第六十話:ヴァレリウス王の決断。北伐へ。【後編】
改めて公の場というのは面倒なものだ。これが私室であればこの半分の時間で終わりそうなものだが、そうもいかない。そんなことを考えながら、後方に影のように控える男の名前を呼ぶ。
「フォルカー、説明を」
「はっ」
珍しく正装に身を包んだフォルカーは、返事とともに歩み出ると地図に近づく。
「東のタイドリアはアウレリア建国以来の宿敵であり脅威です。通常であればこのような事態は彼らにとって、我が国を攻める好機でしょう。しかし今回についてはタイドリアはまず動かないと考えてよいと考えます」
「それはなに故か?」
鋭く問いを発したギデオンをフォルカーが見て答える。
「タイドリアもまた、『深淵の盟約』なる者たちの標的となっているからです」
「どういうことだ?」
「先日、港湾地区で起きた奴らによる誘拐事件と同様のことが、彼らの国でも起きているのです。もっとも我が国で攫われたのは魔力の高い平民でしたが、彼らの国で攫われたのは高度な術式を書ける魔術師だそうです」
室内に静かなどよめきが広がるのを、私が軽く手を挙げることでこれを抑え、フォルカーに話を続けさせる。
「結論から申し上げると、『深淵の盟約』なる連中は、恐らくゴーレムの復活を狙っているかと思われます」
今度はどよめきの代わりに重い沈黙が室内を包んだ。しかし、それは一瞬のことだった。
「ゴーレムだと!?」
「そんな馬鹿な!」
「そんな古代魔法がいまの世に存在するのか?」
「しかし万が一本当であれば……」
「炎の百年の再来か!?」
貴族も騎士、魔法使いたちも騒然とした様子となる。北からの急報以来、誰もが胸に抱いていた最悪の悪夢の可能性が、現実味を帯びて目の前に突きつけられたのだ。
「みなさま、お静かに」
イザベルの決して大きくはないが、凛とした鞭のような声が、秩序を失った羊の群れを打つように響いた。スゥッと室内に静寂が戻る。二十歳そこそこの娘の一声で、いい大人たちが僅かな間でも浮足立った自分を恥じるように口を閉じた様子を見て、私は内心舌を巻いていた。
(まったくえらい娘を育てたものだ)
ちらりとフォルカーのことを見る。この場で彼らが親子であることを知るのは、私とレオポルドだけだ。
当のイザベルは全員の注目が自分に集まっていることを確認すると、一礼して立ち上がった。私は軽く頷いて発言を許可する。
「フォルカー殿の言う通り、先日、私が部下とともに乗り込んだ『深淵の盟約』のアジトには、魔力の高い平民が囚われており、すでに数人が連れ去られていた後でした。残念ながら捕えた者たちは、(導師)と呼ばれる者の魔法により縛られており、全員死亡したことから十分な証言を取ることはできませんでした。ですが、状況証拠から奴らがなにか特殊で大掛かりな魔法の実行を企んでいることは明らかであり、中でも可能性が高いのがゴーレムだと考えられます」
「それは、誰が考えたものでしょうか?」
こう声を上げたのは、宮廷魔導師団の代表であるウーフォスだった。銀縁の分厚いレンズが入った丸眼鏡の向こうに、小さな目が光っている。
「残念ながらわたくしたちの方への報告が足りていないようですが」
私は内心面倒なことになりそうだと思った。宮廷魔導師団はプライドが高い。騎士団が魔術の領域に口を出すのを好まないのだ。
イザベルがその蒼い瞳をウーフォスに向ける。
「報告はしているはずですが」
「それはこのルナリア・アークライトという魔法使いが登場するものですか?」
ウーフォスはそう言うと持ってきた紙入れから、数枚の紙を机の上に置いた。イザベルは表情を変えることなくその様子を見ている。しかし、瞳の蒼さが増していた。
「……そうです。その報告書に何か不備でもありましたでしょうか?」
「不備? 不備以前の問題です。このルナリアという魔法使いは、まだ魔法学校の生徒ではありませんか。確かに特待生で入学以来、首席で優秀な生徒であることは存じていますが、素行が悪く、何度も処分を受けているとような者を言うことを……」
そこまで言った時、瞳に蒼い稲妻のような怒気を発しようとしたイザベルを制したのは、「ゴホン」というギデオンの咳払いだった。
彼はちらりとイザベルを目で諭すと、ウーフォスに向き直った。
「我が娘、ルナリアの素行の悪さは親として誠に面目次第もございません。しかしながら、その報告書はイザベル副団長の指揮のもと、騎士団の正式な作戦として行われたものであり、報告の内容についても正規の手順を踏んで作られたものです。ウーフォス殿のご懸念には当たらないものと考えますが」
口調は穏やかだが、顔の深い皺が先程より深くなり、娘と同じ紫水晶色の瞳が鋭くウーフォスに向けられている。それに気がついたウーフォスが慌てたように口を開く。
「……いや、これは失礼いたしました。も、もちろん、ルナリア殿の能力を疑っているものではありません。しかし、まだまだお若く、十分な実績も積まれていないことを考えると、このゴーレム云々の話をそのまま受け止めてよいのかは、まだ議論の余地があるということをお伝えしたかったわけで、他意はございません。あくまでも王宮魔術師の代表としての所見と受け止めていただきたい」
そう話をしながらウーフォスはやや自信を取り戻したようにフォルカーに視線を戻す。
「そのようなわけで、フォルカー殿の報告はいささか結論を急ぎ過ぎと思われますがいかがでしょうか?」
それまで黙って成り行きを見ていたフォルカーが口を開く。
「では、宮廷魔術師代表としての意見を承れますか?」
「まだまだ材料不足でなんとも……。ただいずれにしろ王都の守りにつきましては、我らが王宮魔術師の防御結界があることを考えれば、蛮族であろうと、タイドリアであろうと、それこそゴーレムであろうとも問題なく防ぐ自信はあります」
ウーフォスが自慢のあごひげをしごきながら、心持ち胸を反らせて答える。
そろそろ私が結論を言い渡す頃合いとなっていた。
「皆の意見は分かった」
その言葉に立ち上がっていた者は席につき、全員の視線が自分に集中するのを感じた。
「ウーフォス、いまの言葉を忘れるな」
「承知いたしました」
そう言って恭しく一礼するウーフォスの視界の隅に認めつつ、私の言葉を待つ全員に向かい口を開く。
「現状を考えれば、まずはアイゼンハイド辺境伯の報告に応えて、北の蛮族の侵攻を確実に止めることが急務である。ゴーレムについては引き続き情報の収集の要はあるが、いまの我々は不確定なものに戦力を分けるほど余裕はない。またタイドリアでも我が国と同じようなことが起きているのであれば、用心深いかの国のやりかたを見れば、少なくともこの機に乗じて仕掛けてくる可能性は少ないだろう。もちろんこちらも情報収集は続けよ」
「承知いたしました」とフォルカーが応じる。
「王政諮問会議もこの決定に従ってもらう。よいな」
「承知しました」
そう答えたのはランカスター公爵ボールドウィンと、その補佐役であるヴァロワ侯爵テオドールだった。その後ろに控えている平民出身のクレメンティウス財務卿はやや微妙な表情だったが、王政諮問会議自体が、平時の内政や軍規の不備を是正を目指すものであり、イザベルやレオポルドなどが兼務していることからも、今回の決定に口を差し挟むことはなかった。
「五王家の面々も、これでよろしいか?」
という問いに、ヴァレンシュタイン公爵家のアラリック、ヨーク公爵家のパーシヴァルとランカスター公爵ボールドウィンが「御意のままに」と答える。アイゼンハイド辺境伯はともかく、本来であればベルンシュタイン侯爵家の姿もあるはずだが、前当主のゲルラッハがクーデターの首謀者であることから、後を継いだ現当主のユリウスより「お目通りに耐えられず、ただ御意のままにお従いいたします」という全権委任状が来ていた。
私は改めて全員を見回す。
「無論、王都の守りは魔法結界だけに頼るわけではない。第三騎士団、第四騎士団は王都の守りにつく。その上で我が国の精鋭である第一騎士団、第二騎士団をもって、アイゼンハイド辺境伯の窮状を救うと共に、この機に北伐を実行し、奴らに己の立場を分からせてやるのだ。凍てつく北の果てこそが、奴らに許された唯一無二の土地であることを。中原最強のアウレリア騎士団の力を見せよ!」
「おぉぉおお!!」
ときの声が上がり、戦いの高揚感が全身を包む。
「我らが力を見せる時だ!」
「蛮族が束に掛かってこようがなにものぞ!」
「思い上がった奴らに、人の恐ろしさを再び教えるのだ!」
「北伐だ! 蛮族どもを蹴散らしてくれる!」
勇ましい言葉が行き交う中、彼らの多くを率いるギデオン、イザベル、レオポルド、そしてフォルカーの顔に笑顔はない。それぞれに厳しい顔で何事かを考えている。
これで、アウレリア王国が出せる最強の布陣は整った。北の脅威がどれほどのものであろうと、この布陣ならば必ずや打ち破り、アイゼンハイド辺境伯を救えるはずだ。そうでなくては困るのだ……。
そう思う一方で、私の胸の内には、別の寒気が忍び込んでいるのを感じていた。
それは同時に、魔法結界を別にすれば、王都の守りを担う「核」となる者たちを、全て外へ吐き出すことを意味している。
(……私は、正しい判断をしたのか?)
不安が、黒い霧のように心に広がる。
その不安を打ち消すために、私はもう一つの、個人的な決断を下そうとしていた。
(第六十話 了)
お読みいただき、ありがとうございました。
いよいよ北伐が決定しました。それぞれの思惑があるなかで果たして作戦の行方は。著者的には第二部完結の尻尾が見えてきているのですが、……果たしのこれも思惑通りいくのかは分かりません(笑)。
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次回は明日の11時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




