第六十三話:深淵からの招待状【後編】
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「いいから走ってください! これはわたくしではなくイザベル様のご命令よ! わたくしのことは構わずに!」
ルナリア殿の悲痛な叫びが、倉庫内に響き渡った。その声に振り返った俺に彼女は笑いかけると「目を閉じて」と言った。その瞬間、世界が白一色に染まった。真昼の太陽を直視したような強烈な閃光が、閉ざされた空間で炸裂したのだ。
「な、馬鹿な、この結界の中で魔法が使えるわけがない!」
「ぐああっ!? 目が、目があぁっ!」
「くそっ、何も見えない!」
網膜を焼くような光に、敵のローブの男たちが悲鳴を上げて目を覆う。包囲網が一瞬にして崩壊し、混乱の渦に叩き込まれた。
俺とヴェルナーは直前のルナリア殿の警告と、前回の作戦の時にもらった眩光防護の護符のおかげで、光の直撃を避けることができた。それでもまぶたの裏まで白く焼けるような感覚が残る。
「今だ、フリッツ! 走れ!」
ヴェルナーが俺の腕を乱暴に掴み、扉の方角へと強引に引っ張った。
「ルナリア殿はどうする!? 置いていけるか!」
ルナリア殿がいるはずの宙に目をやろうとするが、凄まじい光にとても目を開けていられない。
「馬鹿野郎! 彼女の覚悟を無駄にする気か! いまは命令に従え!」
ヴェルナーの声は、いつもの飄々としたものではなく、怒りと焦燥に満ちていた。
俺は奥歯を噛み締めて走り出した。ルナリア殿が作ってくれた、最初で最後のチャンスを無駄にはできない。
俺たちは混乱する敵の間を縫うようにして駆け抜け、鉄扉の前へと到達した。そこには、結界の核の一つである魔法陣が、青白く発光していた。
「開けぇッ、この野郎ォォォッ!」
俺は渾身の力を込め、メイスを魔法陣の中心に叩きつけた。
バキィィィン!
という硬質な破壊音と共に、魔法陣が砕け散る。空間を歪めていた力が霧散し、重厚な鉄扉がわずかに隙間を開けた。外の冷たい夜気が流れ込んでくる。
「開いたぞ! 急げ!」
ヴェルナーが俺を先に押し出そうとする。だが、俺は足を止めた。どうしても、確認しなければならなかった。
俺は振り返った。
閃光が収まりかけ、薄暗い視界が戻りつつある倉庫の中央。
そこに、信じられない光景があった。
「……が、はっ……」
ルナリア殿が、床に崩れ落ちていた。
大量の魔力を一度に放出した反動だろうか、彼女の体は小刻みに震え、呼吸も荒い。美しい銀髪は汗で頬に張り付き、気丈な金の瞳も焦点を失いかけていた。
その彼女を見下ろすように、あの冷酷な女リーダーが立っていた。
女は優雅な動作で屈み込むと、ルナリア殿の細い首に何かを押し当てた。
「あ……や、やめ……」
ルナリア殿の口から、かすかな抵抗の声が漏れる。だが、すぐに彼女の体から力が抜けていくのが、遠目にもはっきりと分かった。体内に残っていたわずかな魔力すらも、根こそぎ吸い上げられていくのだろう。彼女の象徴である銀髪が、いまは光を失ったように灰色にくすんで見えた。
「フン、最後の悪あがきにしては上出来でしたわ。流石と言うべきでしょうね」
女はそう言いながら、いまは魔石が砕け散った腕輪に触っていた。冷ややかな笑みを浮かべつつも、その声には驚きと脅威を見る響きが含まれていた。
部下の一人が抵抗する力も完全に失ったルナリア殿の体を、まるで壊れた人形のように乱暴に抱え上げた。
「まあ、良いでしょう。本来の目的である『至高の素材』は無傷で手に入ったのですから。導師様もお待ち兼ねですわ。雑魚は要りませんね」
そこで振り返った女の視線が、鉄扉の前に立つ俺と合った。灰色の瞳が、嘲るように細められる。
「ルナリア殿ォォォッ!」
俺は喉が裂けんばかりに叫び、取って返そうとした。理屈じゃない。ここで彼女を見捨てたら、俺は一生自分を許せない。だが、強烈な力で首根っこを掴まれ、後ろへ引き倒された。ヴェルナーだ。
「放せヴェルナー、彼女を助けないと! 連れて行かれてしまう!」
俺は暴れたが、ヴェルナーは鬼のような形相で俺を押さえつけた。その目には、悔し涙が滲んでいた。
「馬鹿野郎! 分かんねぇのか! いま戻っても、俺たちも捕まって、彼女の犠牲が無駄になるだけだ!」
ヴェルナーの声が震えていた。
「俺たちが生き残って……騎士団に、イザベル隊長、副団長に知らせなきゃなんねぇんだよ! それが、騎士としての、彼女の『命令』に対する答えだろうがッ!」
彼の言葉は、冷たい刃物のように俺の胸に突き刺さった。
そうだ。感情に任せて突撃し、全滅することこそが、最も愚かな行為だ。ルナリア殿は、それを避けるために自らを犠牲にしたのだ。
「くそっ……くそぉぉぉッ!」
俺は血が出るほど唇を噛み締め、扉の隙間から外へ出た。
俺たちは、夜霧の立ち込める港湾地区を、無様に転がるようにして逃げた。背後で、倉庫の扉が再び閉ざされる音がした。奴らは俺たちを追う必要を感じなかったのだ。耳には俺たちとルナリア殿を隔てる、絶望的な扉の音が残った。
俺は走りながら、自分の無力さに慟哭した。
イザベル隊長が信頼し、大事にしている人を、俺たちは守れなかったのだ。
(第六十三話 了)
お読みいただき、ありがとうございました。
いよいよストックが尽きました(笑)。他にも色々詰まってきているのですが、此処から先はなんとか一日一話をキープしたいところです。よろしくお願いします。
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次回は明日の11時の更新を予定(?)しております。またお会いできると嬉しいです。




