第五十三話:「救出、一」【前半】
「……今、港湾地区の『鳥』が、微弱な魔力信号を感知しましたわ」
わたしは、両手で包んだ水晶に意識を集中させた。鳥――使い魔たちが、王都の上空を飛び回り、不審な魔力の動きを監視している。そして今、その一羽が何かを捉えた。
微かな、しかし確かな魔力の波動。三回の短い閃光、三回の長い閃光、そして再び、三回の短い閃光が、手の中の小さな水晶の中で、断続的に同じ調子で繰り返されている。それは魔法学校で教わる緊急信号だった。魔法使いはその能力から誘拐の対象になることも少なくない。そのため魔法学校の生徒は入学と同時にこの信号の出し方を教わるのだ。
「この波長……間違いない。魔法学校の『救難信号』です」
イザベルが、静かに聞く。
「場所は特定できるか?」
「はい。港湾地区南の倉庫街、運河に近い場所です。使い魔の(鳥)が上空から監視していますので、正確な位置が分かります」
「発信者は?」
「攫われた生徒だということは分かりますが、誰かまでは分かりません」
イザベルは、即座に判断した。
「すぐに動く。三十分後、用意を整えて王立騎士団の第三訓練場に来てくれ。信頼できる騎士を集めて、作戦を立てる」
「分かりました」
わたしは水晶をしまい、立ち上がった。
「ルナ」
イザベルが、わたしを呼び止めた。
「罠の可能性もある。慎重に行動しろ」
「分かっていますわ。でも、攫われた者たちを、見捨てるわけにはいきません」
イザベルは、小さく頷いた。
「ああ。だからこそ万全の準備で慎重に行く」
わたしは頷き、窓から飛び出し飛行魔法で工房へと向かう。突然のわたしの登場にカインが驚いた様子だったが、構わず地下工房に向かい用意を整える。護身用の魔道具、追跡用の水晶、防御用の護符――そして、戦闘用の動きやすい黒いローブに着替える。
(必ず、助ける)
わたしは固く決意しながら、魔道具が入ったベルトを締めた。鏡に写った自分の姿を見て、わたしは自分が思っていたよりも、(お父様に似ているのかも)と思った。
三十分後。わたしは、約束の王立騎士団の第三訓練場にいた。ここは騎士団本部の裏手にある、比較的小さな訓練場だ。人目につきにくく、密談に適している。
既にイザベルが待っていた。そして、その周囲には五人の騎士が控えていた。皆、精悍な顔つきをしている。クーデター後に新たに採用された、若い騎士たちだ。
「ルナリア嬢、よく来た」
イザベルが、わたしを迎えた。二人でない時は彼女は私をこう呼ぶ。
「こちらは、わたしが信頼する騎士たちだ。今日の作戦に参加してもらう。隊長のマルクス、副隊長のエリク、そしてヨハン、フリッツ、ヴェルナー」
騎士たちは、一斉に頭を下げた。
「みな優秀で口の固い者ばかりだ。ではルナリア嬢から、状況を説明してくれ」
任されたことにちょっと驚いたが、部外者のわたしが参加する意味を伝えるためだということがすぐに分かった。
「みなさま初めまして。わたしくは、ギデオン・アークライトの娘のルナリア・アークライトと申します。今回はイザベル副団長様からのご依頼で、お手伝いをさせいただくことになりました。攫われた者の中にはわたくしと同じ魔法学校の生徒がいることから、ぜひ、みなさまのお役に立てればと思っております。どうぞよろしくお願いいたします」
全員が頷いたことに少しホッとして、わたしは用意されたテーブルの上に水晶を置いた。水晶から少し上の空間に、使い魔から送られてくる映像が浮かぶ。建物を真上から見下ろしたもので、色がかすれたような感じで、鮮やかさはないが凡その風景は分かる。騎士たちから「おお」という小さなどよめきが起きた。
「わたしの使い魔が感知した魔力による救難信号は、この場所から発信されています」
わたしは、映像の中心にある建物を指差した。
「場所は港湾地区南倉庫街、運河に近い古い倉庫群の一角です。発信者は魔法学校の生徒です」
「そこが、『深淵の盟約』のアジトか」
イザベルが、空中の映像の上に指を走らせた。
「倉庫は運河に面している。つまり逃走路は二つ。正面の道と、運河の舟だ。マルクスとエリク、お前たちは運河側を封鎖しろ。舟があれば、すぐに使用不能にしておけ。ヨハン、フリッツ、ヴェルナーは、わたしと共に正面から突入する。ルナリア嬢は、後方支援だ」
「了」
と全員が答えた後、マルクスが顎を撫でながら「中の様子が分かればいいのだが……」と呟く。その言葉に私が答える。
「ある程度なら分かります」
「本当ですか!?」
「はい」
そう答えてわたしが使い魔に念を送ると、それまでかすれた絵のようだった映像から色が消え、灰色がかった絵になる。その代わりに建物の中の壁や扉が浮かび上がってきた。その様子にその場にいた全員がざわつく。
「白っぽいところが壁や地面で、黒いところが部屋のような空間です」
「こんなことができるとは……!」驚くマルクスに私が答える。
「いま飛ばしている(鳥)は、普段、意識や言葉を伝えるために羽根に念を込めた(小鳥)と違って、風景を映す魔石を埋め込んだ魔道具なのです。ですからその魔石が放つ波動を変えることで、映るものの姿も変わるのです」
実はこの魔石から出る波動についての研究は、わたしの虎の子的なもので、いずれ学会で発表する予定のものだった。本当はもう少し取っておきたかったのだけれど、場合が場合だけに仕方がない。
「凄いものだな……」とイザベルが感心したように呟いくのを聞いて、わたしは込み上げてくる笑顔を抑え込み、努めて冷静に答えた。
「波長を変えれば見られる高さも変わりますので地下まで、ちょうど建物を輪切りにしたように見えます。今回の建物の場合は二階から地下までになりますわ。本当は人の居場所まで分かればよいのですが、まだそこまでにはいっておりません」
「まずはこれで十分だ。では、作戦を立てる」
「了」
イザベルたちは空中に浮かぶ映像を見ながら、その間取りから攫われた生徒たちがいそうな場所を推測し、できるだけ効率よく制圧する手順を立て始める。
「この広さだと敵の数は五人から十人程度だろう。『深淵の盟約』の信徒であることを考えれば、魔法使いがいると考えたほうがいいな」
「人質の数は?」
「失踪者のリストから推測すると、少なくとも四人。トーマス・ウェルズ、エマ・シュトラウス、カール・フィッシャー、リーゼ・ミュラー。ただし、リストに載っていない者もいる可能性があります」
「副団長、人質が四人以上いる可能性を考えると、制圧に時間がかかれば、人質を盾に取られる危険があります」というマルクスの指摘に、イザベルは「その通りだ」と答える。
「だから、短時間で制圧する必要が。そのためには――」
イザベルは、映像の一点を指差した。
「まず、逃走路を全て塞ぐ。マルクス、エリク、お前たちは運河側に回れ。裏手の開口部と、もし舟があればそれを使えないようにしろ。敵が運河から逃げられないようにする」
「了」
イザベルは、ヨハン、フリッツ、ヴェルナーを見た。
「お前たち三人と私で正面から突入する。突入時の最大の問題は、敵が人質を盾に取ることだ。それを防ぐには――」
イザベルは、わたしを見た。
「ルナリア嬢、突入の瞬間に目眩まし魔法を使えるか?」
「《閃光》ですわね。可能です」
「それで敵の視界を奪う。その直後に《静寂の帳》で音を消し敵が仲間を呼ぶ声も、外に漏れないようにする」
イザベルは騎士団にしては、魔法に詳しいので話が早い。ここで一番若そうなエリクが、質問した。
「副団長、敵の魔法使に対してはどうしますか?」
「それが最大の問題だ」
《静寂の帳》で詠唱は妨害できるが、熟練した魔法使いなら無詠唱でも魔法を使える。完全に敵の魔法を封じ、自分の魔法を通すためには《対魔力結界》が必要があるのだ。
予想通り、イザベルがわたしを見た。
「ルナリア嬢、《対魔力結界》は使えるか?」
「もちろん使えます。ただ魔法は一度に一つしか使えないので順番に発動していくことになります。《閃光》と《静寂の帳》はすぐに展開できますが、《対魔法結界》は多少時間が……15秒程掛かります」
「分かった。では、順序はこうだ」
イザベルは、指を折りながら説明した。
「一、突入と同時に《閃光》。二、次にすぐに《静寂の帳》。三、その間にわたしたちが敵と交戦を開始して時間を稼ぐ。四、ルナリア嬢は用意でき次第、対魔力結界を展開。これで、敵の魔法を封じる」
全員が、頷いた。
「副団長、人質はどこにいる可能性が高いと考えられますか?」と聞くヴェルナーに、イザベルは少し考えて答える。
「間取りを見る限り地下の小部屋の可能性が高い。まずは一階を制圧し地下へ侵入する。ここで敵が人質を盾に抵抗する恐れがある。それを防ぐには、できるだけ静かに素早く一階を抑えて、敵に気づかれないうちに侵入し、ルナリア殿の魔力結界で敵の魔法を無力化する必要がある。そのためには彼女の魔法詠唱を邪魔させないことが作戦成功の鍵になる」
全員の視線が私に集まるのを感じた。
「副団長、突入時の隊形は?」これは赤毛のフリッツだ。
「ヨハンとお前が先頭だ。盾を構えて突入する。敵の攻撃を防ぎながら、内部に侵入、ヴェルナーと私が後に続き、左右を警戒する。ルナリア嬢は入口付近で魔法を発動する。その後もヴェルナーと私がルナリア殿を護りながら戦う」
「了」
「裏口のマルクスとエリクも、こちらが動くと同時に裏口から侵入して表と裏で挟撃する」
「了」
そこで言葉を切ると、イザベルは全員を見回した。
「いいか、最優先事項は人質の安全確保だ。敵は可能な限り生け捕りが原則だが、人質が危険に晒される場合は、躊躇なく殺せ。それと――」
イザベルは、表情を厳しくした。
「敵は組織化されている。捕まる前に自決する可能性が高い。だから、倒した敵からは武器だけでなく、怪しいものは全部取り上げろ。何かを口に何か含もうとしたら、即座に止めろ」
「了」
「わたくしも了解いたしましたわ。……ところであれはお持ちでしょうか?」
わたしの問いに騎士の一人、ヨハンが持っていた箱を開けた。
「こちらですね」
箱の中には、八つの銀色の耳飾りが入っている。
わたしはにっこり笑って彼にお礼を言う。
「ありがとうございます。こちらはもうお使いになっていると思いますが、わたくしが作った近距離伝話の魔道具です。半径二十五スワック(メートル)ほどなら、囁くような小さな声でも明瞭に聞き取れますし、《静寂の帳》が掛かっていても問題なく話せます」
イザベルは頷きつつ、耳飾りを一つ手に取った。
「すでに何度かこれをつけて訓練をしている。どうだ使い心地は?」
「本当に囁くような声でもしっかり聞こえるので驚いています。今回の作戦にはもってこいでしょう」
イザベルの問いかけに、そう答えたのはマルクスだった。他の隊員からも同意の声が上がり、それぞれに耳に装着している。その姿に思わず笑みがこぼれる。作った甲斐があるというものだ。
「そう言っていただけてとても嬉しいですわ」
そう言いながら私もひとつ取り自分の左の耳につける。箱の中に残ったひとつは予備だ。この耳飾りは動いた時に落ちないように色々工夫したが、最終的には耳に引っかかるようにしたものが好評だった。その他にも兜を被った時に、邪魔にならないようにしたり、自分だけなら必要ない要求もあったが、そうした問題を解消するのは新鮮で意外に楽しい経験だった。
軽く耳飾りに触ると、空気が振動するような感じがした後、すっと周囲の音が遠くなる。着けている本人には分からないが、機能している間の耳飾りは、僅か青色に輝いている。
『聞こえるか?』
聞こえてきたのはイザベルの声だった。
「聞こえています」「はい」と、それぞれが反応する。目の前の彼らが囁くように喋っているのに、はっきり声が聞こえる様子は、自分が作ったものだけど不思議に感じた。
イザベルが頷いて耳飾りに少し長く触ると、耳飾りから青い光が消えた。
「よし、これで連絡手段は確保できた」
「使えるのは30分〜40分だ。それ以上は魔力切れで動かなくなるので現地に着くまで切っておけ」
全員頷き同じように耳飾りに触れる。
わたしはここでベルトから用意した物を取り出す。
「それと、これも持っておいてください」
「これは?」
そう訊ねてきたマルクスに答える。
「眩光防護の護符です。強い光から目を守ります。これがあればわたくしの《閃光》でも目が眩みません。首にかければ効果があります」
騎士たちは、目の形をした小さな護符を受け取り首にかけた。
「これがあれば、閃光を使った突入でも目を開けたまま戦えるということですか?」 エリクが、興味深そうに護符を見なが尋ねてきた。
「はい。ただし、完全に防げるわけではありませんので、できれば一瞬、目を細めていただいた方が安全ですわ」
「それでも、以前の訓練のように目を閉じる必要がないのは助かります」 マルクスの言葉に全員が頷く。
イザベルは、そんな騎士たちの様子を見回し口を開く。
「では、すぐに騎士団の裏門に移動し、馬車で港湾地区近くまで移動する。そこから徒歩で目標に接近する。装備は周りに騒がれないように平服で、下には鎖帷子を着用しろ。屋内戦なので、剣は短めのもの用意。盾や剣、兜などは袋に入れて担いで移動、現場近くで着用する。よいな」
「了」
次にイザベルは私の方を向いた。
「ルナリア殿はその上からショールを羽織っておけばいいだろう。……よろしいかな?」
「はい。魔道具も揃えました」そう言いながら、わたしは腰のベルトを示した。
「では、行こう」
わたしはテーブルの上の水晶を取ると、ベルトのポケットにしまいイザベルの後に続いた。
お読みいただき、ありがとうございました。
いよいよトーマス救出作戦開始です。クーデター後の新しくなった騎士団部隊が登場します。著者の趣味で作戦を考えているうちに長くなってしまいました。それにしても魔法は便利です(笑)。
「面白い」「続きが読みたい」と少しでも思っていただけましたら、ブックマークや、ページ下の【★★★★★】から評価をいただけますと、大変励みになります。
次回は本日の23時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




