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おばけ居酒屋の裏メニュー  作者: ながる


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15/41

15 兆し

 「合わせて三千円になります。御朱印ですか? 少々お待ちください」


 大樹は我ながら機械のようだなと、決まった文言を繰り返す自分自身に少し嫌気がさした。

 頭の中では先日断った『想い出の味』の案件がずっと引っかかっていた。

 最初のご婦人の依頼以降、源三が大樹に受けろと強要するようなことはない。だから、持ちかけられるあれこれは断っていた。

 源三も特に何も言わないが、最初の案件は、どちらかというとスイーツよりのレシピだった。だから、大樹に「受けろ」と押し通したのだと思っている。

 あの時は客にも喜んでもらえたし、及第点をもらえたから良かったものの、手の込んだ料理や、相手の性格次第ではどうか判らない。料理は一通りできはするけれど、大樹はあくまでもパティシエだった。


 だというのに、先日の客の依頼を断った時、仕方ないやと笑った彼の後ろで年配の女性がひどく残念そうに肩を落としたのを見てしまって、罪悪感が居座っていた。

 最近おんぼろ居酒屋に通ってくるようになった客の、何気なかったであろう一言が、大樹の中でぐるぐる回り続けている。

 同じレシピでも、『あなたの味』だと言うのなら、『想い出の味』とはどうやってできるのだろう。

 こればっかりは、源三に聞いても埒が明かない。彼は死者にレシピを聞いて、その通りに作るだけだと言うのだから。

 ひとつ掴めそうになると、ひとつ遠のいていく。やはり、すっぱり足を洗った方がいいのではないかと、お守りや護符を渡しながら落ち込んでいく。初めから、何もできなかった方が、もしかしたら楽だったのかもしれない。


 列が切れ、一息ついた時、大樹は視線を感じて顔を上げた。

 目つきが悪いのを自覚しているので、彼は普段、できるだけ伏し目がちに接客している。拝殿に流れていく人々をいちいち気にしたりはしなかったが、不届き者がいる時は、気配で判った。良くも悪くも、境内は清らかに保たれているから、余計なものまで見える大樹が世間から離れているのに都合が良かったのだ。

 視線の先で、立ち止まってこちらを見ている人物と目が合った。ほんの一瞬で、すぐに人に紛れてしまったけれど、わざと向けられた嫌な気配が大樹を不快にさせた。

 男、だったような気がする。

 だが、たぶん、人ではないんだろう。有象無象の小物なら、そう長くはこの敷地に留まれないだろうが、そういう感じではなかった。

 男の背中を探して人の流れを睨みつける大樹が、声をかけるのを躊躇っている学生風の女性グループに気付いて気まずい思いをしたのは、数分後のことだった。



 * * *



 仕事を終えて外に出ると、手水屋に少年の姿が見えた。

 元がキツネの彼はこの場も特に苦ではないらしい。いたずら好きというくらいでは、神様は気にも留めないというのだが、悪い方にエスカレートしないのは、源三のおかげかもしれないと大樹は思っている。

 大樹に気付いて、跳ねるように駆け寄ってくる姿は確かに愛らしく、無碍にできなかった源三の気持ちもよくわかるというものだ。


「……何かあったのか?」


 端的に問うと、少年はふるふると首を振った。


「急ぐわけじゃないんだけど。張り紙見て引き返した人がいたから。近いうちに『想い出の味』頼みに来ると思う」

「……そうか」


 少年の期待に満ちた瞳から目を逸らして、大樹は前を向いた。

 次も断ることになる。引き受けて、失望する人数が増えるのはいたたまれない。源三のレシピでさえ、彼ほどのものはこもっていないと、彼らの反応で判る。「源さんの三分の一程度しか生きていないのだから、これからが楽しみだね」というのは、賞賛ではないだろう。

 このまま、古参の常連が諦めてくれれば、妖怪たちも諦めがつくだろうか。

 大樹は少年に気付かれないよう、小さく息を吐き出した。


「あっ! お姉さんだ! おねえさーーーん!」


 大通りに出たところで、パッと少年は駆け出した。

 止める間もなく、慌てた大樹は少年の背を追いながら行く先を確認する。五、六人の男女グループがビルの入り口前でたむろしていた。

 輪の外側に立っていた女性に、少年は飛びつく勢いだ。


「こーんにちは!」

「え? あ! こんばんは。え? どうしたの? 誰かと一緒?」


 驚いた様子の彼女は、すぐに追いついた大樹を見て目を見開いた。


「……すいません。こら。ご迷惑だ」


 手を引く大樹にぷぅ、と頬を膨らませる少年。それを見て、律夏(りつか)は小さく笑った。


「迷惑では……よかった。迷子ではないのね」

「お姉さんはこれからご飯? 一緒に食べる?」

「こらっ!」


 どう見ても先約がある。少年の手を強く引いて離れようとした大樹の腕に、不意に鳥肌が立った。改めてその場のメンバーに視線を走らせる。

 ビールっ腹のオヤジが二人。眼鏡で貫禄のある七三が一人。女性はバリバリのキャリアウーマンと彼女の二人。そして。


「打ち合わせが終われば、一緒に食べてもいいんだけど」


 一見、柔らかな笑みをたたえた、二枚目が一人。

 その男性に声をかけられて、少年は耳と尻尾の毛を逆立てて(他の人には見えないだろうが)大樹の陰に回った。


「ごめんね。お仕事も兼ねてるから、一緒には無理かな。でも、ここのご飯も美味しいから、おうちで食べないなら入ってみる?」


 律夏は少年ではなく、大樹に確かめるように首を傾げた。


「いや。行くぞ。お騒がせしました」


 ぺこりと頭を下げて、大樹は少年を引きずるようにその場を離れた。

 背を向けていても視線が張り付いているのがわかって、繋いだ手に汗が滲む。少年も気づかなかったくらいだ。ずいぶん上手く隠しているのだろう。神社で感じたのと同じ不快さに、徐々に歩みは早くなる。


「――って」


 引いているはずの少年の手を逆に引かれて、大樹は我に返った。と、同時にいやな気配も霧散していく。


「ちょっと待って。はい。またお店に行くから、その時は一緒に食べよう?」


 少年の手に飴をひとつ握らせると、律夏はひそひそとそう言った。


「急いでるのにごめんなさい。じゃあ、また」

「あの男……」


 大樹の口を突いて出た言葉に、律夏は踵を返した足を止める。


「あ……いや……」

「大丈夫ですよ。言いませんから」


 にこりと笑った彼女は少年に手を振って、グループの輪に戻っていった


「……ひふみ よいむなや こともちろらね…………」


 大樹はその背に小さく呟き、短い祝詞を唱える。唱え終わる頃には、平静さを取り戻していた。

 仕事だと言っていたのだから、あちらも彼女に余計なことはするまい。

 昼のことを考えても、絡みたいのは大樹になのだろう。自分に降りかかる火の粉は自分で払えばいい。

 ――とはいえ、彼が妙なものに絡まれる理由は思いつかなかった。


 おんぼろ居酒屋まで戻って、何の気なしに開けた引き戸の目の前で、赤い襦袢が翻る。何か質量のあるものが大樹の身体を通り抜ける感覚がして、脳が揺すられた。

 こみ上げた吐き気をこらえて、口元に手を当て、平衡を失った身体は女の細腕に支えられる。


「すまないねぇ。余計なモンまでくっつけてきたから。ちょいと妖気に当てられるだろうが、まあ、(ぼん)ならすぐ良くなるだろう」


 ぽんぽんと背を叩く手は子供をあやすよう。女の身体からはほのかに白粉の匂いがする。

 自力で離れたかったけれど、大樹の身体のどこにも力が入らなかった。


「……おや……すまないねぇ。今日はこの通り店主の調子が悪くてね。店は開かないよ」


 姐さんの声にいたずらっぽい響きが加わって、背を撫でる手つきが変わった。

 大樹の背後で誰かが去り、金属製のドアが閉まる音がする。

 くっくと喉の奥で笑う声に舌打ちを響かせる前に、大樹の意識は闇に紛れていった。

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