古本屋店員時代の思い出【恋愛編】後編
それは結局のところ、幕田の自己満足であり、思い上がりだったのだろう。
自分の中で彼女を『庇護すべきか弱い相手』と勝手に決めつけて、独りよがりな愛情を押し付けていた。
自分自身を勝手に決めつけられていた彼女のストレスは計り知れない。そりゃ、フラれて当然なのだ。
だから今思い返すと、この恋愛において彼女を責める感情は全くない。むしろ自分の未熟さ、至らなさを猛烈に思い起こさせるエピソードだと認識している。
とは言うものの、あの頃の幕田がそれに気付くはずもない。「ごめん、別れたい……」と「ごめん、やっぱり好き」を何度か繰り返されるうちに、幕田の中に彼女の感情を疑う気持ちが生まれてくる。
彼女の感情を他人である幕田が疑うのだ。
なんだそれ、である。
最後の「ごめん、別れたい……」は長かった。数ヶ月経っても「ごめん、やっぱり好き」の言葉はなかった。
その間、何度か連絡は取っていた。
その度に幕田は彼女に語りかける。
「その『好きじゃない』という感情は、病気が見せているまやかしなんだ。君は確かに、俺のことを好きなんだ」
チャゲアスの『SAY YES』の歌詞だろうか。
言葉だけ取り出してみると、完全に頭のイカれたストーカーの発言だ。自分をどれほどたいそうな人間だと思っていたのか。お前は所詮、恋に狂っただけの未熟な若造なのに。
それでも俺は、熱い言葉が彼女の感情を溶かすと信じていた。
それこそ愛があれば、人の心さえ動かせると――
「ごめん、やっぱり好きじゃなくなったんだよ……」
泣きながら彼女は言った。
俺の愛は、彼女をただ傷つけただけだった。
俺は学祭のライブに彼女を誘う。言葉じゃなく、今度は歌で、俺の感情の全てを伝えようと思った。
でも、彼女は来なかった。
* * *
そんなこんなで、俺と彼女の交流は途絶えた。
大学2年の秋だった。
……シリアスな語り口はこのへんで。
なんか疲れた。
それから一年後の冬に、今の妻となる女性と連絡を取るようになるわけだけど(『実習班の幕田くん』参照)、それまではずっと引きずっていたと記憶している。
やがて社会人になり、幕田は今の妻と遠距離になる。
実はそれから一度だけ、元カノと会った。
きっかけは復縁を望む電話で、俺にはすでに将来を決めた相手がいると伝えると、彼女はひどく取り乱していた。そして、一度だけ会いたいと俺に言った。
なんで会いに行ったのかわからない。
多分俺にとっても『あの別れ』が宙ぶらりんになっていると感じたからだ。
交際していた頃にちょくちょく行ってた、バイト先近くのミスドで元カノに会う。彼女はあの頃より少しふっくらしていた気がしたが、やっぱり可愛かった。
それからカラオケに行った。
俺は歌をうたう事が大好きなので、空気を読まずにめっちゃ歌った。ていうか、めっちゃ歌わないとやってられなかった。
俺の曲が終わる。
元カノの番なのに、次の曲を入れてなかった。
騒がしいCM映像が流れる中、彼女は目を瞑って俺に唇を向けた。
ちょっとだけ。
まじでほんのちょっとだけ俺は迷った。
でも結局、何もしなかった。
それで、俺の中の宙ぶらりんは吹っ切れたのだった。
* * *
これの一連の出来事と、失敗は、幕田にとって大きな糧となった気がする。
「俺が彼女を守る!」
という、女の子を弱者と決めつけるような、自己中心的な男らしさ。
「愛はきっと伝わる!」
という、愛情の表現にはまるっきり無頓着で、ただ盲目的に愛を伝えるだけ行為。
そういうものが、実際の人間関係、男女関係において成り立つのは、よっぽど稀なケースなのだろう。
幕田は小説の中で、可能な限りそういう『一方的な男女関係』を廃したいなーと思うようになった。
守られるだけではなく、互いに支え合うヒロイン。
愛してるという言葉や、たった一つの行為だけじゃなくて、それまでの積み重ねによって主人公に愛情を感じるヒロイン。
なんか、そう言うのの方がいいなーと思っている。
(それがちゃんと表現出来てるかどうかは別として……)
どうでもいい思い出話を、申し訳程度に創作へ繋げたところで、【恋愛編】は終わろうと思う。
深夜に、昔の事を思い出して、ちょっぴりセンチな気持ちになる幕田なのだった。




