家のテオドール侯爵が顔を揃えている。
「リヴィアが……あやつが、消えてしまった! ライルが追ってくれたが……」
「はい、私も聞きました」
「なぜだ? なにが起きている?」
クーデター騒動以来、落ち着く暇もなく北の蛮族の蠢動と、それに応じた北伐の決定で、王都には主力である第一騎士団、第二騎士団はない。そこへきて先日のルナリア嬢の誘拐に続き、今度は愛娘であるリヴィア殿下が行方不明になったのだ。その心痛を思えば、これから私が言わなければならないことは、さらに重い事実だった。
私は噛み締めていた奥歯をさらに強く噛み締める。
「陛下。落ち着いてお聞きください」
その一言に、不吉なものを感じたのだろう。陛下と周囲の者にも緊張が走る。
「先ほど掴んだ情報です。敵――『深淵の盟約』の真の狙いは、単なる魔力の確保ではありません。彼らが求めているのは、古代兵器を制御するための『アウレリア王家の血』です」
「なっ……!?」
陛下はもちろん周囲の者も息を呑む。
「王家の血……つまり、リヴィアが標的だと?」
「はい。リヴィア殿下だけではなく、陛下とアレクシウス殿下もです」
一瞬静まり返った中で、一番最初に口を開いたのはテオドール侯爵だった。
「アウレリア王家の血が、ゴーレムの制御に関係するとは、どういうことだ、フォルカー」
私は先ほどエリオットからもたらされた情報をかい摘んで説明した。ただ、イザベルが一時的に帰ってきていることは伏せた。こちらについてはギデオン殿とレオパルド殿の管轄であって私のものではない、という判断からだ。もちろん、それが手前勝手なものだとは分かっていたが、これ以上の混乱を避けたいというのは本当だった。
「……つまり、そのタイドリアの者が東へと向かい、ゴーレムを作っているアジトを探しているということか? 俄には信じ難いが……」
その口調には明確に疑いの臭いがあったが無理もないことだと思う。エリオットにイザベルが同行していることを知らなければ、私だって同じように思うはずだ。
「信じる、信じないは、いま考えることではないだろう。その者から連絡があった時に改めて考えればいいことだ。それよりも、こうなると北の蛮族たちの動きも、その『深淵の盟約』が絡んでいると考えるのがよいだろう」
ボールドウィン公爵の言葉にアラリック公爵が応じる。
「確かにそうだ。だが北伐に向けた騎士団を、いま引き返すわけにはいかぬ。ヴォルフラム伯の守りが破れれば、王都までの間に残るのは、ヨーク公爵家とベルシュタイン公爵家だ」
「ヨーク家の活躍は期待できるが、ベルンシュタインは……」
クーデターを起こしたベルンシュタイン家は、公爵から公爵へと降格され、現在の当主はまだ若いユリウスだ。国自体が建て直しの真っ最中であり、ユリウス自身の評価も芳しくなく、彼らの声が暗くなるのも無理はなかった。
「その【深淵の盟約】というのが狙っているのは、余とアレクシウスもなのだな」
陛下のその声で、一堂の関心の中心が王家の血に戻ったことに、私は内心安堵しつつ答えた。
「はい。しかしリヴィア殿下がお姿を消したいま、奴らが狙うのは、アレクシウス殿下でしょう」
「それはなぜだ?」
「もともと警護が厳重な陛下を狙うのは無理があります。その上で、なんらかの方法でいまリヴィア殿下を城の外へと誘い出したことを考えると、これから陛下を狙うのはさらに難しくなります。となれば、消去法で狙うのはアレクシウス殿下ということになります」
私の説明を聞きながら、見開かれていた目が、徐々にだが落ち着きを取り戻し始めていたのが分かった。
「アレクシウスの水晶の離宮を守るのは、そなたの父上だったな」
「はい。歳はとっておりますが、まだまだ衰えてはおりません。ただ……」
「ただ、どうした?」
「恐らくではありますが、奴らの主たる狙いはアレクシウス殿下かと思います」
その場の全員の空気が冷たくなるのを感じた。
お読みいただき、ありがとうございました。
フォルカー視点でヴァレリウス王への報告から始まります。なんとなく私のイメージではロイ・フォッカー少佐です。我ながら安易です(笑)。
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次回は本日の23時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




