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【Breidablik】魔法使いは、喋る伝説の聖剣を拾って旅に出る……魔術書も買わずに。  作者: 桜良 壽ノ丞
【chit-chat 2】

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【chit-chat+】伝説の喋る武器と農具と持ち主達、時々バルドル。 02




 大草原と言うほど広大でもない草原に、黒い半球状のオブジェが現れて1年とちょっと。辺りのモンスターは寄り付かなくなり、ギリングとアスタ村を行き交う人も多くなった。


 相変わらず供物台には物が溢れ、バルドルへの労いの声も未だに多い。バルドルが封印を保っていると誤解し、手を合わせて感謝を述べる者までいる。


 そこに金髪の髪を立たせ、涼しい顔の青年が現れた。腰ベルトには2本の短剣を下げている。シークの友人であるゼスタと、冥剣ケルベロスだ。


「よう、バルドル。調子はどうだ」


「退屈してると思って、話し相手になりにきたぜ!」


 シークがアークドラゴンを封印して以降、ゼスタは世界中でアークドラゴンの文献を探し回っていた。


 バルドルが何かをしていると気付いてはいたが、確証があれば話してくれるだろう。手伝いを頼んでくるまでは好きにさせようと考えている。


 ゼスタは各地の強いモンスターの討伐にも精を出し、シークの分まで動こうと決めていた。彼はまだ「シークのパーティー」の一員。自分が動く事で、皆はシークの事も忘れない。


 ゼスタはシークが封印を発動する瞬間を見ていない。見送った訳でもない。シークは自分達を守るために犠牲になった、その事実は大きな棘となって今もゼスタの心を蝕んでいた。


「<アークドラゴンが目覚めると危ないので近付かないでおくれ。写真機のフラッシュは禁止。ヒーラーはお参り代わりに僕にリジェネを掛けて欲しいのだけれど。シークの愛剣バルドルより、どうもね>……か。俺もヒールが使えたらな」


「うぇっ、よしてくれ! 俺っちにそんな趣味はねえ」


「そんな趣味はねえって、何だよ。ヒールが使えたら便利なんだぜ? アンデッド戦も楽だし」


「ぶぉえっ、癒すなんて悪趣味な真似、まっぴらごめんだ! 俺っちは切り裂いて、倒して、鋭く尖っていることが存在意義なんだぞ、ぶぉえっ……ぶぉーえっ」


「……持ち主の体力の心配もしてくれねえで、まあよく言ってくれるもんだ」


 ケルベロスは冥剣。バルドルに比べ、癒しの力は苦手な傾向にある。けれどもし本当にゼスタが回復魔法を必要としていたなら、それを止める事はないだろう。


 ケルベロスにとって、ゼスタは絶対の主。憎まれ口を叩いても、結局はゼスタのための双剣でありたいのだ。バルドルの姿を見て、その決意を固くしない筈もない。


 ゼスタはケルベロスをバルドルの脇に置いて、のんびりと総菜パンを食べ始める。雲がうっすらたなびいているものの、良く晴れた青い空は高く清々しい。


「なあ、シークも……腹減らねえのかな」


「どうなんだろうな。ただバルドルがまだ喋っていられるって事は、シークは無事って事じゃねえかな」


「そうか、シークが死んじまったなら、バルドルも……。っつうことは、バルドルを回復させれば……いやいや、だからってどうにもならねえよな。共鳴も出来ないし」


「おう、だからヒール習得なんて趣味の悪い事を言うなよ」


「お前、シャルナクとリディカさんに怒られるからな」


 バルドルの前に座り、ゼスタはケルベロスと仲良く談笑して過ごす。数か月に1度のペースでの帰郷ではあったが、ギリングに寄れば必ずここを訪れている。


「なあ、シークはこのまま……出て来ねえのかな。300年後なんて、待てねえぞ」


「アダムの奴、封印の解除方法を教えずに死んじまったからな。ったく迷惑なじーさんだぜ。どうせ守るなら……シークまで守ってやれってんだ」


「友達がこの中に閉じ込められてる。俺はこんな状況で何も出来ない。何が勲章持ちだ、アークドラゴンを倒した英雄だ。こんな時に発揮できない力なんて要らねえよ」


 封印を何度も拳で叩き、何度もケルベロスで傷つけようとした。渾身の技を放ち、ビアンカ、シャルナク、イヴァンと共に1日中壊そうと粘った事もある。


 けれど冷たくも温かくもない黒い壁は、何の変化も見せなかった。


「俺さ、シークののんびりした性格が心地よかったんだよな。友達になれて、本当に良かった。救われた事も数えきれねえ。学生の時からずっとだ」


「まあ良い意味でバスターらしくねえからな。優しかった」


「ビアンカもシークに救われてる。シークは真っ直ぐで穏やかで、でも無責任な優しさじゃねえんだ。投げっぱなしじゃなく一緒にやろうとしてくれる。俺もビアンカも元はハブられ同士。今もホワイト等級くらいで燻ってたかもしれない」


「おめえもシークを救った事があるんじゃねえのか」


「そう……かな」


 ケルベロスは普段気丈に振舞うゼスタの胸の内を理解している。皆の期待に応えようと笑顔で自信を身に纏い、シークは大丈夫だと虚勢を張る。


 けれど1人になった時、いつもゼスタは落ち込んでいるのだ。


「救われた方は覚えてても、救った方は案外忘れてるもんさ。そのつもりがねえなら尚更だ。施す一方、施される一方、そんなの友達じゃねえ。ゼスタがシークと友達だったなら、つまりはそういう事さ」


「そう、か。そうだよな」


 ゼスタがため息をついた後、ケルベロスはバルドルに呼び掛けた。


「よっしゃ! バルドル、景気付けにいくか。俺っちもおめーも寝てる主を起こすのは得意だったろ」


「……おいケルベロス、まさか」


「天高ァ~く、掲げた刃のォ~ 指し示すは我らの~ォ」


かちどきを響かせるゥ~ 大地を照らす希望~」


「さあ今こそ! 今こそ! さあ喜べ! 大いに舞え!」


 ケルベロスが何の遠慮もなしに歌い始めた。ゼスタは急いで耳を塞ぎ、街道を人が行き来していないか確認する。


 1度、歌い始めたケルベロスに驚き、馬車が暴走してしまった事もあった。どれだけ申し訳なく、そして恥ずかしかったことか。


「祈りは終えよ! ついにこの時!」


 ケルベロス2本の合唱が草原に響く。その直後、別の声が後に続いた。


「いざぁ~ 行かん~! 大地の果てのォ~ 我らが明日は~ぁ!」


「陽の照りぃ~雨のォ~降るぅぅ中ぁぁぁ!」


 声の主はバルドルだ。ケルベロスに負けじと張り上げる声、ケルベロスに負けない音程の不安定さ。不協和音で封印を破壊する気なのか。


 それともゼスタの鼓膜を破壊する気なのか。目覚めるどころか失神しかねない。


「止めろ! 聞こえてねえんだから仕方ねえだろ歌っても! アークドラゴンが起きちまったらどうすんだ!」


「おっと、それはまずいね」


「起きたら斬りゃあいいじゃねえか」


「おっと、それもそうだね」


「歌は終わりだ、もう歌うなよ、埋めるぞ」


 ゼスタがケルベロスを小突き、立ち上がる。


「バルドル、また来るぜ。シークに宜しくな」


「うん、任せておくれ」


「こいつの総菜パンな、作ったのはいつか行った店の女なんだぜ。ゼスタの事が好きなんだとさ。結婚してくれって迫られたんだぜ」


「ばっ、馬鹿! 今言う必要ねえだろ」


 ケルベロスが悪そうにへへっと笑ってゼスタの秘密をばらす。それはバルドルの秘密を何か引き出すためだったのかもしれない。


「……俺はシークに一番に伝えたいんだよ」


「求愛されたのかい」


「求愛って言うな! と、友達だ」


「てめえ酒注がせて、褒めさせて、飯まで作らせて、施し受けるばかりの何が友達だ」


「なっ……し、シークが封印から出るまで、俺は結婚とかしねえんだよ。それに俺はあの店の客だ、お金も払ってる」


「なるほど。お金を払っているのなら、施しを受けるばかりではないんだね。それなら確かに友達だ」


「あの店、この店……ふーん、随分と友達が多いじゃねえか」


 ケルベロスの声がにやけている。目が泳ぐゼスタの様子を楽しんでいるようだ。


「あ、あの店って何だよ」


「金払ってるのはポーション屋、肉屋、宿屋……行きつけの温泉のばーちゃんもそうか」


「……やめてくれ、友達の定義が切なくなる」


 ゼスタとケルベロスが小競り合いをしながら帰っていく。


「いいなあ」


 バルドルの呟きが寂しく風に乗った。


「……友達、か」


 風が草原を撫で、供物台の花が揺れる。


「僕とシークは……6:4、いや7:3で僕の施しの方が勝っているけれど、シークにとって随分とお得な友達ってことで問題ない」


 風がふと吹き止んだ。風に乗ったバルドルの呟きは、きっとどこかその辺に落ちている事だろう。

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