古本屋店員時代の思い出【恋愛編】前編
幕田は大学1年の夏から3年の夏にかけて、某古本チェーン店でバイトしていた。
社名は伏せるが、なんか黄色っぽい看板で、本を持ったテキトーな顔の奴がイメージキャラになってる会社だ。
最近ちょっと不祥事が……ゴホンゴホン……
あれは大学2年生の夏だったか。
幕田に初めて『ちゃんとした』彼女が出来た。
ちゃんとした、と前置きするのは、それまでの交際があまりちゃんとしてなかったからだ。
実のところ、大学1年の夏に同級生と一悶着あったり、大学1年の冬に童の者を卒業したりと、色々あった。だがこの二つは完全に自分の浅はかさ、人生経験のなさが生んだ目も当てられない『失敗談』であり、ネタ的にはかなり語れる部分が多いのだが、あえて語るのも気が引ける。
いずれ機会があれば……。
というわけで、大学2年に進学した幕田は、1年の時の濃ゆい恋愛経験で打ちのめされて、男女関係に対してどこか達観した雰囲気になっていた(実際は達観してないけど、雰囲気だけね)。
「恋愛にがっついてない状態の方が逆にモテるよね」とはよくいうが、当時の幕田はまさにそんな感じだったのかもしれない。女の子と付き合いたい! とムラムラしていたDTはどこへやら。完全に賢者の風格だった。
そんな折、古本屋に新しいバイトが入った。
その子は、小柄でハムスターみたいな女の子だった。年は1学年上なのだが、見た目が子供っぽくて、全然そんなふうには見えない。
名を仮にA子とする。
A子は決してバリバリ仕事ができるタイプではなく、常になんかあわあわ焦っていて、マンガ的表現だと頭から汗がぴちぴち飛び散ってるみたいな感じだった。
幕田もそこまで仕事が出来るやつではなかったが、1年間このバイトで揉まれた事もあり、一通りは教えてあげる事ができた。
当時はクセの強い店員が多かったため、比較的無味無臭で『こんな感じでいいと思うよー、俺もよくわんないけどさー、はははー』って感じの幕田は、さぞ相談しやすかったんだろうなと思う。
同年代の女の子に色々頼りにされる。
最高のシチュエーションではあったものの、当時の幕田は恋愛で傷つけられ心が死んでいたため、彼女を異性として意識する事はなかった。
だが不安そうに仕事を手順を訊ね、教えてあげると嬉しそうに笑う彼女と交流を深めるに連れて、A子に対して温かい感情が芽生え始めた。
実際のところ、下世話な表現であれだがカワイイ系のA子はマジで幕田のタイプだった。
考え方も似ているし、好きなものも似ている。彼女は俺の理想の女性なのではないか、と俺は思い始めていた。
いたって自然な流れで、俺たちは交際を始めた。
彼女もまた、俺に初めて会った時に「優しいし、劇団ひとりみたいでかっこいい!」という独特な好印象を持っていたらしい。劇団ひとり、似てるか?
褒められてるのかよくわからなかったが、かっこいいと言ってもらえるのは嬉しかった。
交際当初は、普通のラブラブカップルだったと思う。
水族館に行った。街でショッピングをして、映画館で流行りの映画を観た。彼女が好きだというDVDを借りてきて、部屋で2人で観て、感想を言い合った。
ごく普通の幸せな交際が続いた。
でも、ここで『昔の思い出』として書いているわけだから、当然この交際には終わりが訪れる。
そこには、彼女が患っていった精神面の『病気』が深く関係していた。
交際から2ヶ月ほどが過ぎ、時々ぼーっとその辺を眺めていたり、些細なことで妙に落ち込んだり、「なんだか怖い顔した小人がいるの」とか言い出すようになる。俺との関係が深まるにつれて、自分の内面を吐き出すように、そんな事をちょくちょく語るようになった。
彼女は精神的な病を抱えていた。
その病名は伏せるし、幕田は素人だから病気に関しての不用意な考察は控えようと思う。
だからここからは、あくまで幕田が聞いた事、感じた事が主体の文章と思ってもらいたい。
病気には波があって、良くなったり悪くなったりするらしい。徐々に病気が悪化した彼女は一時的に入院する事になり、その時点で幕田は、彼女がそういった病気を抱えていることを知らされた。
その病気がどんなものなのかもよく分からなかったが、ネットや本屋の医学書を読んで、彼氏としてどうしたら彼女がこれ以上苦しまないか、色々調べ実践する。
入院中、飼ってるハムスターに会えないのが寂しいと言えば、フェルトの手縫いで下手くそなハムスターのぬいぐるみを作ってあげたり。
退院後、ご家族に「変な男と付き合ってるのでは?」と心配をかけないように、実家療養となった彼女の家へと菓子折りを持って挨拶に行ったり。
会えなくて寂しい言えば、毎日電話して悩みやグチを聞いたり。どうしても会いたいと言えば、原付をとばして会いに行ったり。
そりゃあもう、ヤバいくらいに尽くしていた。
自分の行動を文章化してみると、彼女がなんだか『わがままな女』に見えてくるかもしれない。
でも実際にはそんな子ではなかった、と思っている。
意図的に幕田を振り回しているというよりは、感情が昂ってついつい口に出してしまった発言を、幕田がマジで捉えて勝手に尽くしていたというか……。
初めての男女交際なんて、こんなものなのかもしれない。いはんや非モテ男においてをや……。
俺は彼女のために尽くす事に喜びを感じていた。
心の病がなんだというのか。
ただ愛す事で、全てはいい方へと転じていくに違いない。そう信じ込めた俺は、まだまだ若くて無知だった。
しかし、そんな幸せもも長くは続かない。
ある夜に突然電話がかかってきて、幕田は別れを告げられる。まさに晴天の霹靂だ。
「ごめん、卓馬のこと、好きじゃなくなった……」
そう言って泣きじゃくる彼女に俺は縋った。考えうる全ての言葉と愛情をもって、離れていく彼女の心を引き留めようとした。何を言ったかはよく覚えていない。ただ、かなり情けない言葉も吐いたと思う。
それでも、彼女の意思は固く変わらなかった。
そして幕田の恋は終わった――はずだった!
失恋の痛みを癒すために、友人と酒を浴びるように飲み、カラオケでバンプの「ラフメイカー」とか「ベル」を泣きながら歌っていると、幕田のケータイが鳴った。
画面には彼女の名前。
「ごめん、やっぱり好き」
悲しみのカラオケは、歓喜のカラオケへと変わる。
ここまでは、ごくありふれたラブストーリー。
一度離れた心が再び近づき、幸せな結末へと向かっていく、そんな手垢のついた恋愛物語。
しかし、ここから幕田は何度も、何度も、何度も……身を裂くような「別れの悲しみ」と、壊れかけの心を繋ぎ止めるような「復縁の喜び」を、幾度となく繰り返すこととなる。
すみません、この誰得な自分語りは、もうちょっとだけ続くんじゃ……




