第五十一話:「二人の告白」【後編】
私はリヴィア殿下の言葉に、少しだけ救われたような気がした。正直だと言われることが、こんなに温かいとは思わなかった。殿下は、茶を一口飲んでから、ゆっくりと話し始めた。
「私も、貴女と同じよ」
「……殿下?」
「私も、義兄上のことが分からないの」
リヴィア殿下の声は、静かだった。
「義兄上、アレクシウスは、私の義理の兄です。血は繋がっていないけれど、小さい頃はよく遊んでもらいました」殿下は、遠い目をした。「優しい人でした。私が転んで泣いたら、すぐに駆けつけてくれた。花を摘んで、髪に飾ってくれた。絵本を読んでくれた。私が眠るまで、ずっと側にいてくれた」
「……」
「でも、それは……私が、6歳になる前後までのことです」殿下の声が、わずかに震えた。「6歳の誕生日の後、義兄上は急に遠い人になりました」
そう言って彼女は目を伏せた。長い睫毛が少し慄えていた。
「離宮に移られて、会えなくなった。たまに会えても、儀礼的な挨拶だけ。二人きりになることも、許されなくなった」リヴィア殿下は、拳を握りしめた。「なぜかは、誰も教えてくれませんでした。『アレクシウス様は病弱だから』『お前が邪魔をしてはいけない』。そう言われるだけで」
「……殿下」
「特に、この数年は……会うことすら叶わないの」殿下の声は、悲しみに満ちていた。私、ずっと思っていたんです。『もしかして、私が何か悪いことをしたんじゃないかって。義兄上を怒らせたんじゃないか』って。だから、避けられているんじゃないかって」
「そんなこと……」
殿下が顔を上げると、悲しみにくれた声をあげた。
「分からないのよ!」殿下は私を見た。その瞳には、涙が滲んでいた。「理由も教えてもらえない。会うことも許されない。ただ、『義兄上は病弱だから』と言われるだけ。でも、いまライルと稽古をしているんでしょう? ならば、そこまで病弱じゃないはずよ」
「……」
「なのに、なぜ私には会ってくれないの? なぜ、私だけが蚊帳の外なの?」殿下の声が、震えた。「貴女もなのね、セレスティア殿。大切な人の心が分からなくて、苦しんでいるのは」
私は、その言葉に胸を突かれたような気がした。そうだ。私も、リヴィア殿下も、同じだ。大切な人がいる。でも、その人の心が分からない。近づきたいのに、近づけない。理解したいのに、理解できない。立場も、状況も違う。けれど、この苦しみは同じだ。私は知らず知らず顔を伏せていた。
「……殿下」私は、ゆっくりと口を開いた。
「私も、ライル様の心が分かりません」
殿下が私の顔を見ているのが分かる。
「……」
「ライル様は、いつも穏やかで、優しくて。でも、その奥に何があるのか、私には見えないんです」私は自分の胸を押さえた。「ライル様の『理』を学びたい。ライル様に近づきたい。でも、どうすればいいのか分からない。技を真似ても、言葉を真似ても、それだけでは、ライル様には届かない」
ややあって殿下が呟くように応じてくれた。
「……そう、なのね」
「はい」私は頷いた。「だから、私も殿下と同じです。大切な人が、遠くて。その距離が、縮まらなくて」
しばらく、二人とも黙っていた。風が吹いて、中庭の木々が揺れる。鳥のさえずりが、遠くから聞こえてくる。リヴィア殿下が、小さく笑った。
「……変ね」
「何がですか?」
「貴女と話していたら、少しだけ楽になった」殿下は私を見た。「誰にも言えなかったの。義兄上のこと。寂しいとか、悲しいとか。そんなこと、王女が口にするべきじゃないって思っていたから」
私も不思議の胸のつかえが軽くなった気がした。
「……私も、です」私は頷いた。「父には心配をかけたくなかった。ルナには、弱いところを見せたくなかった。だから、一人で抱え込んでいました」
「そう、なのね」殿下は、また小さく笑った。「私たち、似ているのかもしれないわね」
「……はい」私も、少しだけ微笑んだ。「不思議です。殿下とお話しするのは初めてなのに、こんなに、心が軽くなるなんて」
「私もよ」
リヴィア殿下は、ゆっくりと立ち上がった。
「セレスティア殿」
「はい」
「また、話しましょう」その声は、優しかった。「私、貴女と話していると、一人じゃないって思えるの」
「……私も、です」私も立ち上がり、深く礼をした。「ありがとうございます、リヴィア殿下」
「堅苦しいのは嫌よ。二人の時はリヴィアでいいわ」
「では……リヴィア様」
「リヴィアよ」
「……リヴィア」
「うん。それでいい」リヴィアは、柔らかく微笑んだ。「セレス、ね」
「はい」私も、微笑み返した。
その日、私たちは不思議な連帯感で結ばれた。立場も、境遇も違う。けれど、「大切な人に近づけない」という苦しみは、同じだった。そして、その苦しみを共有できたことが、私たちを少しだけ強くしてくれた気がした。リヴィアが去っていくのを見送りながら、私は思った。私は、一人じゃない。ライルの『理』が分からなくても。自分の剣に迷っていても。それでも、私には共に悩み、共に苦しむ仲間がいる。それが、どれほど心強いことか。
「……ありがとうございます、……リヴィア」私は、小さく呟いた。
そして、もう一度、自分の剣と向き合おうと、決意を新たにした。王城の中庭に、静かな風が吹いていた。二人の少女が交わした言葉は、誰にも聞かれることはなかった。けれど、その言葉は確かに、二人の心に刻まれていた。そして、それはやがて、大きな力になるのだろう。まだ、その時ではない。けれど、いつか――。
(第五十一話 了)
お読みいただき、ありがとうございました。
届きたくても届かない存在を胸に抱える二人の出会いを書いてみました。リヴィアとセレス、ライルとアレクシウス。この四人の糸がどんな風に絡むのか。それはそうと、「糸」と「意図」は同じ音ですね。「絡み合う糸」「絡み合う意図」「糸が見える」「意図が見える」……と、名詞だと入れ替えても成立するものも多いことに気がつきます。日本語の妙ですね。
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次回は明日の11時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




