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おばけ居酒屋の裏メニュー  作者: ながる


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22 甘い囁き

 大樹は広くない店内を見渡して、軽く眉をひそめた。

 今日に限って一般の客が三組もいる。大樹の斜め前のカウンター席には律夏(りつか)という女性が座っていた。大樹が源三の代わりに店を開くようになった初めの頃に通い始めた客で、週一くらいの割合で顔を出している。時々面白い表現をする女性で、先日には大樹が気にかけていたことへのヒントをさらりと口走ってくれた。

 もう少しゆっくり話をしたい。でも、身構えさせてしまっては台無しになる。そんな予感がして、どう切り出そうかと葛藤しているうちに時間が過ぎていく。

 たぶん、そろそろ帰る頃合いのはずで。

 こんな時に限って客が多いのは、ある意味そういう運命なのかもしれない。ようやく何が悪かったのか解りかけて、次の糸口が掴めそうだと思ったのに。

 空になったグラスを置いて、髪を纏めていたシュシュを外す律夏を目の端に、大樹は小さく息を吐き出した。また来週、だなと。


「お愛想、お願いします」


 大樹は黙って頷いて電卓を叩き、彼女に表示を向けてやる。

 彼女が手にした財布から札を取り出そうとした矢先に、その鞄からワンコール分だけ曲が鳴った。


「え? なんで?」


 彼女は慌ててスマホを取り出して見ているが、本来ここでは電波は入らない。初めに彼女にそう告げたのは大樹だし、だが、何かの拍子に一瞬だけ繋がるということも無いわけではない。

 履歴を見た彼女は、慌て気味に札を二枚カウンター台に置いて踵を返した。


「お釣りいいです。ごちそうさまでした!」

「ありがとう、ございました……」


 スマホを見ながら足早に店を出る後ろ姿を見送って、カウンター台に乗せられた食器類を片付ける。布巾を手にカウンターを拭こうとしたところで、彼女のシュシュが残されているのに気がついた。拾い上げ、出口に目をやって少しだけ迷うと、大樹はそれをポケットにしまおうとした。そのタイミングで声がかかる。


「行っといで。電話してるなら、まだビルを出たとこにいるだろうさ」


 その、見え見えの笑顔に、大樹は先ほどのワンコールの理由を理解した。

 お前の考えていることなどお見通しだと言われるようで腹立たしいが、言い返すには客層が微妙だ。その客たちに笑んだまま頷かれれば、行かない方が不自然だった。


「……すぐ戻ります」


 予想した通り、律夏はビルを出たところでスマホを耳に当てていた。それもすぐに外すと鞄にしまい込みながら歩き出す。躊躇いより先に声が出たのは、大樹にも意外だった。


「律夏、さん!」


 怪訝な顔で振り返った彼女の目が驚きに見開かれる。大樹は言い訳がましく先を続けた。


「忘れ物を……その、ご友人がそう呼んでたので……」


 フルネームなど聞いたことがない。


「ああ。そうですよね。すみません、わざわざ。次の時でもよかったのに」

「お忙しい、ですか?」

「え? ああ」


 大樹の視線を追って、律夏は困ったように笑った。


「それが、確かに上司からだったんですけど、かけた覚えがないって。履歴には残ってるから、間違って触ったのかもーって。また何かやらかしてたかとドキドキしちゃいました。人騒がせですよね」

「何でもないなら、良かった……それで……実はその、少し、頼みたいことが、あって……」

「頼み? 私にですか?」


 大樹は頷くと同時に、乾いてくっつきそうになる喉に潤いを送り込む。


「試食を、頼みたいというか……ええっと……し、試作品の味見をしてもらえたら、と」

「味見? お店でいただいてるのとは、別でですか? 私、全然素人ですけど」

「いいんだ。この前みたいに、素直な第一印象を聞きたい。休みの日の何時間か、付き合ってもらえたら……あ、バイト代は出せないが、昼くらいはまかないか何か」

「お休みの……」

「あっ。いや。無理にとは。貴重な、休日だし……」


 柄にもなく慌てる大樹にふふ、と笑うと、律夏はひとつ頷く。


「わかりました。まかないも期待しちゃいます。今週末でいいんですよね?」

「ああ。助かる。ありがとう。明るいうちの、都合のいい時間に来てくれれば」

「十時くらいとかで?」

「構わない」


 快く受けてくれたことにホッとして、大樹は「じゃあ」と踵を返そうとした。律夏は軽く会釈をして、ふと動きを止める。


「あれ……お店にたまにいる、えと。名前わからないや。お子さんじゃ?」

「え?」


 振り返っても、大樹の目に狐の耳も尻尾も入ってこない。


「どこ行くのかしら?」


 不思議そうにふらりと足を踏み出す律夏の腕を大樹はとっさに捕まえた。


「姐さんの店ですよ。隣のビルなんです。迎えに行きますから、ご心配なく」


 ぱちぱちと瞬く瞳に大樹を映すと、焦点が戻ってくるのが判った。最近は少年の姿自体見ていなかったので大嘘だが、彼女の興味を失わせる方を優先する。酒が入っていると、どうしても惑わされやすくなりがちだ。幸い、彼女は大樹の嘘を信じたようだった。


「いつものことなんですね。今度一緒にご飯食べようって伝えといてください」

「……ああ」


 ちゃんと彼女が地下鉄駅の方に向かうのを見届けてから、大樹はもう一度振り返って雑踏に目を凝らした。悪意は感じられない、と思う。夜のこの街は、いろんなものが渦巻いていて見分けるのが難しい。

 短く一息吐いてから、大樹は店へと戻るのだった。




 最後の客を見送って、暖簾を手に中へと入る。

 姐さんは空になった徳利を恨めしそうに覗き込んでいた。


「彼女が、狐の坊主を見たって。追いかけようとしたから止めた」

「なんだ。だからちょっと遅かったのかい? あたしゃてっきり口説いてるものだと」

「口説……」

「珍しく、話したそうにしてたから、節介を焼いたんだけどねぇ」

「そんなんじゃない。彼女の感性から、少し学びたいと……」


 姐さんはにやにやとつまんだ徳利を揺らしている。


「でも、誘ったんだろう? 二人で会うんだろう?」

「だから、そんなんじゃ。違うレシピも増やせればと思って……あんた達だって、その方がいいから節介も焼くんだろう?」

「そうだけどね。あちらもそう思ってるかねぇ」

「な、ん……」

「ま、ついでに口説いてくれるくらいの方が、あたしらには()()()()んだよ。上手くいっても、いかなくてもね。それにしても、狐の坊やがねぇ……」


 にやけ顔から一転、眉を寄せる様子に、大樹は不満のもろもろを飲み込まざるを得なかった。軽口よりも、よほど聞きたい話だったから。


「彼だと思うか?」

「さあ……外のことは細かく見てないしね。あの子のする悪戯くらいじゃ、そう害もない……と、思うんだけど」


 とん、と徳利を置いて、彼女は立ち上がった。


「あたしの邪魔をするなら、どうにかするよ」


 ひやりと冷たい薄笑いを残して、彼女は消える。大樹はこらえきれないというように一度身震いした。


『……あんまり踏み込むな。あちらはあちらの、こちらはこちらの都合がある。ただの客として以上に扱うなら、リスクも抱え込まなきゃなんねぇ。出来ねえなら、ここいらでやめとけ』


 源三の言うことは大樹も分かっているつもりだった。妖怪たちとも、源三の客とも深入りする気はなかったのに……いつの間にか、目の前に欲しい餌をぶら下げられて、手を伸ばそうとすれば関わらざるを得なくなっている。

 確かに、そろそろ源三の客への挨拶は済んだ頃合いだ。新しい客が馴染んでしまう前にスッパリと辞めて、元の生活――あるいは、新しい生活――に戻ればいい。

 少し前の彼なら、ためらいもなくそうしただろう。

 大樹は口を引き結んだまま、黙って深く頷いた。

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