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おばけ居酒屋の裏メニュー  作者: ながる


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38 源三の残したもの

「俺、の?」


 戸惑う大樹さんに、断られる前にと私は付け足す。


「違ってもいいです。でも、メモはどれもレシピでした。きっと、大樹さんに関係が深いものだと思います」


 メモを私に託したのが源さんだとしたら、彼はもうこの店にはいないのだろうと、一路(いちろ)さんが教えてくれた。それから、もしも、まだ大樹と関わってくれるつもりがあるのならと、人ではないモノたちとの距離の取り方も。

 『源』に集まるのは、その料理が目当てのものらしい。だから、気付いても気付かないふりが一番。弱みを見せないで、今までと接し方も変えないで。心を揺らすと、彼らは喜ぶ。だから、いつも通りにするのが何よりの対処法だと。

 店を続けても辞めても、一度関わりを持ったからには大樹には彼らがついて回る。だから、多分、二度と巻き込まないために、貴女には返事を返さないつもりなのだろう、と彼は言った。

 一路さんに渡せば、メモは大樹さんの手に渡る。出勤日を教えてもらえば、彼に会うこともできるだろう。でも、なんだかそれではいけない気がした。


 少し落ち込んで家に帰り、預かったメモを開いてそのレシピを見た時、どうしてか、私は彼にそれを食べさせなければいけないと思った。

 それきりになるのだとしても、お節介だと嫌われても、もう一度、どうしても、この店で大樹さんに会わなければと強く思ったのだ。


 抱えているトートバッグの中には、買ってきた食材が入っている。

 ひとつひとつメモを開いてざっと目を走らせた大樹さんは、小さくため息をついてから、苦笑した。


「なるほど。『想い出の味』かもな。それで? どれが食べたいって?」


 どれもそう難しいものじゃない。でも、確実に彼に作ってもらうために、私は一番簡単な一品に目をつけていた。大樹さんの気が変わらないうちにとメモを覗き込み、うちの一枚を持ち上げる。


「これを、作りましょう」



 * * *



 草木も眠る丑三つ時。でも、歓楽街〈すすき原〉はこの時間でもまだ人の気配がある。この場所が闇に沈んでいるのは、やはり少し特殊なのかもしれない。赤い着物の幼女に少年。そして、なんだかわからない小動物。それらの視線を一身に集めながらの作業は、さすがにちょっと緊張した。

 大した作業じゃないのに、カウンターの内側はなんだか別世界だ。私が手を出すことで『想い出の味』が台無しになるかもしれないと思うと、手が震える思いがする。たとえそれが料理と呼べない程度の工程でも。


 お豆腐を混ぜた白玉団子を作るのは大樹さんに任せて、私は缶詰を開けていく。みつ豆、パイン缶、みかん缶、白桃缶。大きいものは一口大に切って、大きめのボウルにどんどん入れていく。ガラスや透明なボウルだと見た目にも楽しい。

 バナナも切って、みかん以外の缶詰のシロップを少しずつ合わせて入れる。白玉も入ったら、仕上げにお店の瓶のサイダーを注いで出来上がり。

 今風にするなら、キウイとかマンゴーとか、寒天じゃなくてゼリーとか入れると良さそうだ。

 レシピ通りには作ったけれど、肝心の味の方はどうなのか。

 うふふ、と少年が笑った。


「きれいねぇ」

「……食べたい、か?」


 少年に、大樹さんが聞く。少し緊張しているような、複雑な面持ちで。


「もちろん! だってね、いつもの『想い出の味』と違うんだよ」

「違う?」

「こら。いいから、(ぼん)は食べてごらんよ。違うなら判るはずだろ?」


 少年のほっぺをつまみながら、姐さんが大樹さんを促す。彼は胡散臭そうに出来上がったフルーツポンチを見下ろしたけど、黙って器に取り分けて、ひとつを私にくれた。

 彼が口に運ぶのを見てから、私もいただく。ピリッとした刺激にシロップ漬けの果物の甘さ。寒天と豆は歯触りのアクセントに。薄い緑やピンクのキューブ型は味はないんだけど、ちょっと宝石みたいでもある。確かにノスタルジーが口の中に広がる感じはあるけれど……

 やはり反応の薄い大樹さんを見上げて、この味ではなかっただろうかと心配になる。


「……何か、足りなくないか?」

「え!?」


 慌ててレシピを見返すけれど、書かれているものは全て入れたはずだ。お爺さんに限って、レシピに不備はないと思うんだけど……


「俺なら、もう少し赤いものを何か入れる。イチゴか、この時期ならブドウか」

「源さんのレシピだろ? そこまで考えるかね?」

「……あっ!」


 赤いもの、で思い出す。買ってはみたけど、まだ鞄の奥に転がってるもの。

 濃いピンクで、舌に色がつきそうな。

 私は慌てて鞄を漁って、缶を開け、箸で一粒つまむと大樹さんの器へと放り込む。残りはそのままフルーツポンチのボウルへとひっくり返した。


「これ! これじゃないです?」


 ちょっと呆気に取られていた大樹さんは、その丸い物体をスプーンで掬い上げて口へと持って行った。

 黙って咀嚼しながら、その目はどこか遠くを……もしかしたら、懐かしい日々を、見ているかのようだった。

 しばらくしてこちらに戻ってきた彼は、じっと私を見つめた。


「どうして、レシピにないのに」

「え? あの……お爺さんが……大樹さんの好物だって……」


 でも、それだけで出すのは躊躇われるし、昔は好物でも今は違うかもしれない。不安はあったのだ。


「昔はな……でも、思い出した。チェリーはある時とない時があって。入っている時は宝探しみたいで、そればかり掘り出そうとして……」


 言いながら、大樹さんは新たな器にフルーツポンチを取り分け始めた。少年と姐さんと、何故か小動物の前にも律儀に置いていく。


「なんであんなに夢中になったのか。なんでパティシエになろうと思ったのか……技術ばかり追ううちに、忘れていたのかもしれない――律夏(りつか)さん」

「はい」


 まっすぐ力強い瞳で見つめられて、どぎまぎする。


「ここは、もう閉めようと思います」

「……はい……」


 このひと月、覚悟していたことだったけれど、大樹さんの口からはっきり聞くと、胸の奥が重たくなった。


「だけど、もし俺が別の場所でまた何かを作るとしたら――そうしたら、また、食べに来てくれますか? 時々は、一緒に作ろうと、誘ってもいいですか?」


 一瞬、詰まった胸は、嬉しさだったのか、緊張だったのか。じんわり浮かびそうになる涙をぱちぱちと瞬いて誤魔化しながら、私は大樹さんの両手を取って大げさに頷いた。


「……はい……はい! いくらでも!」


 うっかりと近づいた距離に、大樹さんが少しだけオトコの顔をしたのだけれど、ギャラリーの多さに気付いてそっと離れていった。


()()がちゃんとできてるなら、もっと食わせてやる。()()ができるくらいにまで回復させろ」


 小動物をじろりと睨みつけて、大樹さんは言ったのだけど、当の小動物はキョトンと彼を見上げるだけ。姐さんが呆れたようなため息とともに「じゃあ、あたしには熱燗」なんて言うものだから、彼は姐さんにも鋭い視線を向けた。


「子供はジュースでも飲んでろ!」

「見かけで判断おしでないよ」


 華麗にスルーして、大樹さんは冷蔵庫からオレンジジュースを出してきた。苦い薬を出されたように、姐さんの顔が顰められる。


「俺は律夏さんを送ってくる。好きに食っていいが、店は荒らすなよ」

「はいはい。見張ってるよ」


 背中を押されてカウンターの内側から押し出されると、椅子から飛び降りた姐さんが代わりに中へと入って行った。低い棚を開けて一升瓶を出している。それを横目で見て小さく舌打ちをするけれど、大樹さんはそれ以上彼女を止めなかった。

 小動物はそんな大樹さんの様子を、彼が店を出るまで、じっと視線で追っていた。


 タクシーの中で彼に訊いてみる。


「あの、動物の仕事って……プロの動物アクターか何かなんですか? 回復って言ってましたけど、怪我か病気でも?」


 普通の動物じゃないのはなんとなくわかったのだけど、一路さんの忠告のおかげで触れるに触れられなかったことを聞いてしまう。

 大樹さんはちょっと笑うと、迷う素振りをした。


「いや。まあ、色々あるんだよ。知らない方がいい」

「大樹さんは、大丈夫なんですか?」

「大丈夫なように一路に相談するよ」


 それで、思い出した。鞄からお守りを取り出す。


「これ、一路さんから……」


 みなまで言う前に、大樹さんは差し出した手を押し戻した。


「言っただろ。俺は本人にまたもらうから。それは律夏さんが持ってて。俺が言うのもなんだけど、他のとこのよりずっと御利益あるから」

「それは……きっと、一路さんが大樹さんを心配する想いもこもってるからですね」


 微笑めば、軽く触れていた彼の手が、お守りごと私の手を握り込み、けれど視線は慌てたように反対側の窓へと逸らされた。触れる指先が熱くて、でもそれきり黙ったままで、タクシーはアパートの前まで辿り着いたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] そっか……お店は残念だけれど、大樹さんの決意と覚悟が決まったようなのでそれでよしです! 簡単に作れるものが思い出の味だったこと、そしてパティシエを志したきっかけだったこと……なるほど、と納…
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