第六十六話:符合する情報と新たな標的【前篇】
王都の夜は、いつもと変わらぬ喧騒の中にあった。無論、騎士団が蛮族の掃討に北へと向かい、この国がいま戦時下であることは誰もが知るところだ。その一方で遥か北の果ての出来事であり、ほとんどの者にとっては実感はなかった。それでもどこかで、まだ薄くはあるが、頭の上に重苦しい暗雲の存在を感じているようでもあった。
その不吉な前触れのように、表通りからは、松明を掲げた王宮騎士団の巡邏隊が、慌ただしく行き交う足音と怒声が聞こえてくる。ルナリア嬢の誘拐を受け、騎士団が王都の警備体制を最高レベルに引き上げ、血眼になって捜索を続けているのだ。
(……そんなことで見つかる訳もないが、やらないよりはましと言うべきか……)
私はその喧騒を醒めた思いで聞きながら、人気がない路地へと足を向けていた。
フリッツたちからルナリア嬢拉致の報告を受けた直後、私は手駒である「影」たちを王都の裏社会へと解き放った。表の騎士団が検問で網を張る一方、我々は情報屋、闇ギルド、貴族の私兵団の裏ルートを徹底的に調べた。
だが、いまのところ手掛かりは皆無だ。まるで煙のように、彼女と、彼女を攫った者たち(深淵の盟約)の痕跡は消え失せていた。
(この王都で、ここまで鮮やかにやられるとは……)
胸の裡にチリチリとした焦燥感を感じる。ギデオン総大将の留守を預かりながら、みすみすその愛娘を奪われたのはむろん、これからの戦いを考えるうえでも彼女を失ったのは痛恨の痛手だ。ルナリア嬢とは一度会ったことがあった。その時の彼女は、イザベルと一緒に行方不明になった魔法学校の生徒を探して、港湾地区を探っていた。こうなってしまったいまとなっては、ライル殿が言う通り、あの一連の誘拐事件は、ルナリア嬢の力を計るための仕掛けだったのだろう。
その動きを察知した私は、タイドリアの昔馴染みと一緒に彼女たちに接触し、互いに探しているものについての情報交換をしている。その時に布片をルナリア嬢に調べてもらったおかげで、そこに書かれていた術式が、古代魔法のゴーレムに関するものである疑いが強い一方で、比較的新しい高度な術式が加えられていることがイザベルを介して分かった。その報告を聞きながら、
(噂通り恐ろしく優秀な娘だ)
と思ったことを覚えている。同時に、イザベルの言葉の端々に、微妙なものを感じていた。報告自体は淡々としたもので、内容にも疑うべきことは見当たらないのだが、いつもの彼女とは何かが違った。私がそれに気がついたのは、(王の影)の長としてではなく、父として、娘を見る目によるものだった。何が違うとは言葉にできないほどの僅かな変化。しかし、生まれながらに、(王の影)の一族という宿命を背負ってきた娘が、ずっとこれまで纏っていた空気が変わっていた。それは白と黒しか色がなかった世界に、たった一色だが、全てを変えてしまう鮮やかな色が、彼女の人生に加わったような感じがしたのだ。
(ルナリア嬢は特別な存在なのだな)
そう思ったのをはっきり覚えている。それは(王の影)の長としては、危ぶむべきことであったが、父親としては嬉しいことだった。イザベルは自分が若い頃に比べても、淡々と我が身の宿命を受け入れ、十分以上の役割を果たしてきた。裏の存在(王の影)でありながら、表の存在である騎士団に入団し、優秀な成績を納め、このままいけば裏と表を繋げる新しい役割を担うだろう。
一方で騎士団という光を浴びたせいで、(王の影)としての立場に揺らぎも見える。影の影たる所以、陛下との距離は極めて微妙なものだが、それは時間とともに理解させるしかないだろう。
(……娘というのは、なかなか難しいものだな)
男親一人、その上、それが(王の影)の長であるのだ、難しくないほうがどうかしている。そう思って微かに唇の端に苦笑を浮かべた時、背後の闇から声が掛かった。
「……何か面白いことでもありましたか、フォルカー?」
私は驚きもせず、ゆっくりと視線を向ける。予想通りの頃合いだったからだ。
そこには、いつの間にか一人の男が、闇から滲み出たように佇んでいた。三十代半ばほどの、細身だが引き締まった体躯。褐色の髪の下から、鋭い灰色の瞳がこちらを静かに見据えている。
「……遅かったな、エリオット」
私は冷静に、男が以前名乗った名を呼んだ。エリオット・ヴェスパー。タイドリア王国の密偵であり、本来ならば互いに喉笛を狙い合うべき相手だ。だが、我々の間には、奇妙な腐れ縁とでも言うべき協力関係があった。
「これでも急いだ方さ。騎士団がずいぶんと騒がしいな」
「戦争が始まったんだからな」
「もっともだ」
そう言うとエリオットは小さく肩をすくめて見せた。その態度は飄々としているが、灰色の瞳は笑っていない。彼もまた、「裏」の人間として、事態の深刻さを肌で感じ取っているのだ。
すっと出したエリオットの手の平に、小さなベルがあった。沈黙のベルだ。私が頷くと彼は小さく鳴らした。
チン、という微かな音と共に、周囲の喧騒が遮断された。これで誰にも聞かれることな話すことができる。
「騎士団や王の影が総動員で探しているのはルナリア殿だな。何があった?」
エリオットらしくズバリと聞いてきた。出会った頃は、それこそ殺し、殺されの関係で、会話が成立するようになってからも暫くは腹の読み合いだったが、この数年はお互いに無駄を省いて話せるようになっていた。もちろん背中に注意しなければならないのは変わらないのだが。
「『深淵の盟約』に攫われた」
「なに?」
私は過不足のない範囲でいま分かっていることを彼に伝えた。
「……空間固定結界に対魔術師用の広域魔力阻害か。随分念入りだな……。しかし……そうか」
彼は低く呟き、顎に手を当てて考え込んだ。
「そちらになにか心当たりがあるのか?」
「……以前、港で話したことを覚えているか、 我が国――タイドリアでも、魔力の強い若者が次々と姿を消しているという件だ」
「ああ、『深淵の盟約』が関与している可能性があり、目的は不明だが何らかの実験を行っている、という話だったな」
私が以前の情報を反芻すると、エリックは重々しく頷いた。
「そうだ。あれから、こちらも『深淵の盟約』の動きを独自に追っていたのだが事態はさらに悪化している」
「どういうことだ?」
「以前は強い魔力を持っている者が攫われていたんだが、いまは特定の技能を持つ者ばかりが狙われている」
「特定の技能?」
「お前も知っての通り、我が国タイドリアは、アウレリアと違って強力な魔力を持つ者が少ない。その代わりと言ってはなんだが、少ない魔力で効率よく魔法を行使するための、高度かつ複雑な術式構築の技術が発達した」
私は黙って頷いた。この立場にいれば嫌でもアウレリアとタイドリアの間にある、魔法術式の技術力と、魔石の含有量にかなりの開きがあることは知っている。
エリックは皮肉っぽく肩をすくめた。
「いま狙われているのは、若手の優秀な術式を書ける魔術師の中でも、特に古代魔術に強い者が失踪している」
「……やはり、ゴーレムか」
エリックが頷いた。
「以前、ルナリア殿が推測していた『古代ゴーレムの生成』……その線がいよいよ濃くなってきた」
(嫌な予感ばかりが当たるな)私はそう頭の片隅で思いながら、エリックの話を聞く。
「ゴーレムを生成するには二つの要素が不可欠になる」
そう言うとエリックは指を二本立てた。
「一つは、莫大な魔力供給源――『炉心』。そしてもう一つは、その力を制御し、形にするための精緻な『回路』だ」
「『炉心』がルナリア嬢で、『回路』がタイドリアの秀才か」
大陸を焼き尽くしたと言われる古代ゴーレムの復活が、いよいよ現実味を帯びてきていた。しかも、あの膨大な魔力を持つルナリア嬢を、そのエネルギー源として利用しようとしている……。その醜悪な計画に、私の背筋に冷たいものが走った。しかし、話はそれで終わりではなかった。エリオットは不吉な口調で続けた。
「だが、奴らの狙いはそれだけではない」
お読みいただき、ありがとうございました。
王都でこっそり情報交換をするアウレリアのフォルカーと、タイドリアのエリオット。割と好きなコンビです。
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次回は明日の11時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




