第五十三話:「救出、一」【後半】
用意された大きめ荷馬車には騎士団の紋章はなく、商人が使うようなごく普通のものだった。手綱は作戦に参加しない騎士が握り、中には武器や装備が入った袋が積まれていた。七人が座るには少し窮屈だけど、港湾地区までの30分位なら我慢はできた。わたしたちはこの馬車で目的の場所の近くの広場まで行く予定だった。そこからは路地を進めば、あまり人目につかずに近づけるはずだ。わたしは馬車に揺られながら、
(あんまり遠い時は飛んでいったほうがいいな)
と思ったが口には出さなかった。
動き出した馬車の幌の隙間から、王都の街並みが見える。昼下がりの市場は賑わっていて、商人たちの呼び声が聞こえる。
馬車の中を見回すと騎士たちは、皆、緊張している様子だった。それは当然だろう。この部隊はクーデター後に作られた新しいもので、今回が初任務のはずだ。わたしも少し緊張していた。こんな風に誰かと協力して、それも戦いの場に臨むなんて、少し前には考えもしなかったことだ。クーデター騒動の時も、イザベルとお姉様と一緒に敵の商会に潜り込んで帳簿を盗んだり、混戦の中でお父様とお姉様に指示を出したりはしたけれど、それとは違う緊張感があった。(わたしはなんでこんなことになったのかしら?)と思いながら、原因である斜め前に座る亜麻色の髪に蒼い瞳の女性のことを見た。そんなわたしの視線に気がついたのか、彼女が小さく頷いた。わたしも小さく頷き返す。まだ緊張はしていたけれど、さっきまでとは違いなんだかワクワクしてきた。それは彼女と一緒に何かをするからだと思った。
馬車が港湾地区に入った。空気が変わる。潮の匂いと、魚の臭い。そして、古い木材の匂い。建物は古く、壁には蔦が絡まっている。道行く人々の目つきも、王都の中心部とは違う。
やがて馬車が、運河沿いの広場で止まった。
「着いた。降るぞ」
そう言って最初に降りたイザベルに続いて、騎士たちが荷物を抱えて素早く馬車から降りるのにわたしも続く。広場には、何人かの荷運びの労働者がいたが、わたしたちにを気にする様子はない。見ようによっては怪しげな集団だと思うが、この地区では、詮索しないことが暗黙のルールなのだろう。後ろで乗ってきた馬車が走り去る音が聞こえた。
「マルクス、エリクは予定通り運河沿いに南へ向かえ。運河から裏手に回り込んで、舟の有無を確認しろ」
『了』
二人の騎士が、耳飾りを通じて答えると、二人とも大きな袋を担いで運河沿いの道を歩いていく。
「残りは、私についてこい」
路地に入るイザベルにわたしたちも続く。三人の騎士はさっきの二人と同じように、それぞれ中には盾や小手、兜などが入っている大きな袋を背負っている。路地は狭く、両脇には古い倉庫が立ち並んでいる。窓が割れ、扉には木板が打ち付けられている建物もあり、使われていない倉庫が多いようだ。
わたしはベルトのポケットからモノクルを右目に掛けて(鳥)の視界を共有した。上空から見たこの付近の様子が頭の中に浮かぶ。目標の倉庫は、ここから南へ百スワック(メートル)ほどだ。
『マルクス、エリク、状況は』
イザベルが、耳飾りで囁いた。
『運河側に到達しました。目標の建物を確認。裏手に小型の舟が一隻、係留されています。もやいを解いて流しておきます』
『了。待機しろ。合図があるまで動くな』
『了』
わたしたちは慎重に路地を進むと、やがて、目標の建物が見えてきた。他の建物に比べると見た目が綺麗で、手入れが行き届いている。窓には新しいガラスが入れられ扉も新しい。
「あれだ」
イザベルが、小声で言った。わたしも頷いた。使い魔から送られてくる映像と場所が一致している。
建物の扉の前には男が一人立っていた。見かけは商人らしい格好だけど、何かをするでもなく、時折辺り鋭い視線を送っている様子から見張りだろう。
わたしたちは、建物から少し離れた路地の影に身を潜めた。イザベルが、手で合図を送る。ヨハン、フリッツ、ヴェルナーが建物からは見えない場所に移動した。
『マルクス、エリク、そちらの準備は』
『すでに船は流れていきました』
『了。予定通りこちらが突入するのを用意をして待って』
『了』
イザベルが見張りを見ながら、「まずあれから先に始末しなければな」と言った。見張りがいる可能性は事前に考えていたが、本当にいるかどうかは現場に来るまでは分からなかった。昼間にしては人通りのない場所だったが、時折、荷運びの人間や商人らしいが通るので、あまり派手なことはできない。また、表で騒ぎを起こすと警戒される恐れもある。
「どうしますか?」とヨハンが聞いてくる。
ヴェルナーは「静かに近づいて……」と言い、首を絞める動きを見せる。
イザベルが少し考えた後、「誰かに見られると面倒だな……」と小声で言った。
「わたくしに良い考えがありますわ」
そう言うと、みんなの視線が集まった。手短に作戦を説明すると、イザベルが顔をしかめ、後ろの三人が笑いそうになるのを堪えていた。
「そんな作戦は不可だ」
「でも、これなら誰かに見られても騒ぎにならず、静かですから建物の中の者にも気取られません」
「しかし……」
渋るイザベルにわたしはにっこり笑った。
「イザベル様、時間がありません」
「……分かった」
観念したように答えたイザベルは、後ろのにやけ顔の三人を睨むと立ち上がった。
「では、いくぞ」
「はい」
先に路地から出たのはイザベルだった。人気のない路地に現れた彼女に見張りの男の視線が向けられるのが分かる。なにしろあまり見ない美人なのだ。一方、イザベルの方はそんな視線を全く気にせず男の前を通り過ぎる。わたしは、その後ろを追いかけて路地から小走りで出た。
「お姉様〜、待ってください〜」
わたしは、少し甲高い声で呼びかけた。見張りの男が、わたしの方を見る。イザベルが立ち止まり振り返えると、わたしに向かい、「早く来なさい。父上が待っているのよ」と声を掛ける。
その声に見張りの男が再びイザベルの方に視線を移す。その瞬間、わたしは近づいた見張りの背後から手を伸ばし、
「《眠りの霧》」
と唱えた。同時にわたしの手のひらから、無色透明の霧が放たれ見張りの顔を覆う。わたしの方に振り返った男は、一瞬、何が起きたのか分からないという表情をすると膝から崩れた。その男の肩を戻ってきたイザベルが素早く支える。わたしも反対側の肩を支えて二人で、出てきた路地へ連れて行く。この様子を誰かが見ていても、酔っ払いを介抱しているように見えただろう。
路地に入るとすでに装備を整えて待っていた三人が、男を素早く縛り上げた。しばらくは目を覚まさないが念の為だ。
私の耳には、イザベルが袋から自分の装備を出しながら、「まさか姉妹の両方と同じようなことをやるとは思わなかった……」と呟いているのが聞こえた。
お読みいただき、ありがとうございました。
最後のイザベルのセリフは、第一部の「ep.38 第二十話:金庫番の告白と、窓から来た魔女【前編】」のワンシーンに由来しています。未読の方はこの機会にぜひどうぞ。
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次回は明日の11時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




