28 女子会
律夏からの連絡を受けて、急遽響の勤めるバーで待ち合わせをした。何やら聞きたいことがあるって話だけど、話したいこと、ではなく?
首を捻りつつ、初デートの報告を楽しみに気合を入れてお洒落する。
時間前には店に着いたんだけど、律夏は店の前ですでに壁に背を預けて待っていた。
「なんで入んないの?」
「だって、まだ開いてないよ」
ほら、と準備中の札を指差す。
「おかしいと思ったんだよ。響さんのお店、オープンいつももうちょっと遅いもの」
「営業前だから話しするのにいいかなって。鍵は開いてると思うけど」
ノブに手をかけて引けば、簡単にドアは開いた。
「ね?」
「あっ……ちょっと、芳枝!?」
真面目な律夏の呆れた声が追ってくる。
「すみませーん。まだ営業前でーす」
「準備手伝うから、ちょっと場所貸してよ」
「は?」
ひとり開店準備をしていたらしい響が、怪訝な顔でカウンターの下から顔を出した。
「響さん、ごめんなさい! 芳枝、連絡もしてなかったの!?」
「店にいるかは聞いたよ?」
一息つくと、響はもう諦めの表情で布巾とスプレーボトルを用意し始める。
「じゃ、テーブルとイス拭いて」
「急にすみません……」
「まあ、いつものことだし。慣れてるよ。手伝ってくれるなら問題ないない」
「ねー。大丈夫でしょ」
「お前はちょっと黙ってろ」
さすがにちょっと冷たい目で見られたので、しばらく真面目に掃除した。
最後の椅子を拭いていると、近くのテーブルを拭いていた律夏が珍しく低い声を出す。
「……芳枝、知ってたでしょ」
「何をー?」
「大樹さんが、パティシエだったこと」
ぅおっ……と変な声が出た。そろりと伺えば、半眼で睨めつけられている。
「彼が言ったの?」
「どうして先に言ってくれなかったの?! 他のお料理はまだしも、デザート系への言及なんて恥ずかしすぎる!」
「ってもねぇ。もう辞めちゃってるし、あんま触れられたくなさそうだったから」
「その割に、彼に突っかかってケーキ注文してたじゃない」
「いやぁ、それは興味あるでしょ。コンクール入選者のスイーツ。食べてみたいじゃん?」
律夏はびっくり顔で固まってしまった。奥で聞き耳を立てている響も、こちらに視線を向けている。
「こ、コンクール……?」
「優勝はしてないけど、入賞は常連だったよ。彼のいるチームは安定して賞を取ってた」
「な、な、な……芳枝、彼のファンだった?!」
なんだか取り乱している律夏が可笑しくて、笑いながら首を振る。
「ちがうちがう。あの頃、スイーツ系担当してたから、そういう記事によく目を通してて。よく見る名前だなってなんとなく目を惹かれて。まさか居酒屋の店主として会うとは思わないじゃない?」
「辞めたのも知ってたの?」
「ううん。辞めた頃は別の担当で忙しくしてたし、地震か台風か災害系のニュースと重なった時期で報道もほとんどなかったって、調べてから知ったよ。ネットでの評判も、そう悪くはなかったはずなんだけど……」
手にした布巾を握りしめて、「あのね……」と律夏は今日の出来事を語ってくれた。
気を利かせた響がカウンターに飲み物を用意してくれて(とりあえずお酒ではなかった)じっくりと聞くことができたのは良かった。私的にはじれったい感じもするのだが、急展開されていてもきっと気に食わなかっただろうから、尻を叩きたくなるくらいで丁度いいのかもしれない。
「なるほどねー。否定意見は少ないと思ったけど、可もなく不可もなくっていうのが確かに一番印象には残らないもんね……騒動の後は同情的な意見が多かったけど、そういう人たちって言うほど買いに行かないし。今ほどSNS全盛でもなかったから、宣伝下手だと厳しかったのかも」
「でも、言うほど平凡な味でもないよね? 芳枝も美味しいって言ってたし」
「そうね。でも、期待値が違うのかも。居酒屋で出てくるものと、こじゃれた店頭で迷って買うのと。彼は掲げてたわけじゃないけど、その背景を知ってる人は知ってるから、思ってた割には……ということはありそう」
「芳枝も厳しい……」
なんて、自分のことみたいにしおらしくなっちゃってるけど、それを最初にばっさり切り捨てたのはあなたではないですか?
ちょっと呆れ顔で視線を流せば、律夏は気づいて赤くなった。
そういう顔をうかつに見せちゃだめだぞ。襲われるからね。
「わ、私は、ほら、よくわかってないから」
「そういう偏見の少ない客観的な意見を聞きたかったんでしょ」
「……大樹さんもそう言ってた……」
私には一言も感想聞かなかったからね。
「で、知っちゃったから、もう声はかからないと思ったわけね?」
「やっぱりあの店も閉めちゃいそうな口調だったから……」
その先、自分から次の約束を取り付けたところまでは褒めてあげたい。律夏はやっぱりただのうっかりさんじゃない。
……とはいえ。
「なんでパンケーキ?」
「えっ。ダメ、かな?」
「ダメって言うか……一歩間違えれば馬鹿にしてるとも取られかねないじゃない? せっかくプロなんだから、ケーキ作りを教えてもらえばいいんじゃないの? 小学生の初めてのクッキングじゃないんだし……」
律夏は料理もできる女だから、できないふりをすることはない。
「そ、そんなつもりは!」
ないのはわかってるけどさ……彼も解ってるから受けたんだろうし。悔しいけど、そういう大人なところはポイント高いんだよね。あの仏頂面。
「だって、ケーキ作りたいなんてケーキ作りに悩んでる人に言っても迷惑じゃない。こう……もっと気軽に美味しいものできるって思い出してほしいって言うか……肩ひじ張らない物の方がいいのかなって。かといってあんまり遠くない物って考えたら、それしか浮かばなくて」
「なんか、高度なこと期待されてるみたいで、めっちゃ悩んでそう」
「えっ!? そんな……えっ……」
しばらくオロオロする顔を見て楽しんでたら、響に氷の欠片を投げつけられた。
何をするんだ。客だぞ、わたしゃ。
「ちなみに、そのパクったケーキ屋は今も繁盛してるわけ?」
助け舟なのか、響は少し話を戻した。
それについては実は私も調べたんだ……まだやってたら、比べてやろうと思って。
「……それがさ、騒動の一年後くらいにその一帯火事になってるんだよね。オーナー夫婦は亡くなって、結局同じ店は復活してない。バイトしてたって人がどうしてるかは、正直追いきれなかった」
「うわ。なんか、後味悪っ。辞めなくてもよかったんじゃね?」
「だよねぇ。別に彼のせいとかじゃ全然ないけど、騒動知ってる人たちは、祟りだとか呪われたとか勝手な噂してたし」
「そう、なんだ……友達が「厄落とし」なんて言ったのは、そういうこともあったからだったんだ……自分だけ、助かったって思っちゃったのかな」
いやいや。律夏じゃあるまいし、そこまでお優しい思考はしてないと思うけど。不満のぶつけどころが無くなって、無気力になる、のは解る気がする。
「まぁさ、聞いた感じ、少しは前向きになってるみたいだし、パンケーキが上手くいったら次は外に誘ってみなよ。お祭りとか、花火とかイベントあるんだしさ」
「そんな時期か……花火は仕事だから無理だけど、祭りくらい行くか?」
「えー。人混みじゃん。全額おごりなら考えるかなぁ」
「……全額おごりで「考える」かよ……」
「うまく誘えたら、四人で行ける……?」
律夏の弱々しい提案に、私は飛び上がる勢いで彼女を向いた。
「えっ。ナニソレ。素敵! かっわいい帯の結び方見つけたの! 着付けさせて!? 響が全額おごってくれるから、荷物も少なくていいし!」
「おいっっっ?! 俺は全員の分おごるなんて一言も言ってないからな!?」
盛り上がっているうちにオーナーが出勤してきて、バーは大人の時間へと移行していった。




