俺は他人に興味がない……?
妻に「卓馬は他人に興味がないよね」と言われます。
そりゃ、道ゆく人を人間観察してファッションやら性格やらをいちいち分析し始める妻と比べりゃ、興味はないと思います。
でも、他人なんかどうなってもいい! ってわけでは全然なく、むしろそこそこ気を使うタイプではあると思います。
きっと『他人』の定義の違いなんじゃないでしょうか?
妻にとっては自分以外は全人類が他人ですが、俺にとっては自分の周りの親しい人物が他人であり、それ以外の人は『無』の存在です。
無の人達に興味が持てないのは仕方ないと思います。
ちなみに、事務的な会話しかしないクラスメイトや、テレビの中の俳優さんやアイドルなんかは『無』に近いです。
でも、もしこのエッセイを読まれた方がいれば、それは幕田にとっての尊重すべき『他人』です。
なんか、そんな感じの距離感なんです。
幕田にとって無であり『興味がない人たち』へリソースを割かなかった分、幕田は自分自身についてはめちゃくちゃ興味があり、分析しまくっていました。
自分から離れれば離れるほど興味が持てないのなら、自分に一番近い『自分』に最も興味を持つのは自明の理ですよね。
ある意味、ナルシストです。
自分がどんな事に関して喜んだり、怒ったり、悲しんだりするのか、頭の中で文章にして読み上げる作業を、何度も何度も何度もやってきました。
でも今になって思えば、その偏屈でナルシズムに満ちた行動が、小説なんかで心というものを描くための、絵の具の一つにはなってるような気がします。
創作をするにあたり、他人に興味を持ち、他人を観察することで新たな価値観を知る事は大事です。
でも同じくらい、自分自身も観察しないといけないと思います。
心は複雑です。
他人の表面的な行動が、どのような心の動きによるものかは、当人にしか知り得ません。
でも自分の心なら――答えに近いものを導き出す事は可能でしょう。
幕田は確かに、妻のいう『他人』に興味はないですが……、人間の持つ心については、ちゃんと興味があるのです。




