表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載開始3ヶ月でPV10万達成!&第三部開始!】病弱だった俺が謎の師匠に拾われたら、いつの間にか最強になっていたらしい(略称:病俺)  作者: 佐藤 峰樹 (さとう みねぎ)
第二部【王都陰謀編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

116/207

第五十九話:水晶の静寂、理(ことわり)の波紋【前編】

 季節は「霜月そうげつの月」の中旬を迎えていた。


 王都の空は鉛色の雲に覆われ、時折、冷たい風が枯れ葉を舞い上げている。

 城では騎士団の本部がある区画からは、朝から絶え間なく喧騒が響いていた。北の辺境からもたらされた凶報は、この平和な王都を一瞬にして戦時下の空気へと変えていた。


 だが、俺がいるこの「水晶の離宮」だけは、まるで別世界の静寂に包まれていた。

 強力な結界によって守られたこの場所には、外界の音は届かない。聞こえるのは、風が木々を揺らす音と、俺たちの稽古着が僅かに立てる衣擦れの音だけだ。


「――そこです。また、無理に止めようとしましたね」


 俺は、静謐な空気に声を落とす。

 枯芝が広がる中庭の中央。俺と向かい合って立っているのは、この国の王太子、アレクシウス・アウレリア殿下だ。


「……くっ!」


 殿下が踏み込んでくる。

 その速さは、常人のそれを遥かに凌駕している。しなやかなバネがあり、鋭い。だが、その動きにはわずかな「外連(けれん)」がある。

 俺は、突き出された殿下の手首を、そっと指先で払った。本当に、羽虫を払う程度の力だ。しかし、それだけで殿下の体勢は大きく崩れ、彼女はたたらを踏んで芝生に膝をつきそうになった。


「……なぜだ。なぜ、これほど簡単に崩される」


 殿下は、荒い息を吐きながら俺を睨み上げた。その宝石のような碧眼には、焦燥と悔しさが滲んでいる。

 俺は、彼女の手首――男として振る舞うにしてはあまりに細く、華奢な骨格を持つその部位に視線を落とした。

 俺は知っている。この「王太子」という皮の下にあるのが、男性ではなく、女性の肉体であることを。

 そして、なぜ彼女がそう振る舞わなければならないのか、その理由も知っている。

 ヴァレリウス王は、俺に全てを明かしてくれた。

 亡き先王との誓い。王位継承を巡る混乱を防ぎ、そして何より、この娘を政敵や『深淵の盟約』の魔手から守るため、生まれた瞬間から「男」として育てるしかなかったのだと。

 彼女の立ち振る舞いには、遊びがない。それは、国を背負うために自分自身を殺し続けてきた、悲壮なまでの覚悟の表れだ。だが、その崇高な「宿命」という名の呪縛が、いま、彼女の骨の髄まで染み込み、本来の肉体の動きを邪魔している。

 彼女は「男の王太子」として戦おうとしすぎているのだ。


「殿下。あなたは、ご自分に合わない『鎧』を着て戦っているようなものです」


 俺は静かに指摘した。


「……鎧だと?」

「あなたは、自分を強く大きく見せようとして、常に肩と腕に不要な力を込めている。……それは、王太子という役回りが作る不自然なもので、あなたの本来の体が求めているものではありません」

 殿下はどこかで男性特有の「力でねじ伏せる剣」を理想としているのだろう。だが、彼女の女性としての体がそれを拒絶している。

 その不一致が、動きの硬直を生み、不自然な動きにしているのだ。


「……北の情勢が気になりますか?」


 俺は話題を変えるふりをして、核心に触れた。


「私が、そう言ったら?」

「責任感は結構です。ですが、あなたは心だけでなく、体まで『王太子』という虚像で固めている。……それでは、いずれ中身が壊れます」


 俺は一歩踏み出し、殿下の正面に立った。

 王から託された真実を知る者として、俺には彼女を導くことを頼まれた。それは、偽りの男としてではなく、性別さえも超えた、アレクシウス本人の「個」に気づかせることだ。もちろん、俺ができることは限られている。馬を水辺に連れて行っても、水を飲むか飲まないかは馬が決めることだからだ。


「殿下。私は師範として、事実を申し上げます」


 俺は、彼女の瞳を真っ直ぐに見据えた。


「あなたは、屈強な騎士にはなれません。岩のような筋肉で敵を弾き返すことも、剛腕で叩き潰すこともできない」

「……っ、分かっている! だから私は……!」

「ですが」


 俺は言葉を重ねた。


「岩になれないのなら、水になればいい」

「……水?」

「はい。あなたの体は、本来とても柔らかい。その柔軟さは、剛剣をも絡め取り、無効化する最強の武器です。……生まれた時から背負わされた重荷を、一度下ろしてください」


 俺は、彼女の肩に手を置いた。

 男として振る舞うために、常にいからせていた肩。


「力を抜いて。……あるがままの、あなたの重心で立ってください。誰に見せるためでもなく、ただ、あなたが最も楽だと感じる立ち方で」


 殿下は一瞬、戸惑ったように俺を見た。俺の瞳の奥に、秘密を知る者特有の理解を見て取ったのかもしれない。

 俺は何も言わず、ただ静かに待ち続けた。

 やがて、彼女は小さく息を吐き、肩の力を抜いた。

 重心が下がり、骨盤が自然な位置に収まる。

 無理に広げていた足幅が狭まり、全身から「張り」が消えた。

 そこには、王太子の威厳という鎧を脱ぎ捨てた、一人の華奢な人間――いや、少女の姿があった。


「……不思議だな」


 彼女は自分の掌を見つめた。


「力が抜けているのに、さっきまでよりも、大地を掴んでいる気がする」

「それが、あなたの『理』に合った姿だからです」


 俺は再び構えを取った。


「目を閉じてください。城の外の喧騒も、王族としての宿命も、一度すべて忘れるのです。……ただの、水になってください」


 殿下は、素直に瞼を閉じた。

 その表情から、険しさが消えていく。

 魔力の奔流も、抑え込まれるのではなく、静かな水脈のように彼女の中を巡り始めた。


「行きますよ」


 俺の声と同時に、彼女の喉元へ、ゆっくり突きを放つ。通常の十分の一程度の速さだ。ただ狙いは正確に、殿下の喉を狙い真っ直ぐに突き出す。

 あと少しで木刀の切っ先が喉に触れるところで、フワリ、と、風に揺れる柳のように、彼女の上体が自然に揺らいだ。

 思考するよりも早く、体が最適解を選んでいた。力に抗うのではなく、流れを受け流す動き。


「……あ」


 目を開けると、俺の木刀が、殿下の白い首筋を僅かに掠めたところで止まっていた。完全に、躱していた。


「……見事です」


 俺は、心からの称賛を口にした。


「それが、あなたの本当の強さです。……偽りの鎧など必要ない。あなたは、そのままで十分に強い」


 殿下は、驚いたように自分の体を見下ろし、それから俺を見た。

 その瞳には、初めて自分自身の肉体、そして背負った運命ごと肯定された喜びが宿っていた。

お読みいただき、ありがとうございました。


久しぶりのライル登場です(笑)。王都はにわかに慌ただしくなってきていますが、離宮では相変わらずマニアックな稽古風景で、書いていても新鮮です。後編はアレクシウスの視点でお送りします。


「面白い」「続きが読みたい」と少しでも思っていただけましたら、ブックマークや、ページ下の【★★★★★】から評価をいただけますと、大変励みになります。


次回は本日の23時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ