第六話:新しい稽古と、「セレス」と呼ぶこと【後編】
俺の言葉に、セレスティアさんは頷くと、気持ちを入れ替えるように一度深く息を吐き、瞳を閉じた。
そして、ただ静かに、俺と手の甲を合わせている。試しに圧を少し加えるが、先ほどとは違い、俺をどうにかしようという力が消えている。
俺の手から、じんわりと体温が伝わっていくのが分かった。
彼女は焦らず、ただ待っていた。俺の温かさが、彼女の腕を伝い、肩を通り、胴体を抜け、やがてその踵まで染み透っていく。その感覚を、じっと感じ取ろうとしている。
彼女の全身の気配が、すっと地面と繋がった。
「それです、セレスティアさん。とても良いです、その感覚です」
俺の声に、彼女は驚いて目を開けた。そして、言葉にできない何かを感じたという顔で、俺をじっと見返した。
確かに、彼女は何かを感じたのだ。ただ、それが何なのか、まだ彼女自身にも分かっていない。それは闘争の技術としての「武術」ではなく、もっと深く……相手の魂と直接繋がるような、そんな感覚だったからだ。
その日の稽古が終わった後、俺はセレスティアさんに声を掛けた。
「今夜、少しだけお時間をいただけませんか。稽古のことで、ご相談したいことがあります」
その夜。俺たちは、静まり返った訓練場で向かい合っていた。
俺は、昼間に聞いた門下生たちの声と、俺自身の悩みを、正直に彼女に打ち明けた。
「……やはり、俺のやり方は、皆さんには合っていないようです。ただ苦痛なだけで、稽古をした気にもなれない。これでは、師範代失格です」
俺の言葉に、セレスティアさんは静かに首を振った。
「いいえ、そんなことはありません。私は……今日、確かに、今まで感じたことのない不思議な感覚を味わいました。あれが何なのか、もっと知りたいと思っています」
「ですが、このままでは皆さんの不満が溜まるだけです。そこで、相談なのですが……」
俺は、自分なりに考えた案を彼女に伝えた。
「午前中は俺の稽古を行い、午後はこれまで通り皆さんがやってきた基礎鍛錬や型稽古を行うというのはどうでしょう」
俺の提案に、セレスティアさんは驚いたように目を見開いた。
「……よろしいのですか、ライル師範代。それでは、あなたの教えが……」
「その方が良いんです」
俺は、自分の考えを正直に話した。
「何が必要で、何が不要か。それを決めるのは、本人です。皆さんが今までやってきた稽古は、体を鍛え、技を磨く上で、とても合理的で素晴らしいものだと思います。俺のやっていることは、それとは全く違うものだから、戸惑うのは当たり前です」
俺の言葉に、セレスティアさんはどこか安堵したような、それでいて申し訳なさそうな顔をした。そして、彼女は少しだけ恥ずかしそうに、本音を打ち明けてくれた。
「……実を言うと、私も、もう少し体を動かす稽古がしたいと、思っていました」
彼女はそう言うと、ふっと柔らかく微笑んだ。
「あなたの案に賛成です。父には、私から話を通しておきます」
そして、彼女は俺に向き直ると、その紫水晶の瞳で、真っ直ぐに俺を見つめた。
「それから……ライル師範代。改めて、お願いがあります」
「……なんでしょう?」
「私のことは、『セレス』と。そう、お呼びください」
(第六話【後編】了)
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