第六十七話:影たちの決断【前篇】
期せずして私とエリオットの声が重なった。イザベルが驚いた我々二人の様子を見て薄く笑った。沈黙のベルの効果で、こちらの声が聞こえていないのだ。それに気がついたエリオットが苦笑いをしつつ、ベルを鳴らして沈黙の効果を解除する。
「父上、探しました……。エリオット殿、お久しぶりです」
そう言う彼女の声は、よほど急いでいたのだろう少し掠れていた。
「お前、北の戦場にいるはずでは……」
私は、娘の姿を見て、一瞬言葉を失った。先ほど伝えたルナリア嬢の誘拐情報――それを聞いて、ここまで来たのか? しかしどうやって……?
「まさか……副団長という重責を負いながら、軍を離れて王都へ戻ってきたのか!?」
私の胸中に驚きが走った。
「総大将のギデオン団長とレオポルド軍監のご許可を頂いています」
「許可だと? 副団長が進軍中の軍を離れるなど……」
「七日以内に戻ることが条件です」
イザベルは、短く告げた。
(七日以内……、ギデオン殿、いや、こんな思い切ったことを思いつくのは古狸殿だな)
しかし、もし七日以内に帰れなかったら? 彼女は騎士としてこれまで築いてきたものを全て失うだろう。(王の影)としての立場も当然消え去る。
(……そこまでなのか、イザベル)
そう思って彼女の蒼い瞳を見た。そこには、迷いも躊躇もない。ただ、強い決意だけがあった。
「……七日か。厳しいな」
「はい」
私は深く息を吸った。いまは娘の決意の強度を問うべきではないようだ。
「……それにしても、なぜこの場所が分かった?」
「王都はどこもかしこも警備の騎士団だらけです。ですがこの一角だけは、どの巡邏隊のルートからもほんの僅かに離れています。『誰にそれが可能で、なんのためにそんなことをするのか?』と考えれば簡単なことです」
私は僅かに目を見張った後、口の端を小さく吊り上がるのを感じた。
「……分かった。これ以上無駄なことは聞くまい。だが残念ながらルナリア嬢について、既にお前に知らせていること以上のことはまだ分かっていない」
そう聞いても、イザベルの顔には失望の色は浮かばなかった。それどころか彼女の口の端も小さく吊り上がった。
「私にはいま彼女がどこにいるか分かります。それがここへ戻った理由です」
「なに!?」
イザベルは黙って自分の左腕を上げ、袖をまくった。そこには、銀色の鎖で編んだブレスレットが嵌められている。それは我が家に代々伝わる魔道具の一つだった。二つ一組で、互いの安全や場所が分かるようになっている。
「……もう片方を、ルナリア嬢に渡したのか」
私が呟くと、イザベルが頷いた。
エリオットが興味深げにブレスレットを見た。その灰色の瞳が、一瞬、イザベルの表情を捉える。そして――ほんの僅かに、口元が緩んだ。エリオットの表情に、何か理解したような色が浮かんだ。だが、彼はそれについては何も言わず、違うことをイザベルに尋ねた。
「つまりイザベル殿は、ルナリア嬢の居場所を正確に把握できる、ということか?」
「はい。このブレスレットから、いま分かるのは――」
そう言うとイザベルはブレスレットを嵌めた腕を差し上げ、頭上で輪を描くように動かし、ある方向で止めた。
「彼女がこの方向、東に居ることです」
「東か……」
そう呟くとエリオットの表情が、厳しくなった。
「なにか?」
「実は、我が国の調査で、奴らの拠点と思われる場所が幾つか浮かび上がっている。その中でも最も可能性が高いのが――、タイドリアとアウレリアの間にある緩衝地帯、竜背丘陵の洞窟群だ。我々から見て西側、つまり貴方たちから見れば東側になる」
イザベルの目が、鋭くなった。
「では、ルナリア嬢はそこへ運ばれているということですね」
「恐らくは」
エリオットは頷いた。
イザベルの反応は早かった。
「では、そこへ向かいます」
「待て」
私はすぐに動き出しそうなイザベルを制した。
「まず、状況を整理しよう。エリオットから聞いた情報を共有しておこう」
私は、彼女に先ほどまでエリオットと話していた内容を手早く説明した。
古代ゴーレムのこと。敵がそれを復活させようとしていること。そのために、高い魔力を持つルナリア嬢に狙い「炉心」として攫ったこと。タイドリアから失踪した技術者たちが「回路」として利用されている可能性があること。
そして――
「アウレリア王家の血を狙っている!?」
さっとイザベルの顔色が変わった。
「父上、王宮への警備強化は既に手配されていますか?」
「……ああ。クーデター未遂事件以降、警備は二重三重に強化されている。ヴァレリウス陛下への接近は、まず不可能だ」
「では、リヴィア殿下とアレクシウス殿下は?」
「リヴィア殿下は王宮内におられる。警備も万全だ」
私は、少し声を落とした。
「だが、アレクシウス殿下は水晶の離宮におられる。こちらも警備は強化されているが、王宮ほどではない」
「……水晶の離宮の守りは、お祖父様、クラリス翁ですね」
「ああ」
私は頷いた。父――クラリス・フォン・シュタインは、かつて(王の影)の長を務めた伝説的な人物だ。その実力は腹立たしいほどに、いまなお衰えていない。アレクシウス殿下がヴァレリウス王の養子となると同時に、長の地位を私に譲り、これまでずっと執事として殿下の警護に当たっている。
「クラリス翁がおられる限り、そう簡単には殿下に手出しはできないはずです」
イザベルの言葉には、祖父への絶対的な信頼が滲んでいた。
「その通りだ。あの爺さんは食えんからな。だが、油断はできん。私自身、離宮への警備をさらに強化する手配をする」
「分かりました」
イザベルは頷いた。そして――
「父上、先ほどブレスレットで確認した通り、ルナリア嬢は東へ移動しています。エリオット殿の情報と合わせれば、|竜背丘陵で間違いないでしょう」
イザベルは、ブレスレットに軽く触れた。ブレスレットが、再び微かに光る。
「いまも、東へ向かっています。恐らく、まだ竜背丘陵への移送中です」
「……そうか」
私は頷いた。
「では、私は竜背丘陵へ向かいます」
イザベルの声には、一切の迷いがない。
「待て、イザベル」
私は、娘を制した。
「竜背丘陵まで馬で丸一日だ。往復だけで二日。救出に何日かかる? 七日で足りるのか?」
イザベルは、一瞬だけ目を伏せた。
「……正直に言えば、分かりません。ですが、やるしかありません」
(やるしかないだと?)この娘が、そんな言葉を言うとは思わなかった。改めて娘の変化に驚いた。どうやってこの無謀な行動を制すればいいのか、そう私が頭を巡らせている時にエリオットが口を開いた。
「では、私も同行しよう」
「エリオット殿!?」
私とイザベルが、驚いて彼を見た。
お読みいただき、ありがとうございました。
なんとか持ち直して予定通りのアップです。色々な意味で娘の成長を見るフォルカーは大変そうです(笑)。あと期せずして二話連続で登場人物がハモって終わりです。
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次回は明日の11時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




